姦姦蛇螺

 犬神家の様に逆さの上体で叩き落とされた俺は何事もなかったかのように立ち上がった。無傷の俺を見た女は怯えるように指を差す。

 

「き、貴様……なんともないのか!?殺す気でたたき落としたのに!?」

 

 土や落ち葉を払い落としながら俺は答える。

 

「地面が柔らかったからじゃない?なんともないよ?」

「なんだと!?化け物か貴様は!?」

「まぁ、谷間の汗を飲みたかっただけだから。とりあえず、話さない?」

 

 俺はひっくり返してしまった祠を元の場所に戻して、中の物を元通りに戻した。とぐろをまく様にしていた彼女の尻尾に腰を下ろしながら話し始めた。

 

「そういえば、お姉さんは名前なんて言うの?」

「私か?私は【姦姦蛇螺】。他にも【生離蛇螺】とも呼ばれている」

「かんかんだら、なりじゃら?」

「うむ。字はこう書くのだ」

 

 木の枝を使って漢字を書いて教えてくれた。俺はうんうんと頷きながら彼女に顔を向ける。

 

「ふーん、言葉も字も書けるって事は、”だーりん”は元々人間なの?」

「だ、だーりん?  まぁ、色々事情があってこのような姿をしてるが、元々は巫女をしていた」

「だから上半身が巫女のままなんだ。で?このデカい蛇はどうしたの?」

 

 俺は苔の匂いがする蛇の部分をペチペチと叩きながら尋ねた。すると、だーりんは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「知りたいか?」

「うん、知りたい」

「分かった。なら少し頭を貸せ」

「え?こう?」

 

 だーりんに頭を向けると、だーりんは手を置いた。

 

「これからその時の事を頭に映す」

「そんな事も出来るの!?」

「人間の頃は霊媒師をしていたからな、これくらい朝飯前だ。さぁ、目を閉じろ」

 

 俺が目を閉じると、だーりんの手からポウっと光が出てきた。すると、俺の目の前がいつの間にか大昔にタイムスリップしたかのように、時代劇の様な風景が見えて来た。辺りを見渡していると、松明を持った農民らしき人達が大勢で走って来て一軒の家を取り囲んだ。

 

「巫女を探せ!」

「巫女様を差し出せば、村は助かるんじゃ!」

 

 農民の人達が激昂しながら家に入って行き、人間の頃のだーりんを引き摺り出した。

 

「何をする!?お主ら、一体何をするんだ!?」

「おめぇを生贄に捧げれば、村は助けてくれるって大蛇が言うんじゃ!」

「四肢を切り落としてしまえ!」

「や、やめろぉぉっ!!」

 

 農民達はそのままだーりんの手足を鉈や鎌で切り始めた。俺は慌てて農民達を止めようとしたが、体が動かなかった。やがて、四肢を切り落とされた瀕死の状態のままだーりんが祭壇に捧げられると、大きな蛇がだーりんを丸呑みにした。だーりんは断末魔を上げながら、

 

「おのれぇぇっ!貴様ら、貴様らは絶対に許さん!一族皆、祟ってやるぅぅっ!!」

 

 血の涙を流しながら、だーりんは大蛇の口の中に消えていった。目を開けて我に返り、全てを目の当たりにした俺はとてつもない怨念を感じて激しい嘔吐に見舞われた。

 

「う、おうえぇ…………」

「分かったろう、人間がこの世で一番恐ろしいという事が」

 

 だーりんに背中をさすられながら俺はうんうんと黙って頷く。過去を思い出してしまったのか、だーりんは顔を背けた。

 

「もうすぐ人間がお前を探しに来るだろう。だから、もう帰れ」

「…………分かった」

 

 だーりんに言われた俺はそのまま来た道を戻ると、フェンスの扉にはお岩さんと、口裂け女が今か今かと待っていた。扉を開けて出ると、2人は近付いて来た。

 

「遅かったじゃないか!」

「大丈夫?怪我とかしてない?」

「うん、大丈夫」

 

 俺は振り返り、暗闇を見つめた。来た道を戻って入り口が見えてくると、何やら人影も見えた。

 

「おい!出てきたぞ!」

「まさか……本当にあのフェンスの先に行ってたのか!?」

「おーい!急いで田中さんと奥さんに知らせろ!」

 

 集まっていた人達はざわざわとした様子で、俺に駆け寄ってきた。その近くには先程の高校生達が気まずそうに立っていて3人とも放心状態だった。俺は田中さんの車に乗せられ、既に夜中の3時をまわっていたにも関わらず、行事の時とかに使われる集会所に連れてかれた。中に入ると高校生の親達が来ていた。田中さんは俺に頭を下げる。

 

「福島君、君にも迷惑をかけてしまった。本当にすまない」

「いえ、俺は大丈夫ですから」

「ごめんなさい。今回の事はうちの主人、ひいては私の責任です。本当に申し訳ありませんでした!本当に!」

「そんな、奥さんまで!俺は何もしてないですから!頭を上げて下さい!」

 

 俺も思わず頭を下げてしまった。一段落して、俺は不貞腐れている高校生達に近付いた。

 

「おい、お前ら」

「な、なんだよ…………」

「ちょっといいか?」

 

 未だに反省を見せない奴らに腹を立てた俺は高校生達を外に連れ出して、

 

「俺は巻き込まれた側だし、他人の事情に首を突っ込みたくないけど。言わせて欲しい。母親を殴って悪ぶってんのか?」

「あ?てめぇに関係ねぇだろ!?ぶっ殺すぞ!」

 

 やれやれ、これが若さか……。

 

 ため息を吐きながら、俺は呟いた。

 

「お岩さん、口裂け女」

 

 俺が呼んだ瞬間、俺の背後から2人は現れた。霊感のない奴らにも見える様に調整してくれたらしく、高校生達は腰を抜かしていた。

 

「女を殴る奴なんて外道だ。くだらない悪さばっかやってねぇで勉強しろクソガキ共が!!」

「はっはいいっ!!」

 

 高校生達は集会所に逃げて行き、今回は解散となった。そして、そのまま出勤した俺はタイムカードを押していると、田中さんが慌てて入って来た。

 

「福島くん!大変だ!」

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