舞子の数珠
鬼の形相したお岩さんと口裂け女を見た俺は、嫌な空気を感じ取り、舞子からそっと距離を置く。すると、舞子は俺を無視してお岩さんの元へと向かい声を掛けた。
「あんた、誰?」
そう言った途端、お岩さんは今にも飛び掛りそうになる口裂け女に流し目をし、懐から煙管を取り出してふうっと煙を出しながら答えた。
「あんたこそ……誰だい?」
「あたしが先に聞いてるんだけど?」
舞子がお岩さんに指を差しながら言うと、お岩さんは不気味な笑みを浮かべて答えた。
「あたいは、お岩。名乗ったんだからそっちも名乗るのが筋じゃないのかい?」
「あたしは、長谷部舞子。この格好見れば分かると思うけど、あたし霊媒師だからね?あんたなんか簡単に消せるんだけど?」
「面白い冗談じゃないか、やれるものならやってみ────」
ストーップ!!
今にも殺し合いを始めようとした2人の間に俺はボクシングの審判のように割って入った。
「はーい、ストーップ!!今は喧嘩してる場合じゃないでしょ?」
「この小娘の肩を持つのかい龍星?」
「そーよ!あんた、コイツに裏切られてどうなったか忘れたの?」
口裂け女の言葉を聞いた途端、舞子は首を傾げた。
「どうなったか……?どういう事?」
「それはもういいから、2人とも大人しくしててね?」
舞子に答えを求められたが、俺は聞き流しながら屋敷の中に入って行った。中に入ると、先程のイカついおっさんと、田中さんの奥さんがソファーに腰掛けていた。俺も田中さんの奥さんの隣に座り、ものものしい雰囲気で話が始まった。
「全員揃った所で話しますが、息子さんは今安静にさせてますわ。この兄ちゃんが一緒にいた男ですか?」
「はい。この3人を探しにあの場所へ行って貰ったんです」
「そうですか。君、わしらに話してもらえるか?どこに行った、何をした、何を見た、出来るだけ詳しくな」
「あっ、はい。分かりました」
俺はだーりんの事を詳しくその夜の出来事をおっさんと舞子に話した。ところが、祠をひっくり返したくだりで「今、何つった!?」と、いきなりドスの効いた声で言われた。俺は何気なく答えた。
「ですから、足に引っかかって祠をひっくり返してしまったんです」
「マジか……あの兄ちゃん、助からんぞ」
「あっ、ひっくり返したのは俺です」
「……は?」
おっさんと舞子が唖然とする。舞子が口を開いた。
「中身を見たんでしょ?中に爪楊枝見たいなもの入ってたでしょ?」
「うん、あったあった」
「それをひっくり返したのもあんたなんだろ?」
「はい。そうです。田中さんの息子さんは有刺鉄線に引っかかってただけですよ?」
「それなのに何でこの兄ちゃんピンピンしてんだよ!?」
「その爪楊枝を動かしたらかなり不味いの!何ともないの!?」
おっさんと舞子は困惑しながら俺に尋ねる。俺は「いやぁ〜」としか言えなかった。
「奥さん、今後どうなるかわしらも分かりませんわ……」
「そんなっ!?」
それ以上の言葉もあったんだろうが、田中さんの奥さんは言葉を飲み込んだような感じで、しばらく俯いていた。腑に落ちない俺も、考え込む。
なんで俺じゃなくて息子さんなんだ?他の仲間は何とも無さそうなのに何故アイツだけ……。これは本人に直接聞くしか無さそうだ。
そう考えた俺は、重苦しい雰囲気の中口を開いた。
「直接本人に聞くってのはどうですか?もしかしたら助かるかも知れませんよ?」
そう言った途端おっさんが、睨みつける。
「兄ちゃん、言っていい冗談と悪い冗談があるって知ってるよな?」
「冗談じゃありませんよ。このままじゃどうなるか分からないんでしょ?だったらだーりんに聞くしかないでしょ」
「待って龍星、だーりんって何?」
だーりんはだーりんだよ。
居ても立ってもいられなくなった俺は立ち上がって、
「俺1人でもう一度あの山に行きます」
「龍星正気なの!?」
「福島さん、やめてください!あなたまで何かあったら!」
「大丈夫です。皆さんはここで待ってて下さい」
そう言って俺は外に出るとお岩さん達がウロウロしていた。俺を見た途端口裂け女が駆け寄って来る。
「どう?なんとかなりそう?」
「いや、まだ分からない。今から俺またあの山に行ってくるから2人は舞子が付いてこない様に見張っててくれる?」
それを聞いた口裂け女は目を見開き上ずった声を出す。
「また行くの!?もう放って起きなさいよあんな奴ら、龍星には関係ないじゃん!」
「乗り掛かった船だし、田中さんにはお世話になってるからね。ここで恩を返したい」
「龍星……」
そのまま俺はお岩さん達を残して再びあの山に向かった。山に辿り着いた頃は既に深夜を回っており、この前と同じくらいの時間帯になってしまった。俺はフェンスを越えてだーりんを探し始めた。
「おーい、だーりーん!だーりーん!」
ジリリリリリリン!
この前の様に突然鈴が鳴り響いた。鳴り止んだと思った途端、ズルズルと蛇の体を這わせながらだーりんがやって来た。俺を見た途端、だーりんは怒鳴り始める。
「ここへは来るなと言っただろ!何で来た!?」
だーりんは怒り心頭の様に見えたが、どこか悲しそうな顔をしていた。俺は来た理由を説明した。
「理由があるんだ。だーりん今現在進行形で祟ってるだろ!?」
尋ねると、だーりんは驚いた様に、
「い、いや……ちょっと懲らしめた程度に呪っただけだが?命までは取るつもりは無いぞ?」
え?
思わぬ返答に俺は困惑しながら言った。
「え?だって、舞子が……いや、舞子官女が言ってたぞ?このままじゃ助かるかどうか分からないって?」
「大袈裟なんだよあの一族は。ここにもう来ないように脅かしただけさ、親の仇じゃあるまいし」
だーりんの言葉を聞いた俺はホッと胸を撫で下ろした。
「なんだそうなんだ、びっくりしたぁ……」
「な、なんかすまんな」
だーりんはペコっと頭を下げる。事情を聞いた俺は、くるっと方向を変えた。
「そういう事なら、もう帰るね?」
「そうか、達者でな」
どこか寂しそうにだーりんは言った。それを見逃さなかった俺は何気なく声を掛けた。
「退屈なら、俺と一緒に来る?」
俺がそう言うと、だーりんは目を点にした。
「な、何を言ってるんだ?ここから出られる訳がないだろ!?」
「まぁ、見てなよ」
だーりんを説得しながら出口に向う。俺はフェンスに手を触れながら呪文を唱えた。すると、鈴が突然地面にポトポトと落ち始める。
「もう大丈夫じゃないかな?出てみな?」
「いや、その前にアラスタッタピィーヤとは何だ?」
「ほら有刺鉄線乗り越えて」
「話を聞けよ全く……」
騙されたと思いながらだーりんがフェンスを乗り越えよう手をかけた。スルスルと乗り越えると、だーりんは余程驚いたのか開いた口が塞がらなかった。
「まさか、ほんとに越えられるなんて……」
「だから言ったでしょ?ほら、行くよ?」
「お、おう……」
だーりんは俺の後を渋々付いて来た。
翌日。
朝イチの新幹線に乗って再び舞子の屋敷にやって来た。早朝なのにも関わらず俺は玄関に備えられた鈴を神社の鈴の様にジャカジャカ鳴らした。余程うるさかったのか、外で寝ていたお岩さんと口裂け女は飛び起き、舞子はスウェットとキャミソールの格好でスッピンの状態で扉を開けた。
「うるさいんだけど!?」
「おはようございます!」
激昂する舞子を他所に満面の笑みで挨拶すると、
「その様子だと、大丈夫だった見たいね。もう少ししたら叔父さんも起きるから付いてきて」
舞子に案内されて昨日とは違う部屋に通された。そこは一般的なリビングで舞子達が使っている様だった。コーヒーを飲みながら時間を潰していると、田中さんの奥さんと舞子の叔父さんが身なりを整えてやって来た。
「おはようさん、無事だったようだな?」
「おはようございます福島さん、無事で良かった」
「息子さんの様子はどうですか?」
「ええ、だいぶ良くなってるの。もうすぐ帰れるって」
「そうですか、良かったですね!」
田中さんの奥さんが泣いて喜ぶ中、舞子の叔父さんが声を掛けて来た。
「で?姦姦蛇螺はなんて言ってた?」
「はい。どうやらちょっと脅かしたかっただけらしいです。命までは取らないと言ってました」
「お遊びってことね……なら、安心した」
「俺はこのまま家に帰ります。その前に、舞子……ちょっといいか?」
身なりを整えて官女になった舞子を外に連れ出した。
「あたし朝の修行とかあるんだけどなに?」
「舞子に会わせたい人がいるんだ」
「えっ?」
舞子が首を傾げると、俺は壁に向かって声を上げた。
「だーりん?いる〜?」
「えっ」
だーりんは申し訳無さそうに壁からこちらを覗き始めた。幽霊を見れる舞子は指を差しながら、
「連れて来たの!?あんたなにやってんの!?」
「大丈夫。俺が責任もって連れて帰るから」
「連れて帰るって、何処に!?」
「家に」
「バカなの!?強力な怨霊だって言ったでしょ!?死にたいの!?」
パニックを起こした舞子は騒ぎ出す。俺は宥めながら答えた。
「現に生きてるから大丈夫だよ。だーりん連れて帰れば舞子も楽できるだろ?」
俺がそう言うと、舞子は呆れた様にため息を吐く。
「まったく、そういう誰でも助けようっていう性格は変わらないんだね。けど、忠告しとく。あんた、死相が出てるから取り憑かれて殺されるかもしれないから気をつけるのよ?」
「忠告ありがとう、元気でね?」
「待って龍星!」
だーりん、お岩さん、口裂け女を連れて帰ろうとしたその時、舞子に呼び止められた。舞子は腕に付けていた木で作られた数珠を外し、俺に渡して来た。
「お守り、気休め程度だけどあんたを守ってくれる」
「……ありがとう」
「昨日聞いたけど、別れた後何があったの?」
舞子が気まずそうに尋ねると、俺は口を開いた。
「あの後、全てが嫌になって自殺しようとしたんだよ。けど、失敗してね。その代わりに幽霊が見たり触れたりする事が出来るようになったの」
淡々と説明すると、お岩さん達が俺の傍までやって来て俺を守るようにした。それ見た舞子は顔を青くさせ、何も言わなくなった。俺は舞子に会釈をしてその場を後にした。
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