谷間

 激しい鈴の音を聞いた俺は懐中電灯で奥を照らした。

 

「だっ、だれでぃ!?」

 

 びっくりして思いっきり噛んだ。

 

 立ち並ぶ木々の中の一本、その根元のあたりを照らしていた。その陰から、赤い髪の女の顔がこちらを覗いていた。ひょっこり顔半分だけ出して、眩しがる様子もなく俺をじっと見詰める。上下の歯をむき出しにするように、にい~っと口を開け、目は据わっていた。俺は思わず、

 

「こ、こんばんは………いい天気ですね!」

 

 話し掛けてしまった。

 

 とてつもない怨念を感じ取った俺は、熊を見た様にゆっくりと視線を合わせたまま後退りをする。それと同時に、

 

 ヂリリリリリリリン!!

 

 凄まじい大音量で鈴の音が鳴り響き、フェンスが揺れだした。十中八九彼女が鈴を鳴らしたり、フェンスを揺らしているんだろう。俺は対抗して懐中電灯をチカチカさせたり、防犯ブザーを鳴らしてみるがそれも効果は無く、彼女はにぃ〜っと笑っていた。

 

「ノーリアクションだな。こうなったら……仕方ない」

 

 俺は懐中電灯の明かりを消した。すると、赤い髪の女は見えなくなったのか辺りを見渡す。その間、俺はゴキブリの様にシャカシャカと地面を這って近付いた。

 

「んばぁっ!」

 

 奇声をあげながら懐中電灯を顎の下から照らした。赤い髪の女は死角から現れた俺を驚いたのか、見て据わっていた目を見開いた。

 

「ふぅーっ」

 

 俺は女目に向けて息を吹き掛けた。女は一瞬まぶたをピクッと動かしたが閉じなかった。近くで見ると、女の瞳は蛇やワニのようだった。息を吹き掛けられたのに腹が立ったのか、顔をムッとさせた。

 

「怒った顔も可愛いねぇ…………ニチャ」

 

 女のにぃ〜っとした笑顔を真似して歯茎剥き出しで笑い返す。女は不気味に思ったのか、木の根元から顔を上に上げて行く。俺も立ち上がって追いかけるが、やがて俺の頭を越えていた。いつの間にか俺は女の顔を見上げている。

 

 背デカくね?

 

「君も背が高いタイプの幽霊?背が高い幽霊は─────」

 

 懐中電灯を体に照らして見ると…………。

 

 上半身はこぼれそうな位の巨乳の巫女さんのような姿で下半身は蛇のようだった。俺は唖然としながら上半身と下半身を交互に照らす。すると、女が4本の腕を使って俺を子供を高い高いするように捕まえて口を開いた。

 

「祠をひっくり返したのはお前だな?このまま四肢を引きちぎってやろうか?」

 

 女が話していると言うのに俺は宙に浮いた状態。それでもけしからん巨乳に釘付けだった。女は目を合わせない俺に腹を立てたのか声を上げる。

 

「おいっ!聞いてるのか!?人と話す時は目を見ろと親に教わらなかったのか!?えぇっ!?」

 

 ゆっさゆっさと揺らされるが俺は視線を外さなかった。不思議に思ったのか、女は首を傾げる。

 

「さっきから何を見つめてる?」

 

 女が視線を辿ると、着物がはだけて谷間が見えている状態だった。それに気付いた女は不敵に笑みを浮かべる。

 

「なんだ?私の胸が気になるのか?」

 

 女が悪戯っぽく谷間を近づけて来た。俺は生理現象が起きて体をくの字に曲げる。

 

「おい、なぜくの字になる?大人しくしろ」

 

 力強く俺を引き伸ばそうするが、俺はとれたての魚のようにグネグネと動く。

 

「こ、こら!暴れるな!大人しくしろ!」

「や、やめてくれ!ば、バレてしまう!あれがあーなってるのがバレてしまう!」

「あれがあー?  一体なんの事だ?」

 

 再びピーンと伸ばされると、女は下半身が膨らんでいるのに気付いた。

 

「なんだ、お前。こんな私に欲情するのか?変わった人間だな」

 

 汚物を見る様な目で見られた俺はくわっと顔をしかめて、

 

「俺は一向に構いません!!」

 

 真っ暗な森の中、俺は大声で叫んだ。そう言われた女は目をまん丸くさせる。興奮の冷めない俺は、

 

「君が蛇と一体化しているからと言えど差別なんかしない。それよりその暴れ回る巨乳から目を離せないんだ! 君は俺の直感で言う所Gカップはくだらない!そんな核兵器を見せつけられて発情するのかだって?馬鹿も休み休み言いなさい!発情するに決まってるだろ!?見たまえ、谷間に汗が溜まってるじゃないか!汗疹が出たら大変だ、今すぐ俺がその汗を啜ってやろうじゃないか!」

 

 早口で喋りまくった。余程気持ち悪かったのか、女は俺を優しく地面に降ろした。下ろされた俺は更に話し掛ける。

 

「待ってくれ!下ろさないでくれ!まだまだ語り尽くせない事が山ほどあるんだ!」

「い、いやもういい。分かった、分かったから静かにしてくれ」

「そんな巨乳を見せつけられて静かにできる訳ないだろう!」

「静かにしろ!なんなんだお前は!?」

 

 女ははだけた着物を直して近付かないように蛇の尻尾で俺を縛り上げてギリギリと締め付ける。

 

「これなら悪さも出来まい?さぁ、祠をひっくり返したのを死を持って償って貰おうか?」

「あぁっ!!締め付けがす、すっごい!」

「そこは苦しむ顔をするだろう!なぜ貴様はウットリしてるのだ!?このまま絞め殺してやる!」

 

 女は更に力を強める。だが、俺は………!!

 

「わ、分かった!殺してくれても構わない!その前に約束してくれ!」

「約束?なんの事だ?」

 

 女が首を傾げる中、俺は口を開いた。

 

「ここに3人忍び込んだろ?」

「ああ、あの童共か?私が少し脅かしただけで一目散逃げていったぞ?そいつらがどうしたと言うのだ?」

「見逃してやってくんねぇかな?」

 

 俺がそう言うと、女は力を緩めた。

 

「何?見逃せだと?」

「うん。見逃して欲しい。アイツらはちょっと世間を知らなかっただけなんだ。暫くは大人しくしてるだろう。その代わりに俺を殺しても構わない」

「ほう。大した度胸だな。まぁ、良いだろう、腰抜けには興味がないからな」

「それと、もう1ついい?」

「またか?今度はなんだ?」

「谷間の汗、飲ませてもらっても良いです───────」

 

 頼もうとした瞬間、俺は地面に叩き付けられた。

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