アクロバティックサラサラ
アクロバティックな女が障害物をアクロバットな動きでかわしながら俺を追いかけて来る。俺はスマホを取り出して電話をかけ始めた。
《プルルルル…………もしもし、あたし、メリー》
電話の相手はメリーだった。俺は息を切らしながらメリーに言い放つ。
「はーちゃんに代われメリー!早く!」
《そんな言い方ないでしょ!?あたしのアイデンティティなのに!ちょっと待って、八尺さーん!八尺さーん!》
「早く!早く!追い付かれる!」
電話をかけながら後ろを振り返ると、電話ボックスを軽々と飛び越えたアクロバティックな女。彼女は走りながらも不気味に笑っている。
このままじゃ、捕まっちまう。どこかに隠れないと!!
辺りを見渡すと、ファミリー○ートが目に入った。俺は走りながら店内に入る。中は帰宅ラッシュで店内はかなり混んでいる。スマホの向こうからははーちゃんの声が聞こえて来た。
《ここに話せばいいんですね? もしもーし?どうしたんですか龍星さん?》
「はーちゃん、この前言ってた奴に追いかけられてる」
小声ではーちゃんに言うと、
《えっ!?今どこに居るんですか!?》
「ファミリー○ート○○支店。車が使えれば良かったんだけど、家まで知られたら面倒だから走って逃げて来たんだ」
俺は電話をしてるフリをしながら棚に隠れながら外の様子を伺う。外には大勢の行き交う人の中に、一際目立つ赤いワンピース。奴は左腕の自傷痕をチラつかせながら窓にベタベタと手をつけながら店内を探していた。俺は身をかがめると、はーちゃんが声をかける。
《分かりました。他の方に危害が及ばないように人気のない場所に向かって下さい。龍星さんの他にも見える方がいるかも知れませんので》
「分かった。○○公園に向かうから助けに来てくれ」
スマホを切ってどうやって店を出るか考えた。棚にはバケットハット、隣りの棚には目玉グミがあった。
「一か八か…………」
俺は目玉グミとバケットハットを手に取ってレジに並んだ。俺の番になり、アルバイトの女の子が声を掛けてきた。
「レジ袋は必要ですか?」
「あっ、このままでいいです」
「ポイントカードはお持ちでありませんか?」
「ないでーす」
「合計2153円になりまーす」
「はい、丁度」
「お預かりしまーす。ありがとうございました〜!」
会計を済ませた途端俺はバケットハットのタグをちぎって被り、かぶった。アルバイトの女の子は少し驚いていたが、俺は構わず店を後にする。チラッと窓の方を見てみると、奴はまだ覗いている。
よし、チャンスだ!
そのまま後ろを振り返らず早々とその場を後にした。
「なんだ、意外と大丈夫─────」
「見ぃつけた、逃がさないよぉ?」
奴が不気味な笑みを浮かべながら並走していた。俺は驚いた拍子に目玉グミをギュッと握り、他の人の目も気にしないで走り出した。アクロバティックな女は車を華麗に躱しながら俺を追いかけて来る。
「あーも、帽子意味無い!」
バケットハットを脱いで更に加速する。交差点を曲がるとはーちゃんに言われた○○公園の入り口に辿り着いた。この公園は夕方になると人気は全く無くなる。辺りを見渡し、隠れる場所を探した。
ホラー映画では鉄板の個室トイレに隠れよう。あの身長なら入って来れないかも知れない。
そう考えた俺はそのまま公衆便所に向かう。だが、男子便所の方に行くと【故障中のため、多目的トイレをご利用ください】と張り紙されていた。
嘘だろ、こんな時に!
悩んだ結果、俺は多目的トイレの扉をノックし中へと入り鍵をかけた。ただ身を隠すのも忍びないので、ズボンを下ろして便座に座る。息を潜めながら用を足していると、奴の声が聞こえて来た。
「どこに行ったのかなぁ〜?」
アクロバティックな女は自分の身長をお構い無しに男子便所に入って行った様だ。個室トイレを調べているのか、小さくコンコンと聞こえて来る。その間、俺は大きい方を済ませようと踏ん張る。
あっ、もう少しで出そう。
追い込みを掛けようと踏ん張ったその時。
ガタッ!ガタッ!
多目的トイレのドアが開けられそうになった。鍵を掛けていた為、奴は中に入れない様子。扉越しから声を掛けられた。
「そこに居るんでしょぉ〜?出て来なさいよ」
アクロバティックな女はガタガタと扉をこじ開けようとしている。その間、俺は踏ん張りながら【アクロバティック 妖怪】で検索する事にした。検索結果をまじまじと見つめた。
「【アクロバティックサラサラ】?」
アクロバティックサラサラ。ホラー掲示板の書き込みが中心で噂が一気に広まった。この妖怪の特徴は八尺様と同じくらい大きく、赤い服と長くサラサラの髪をした長身の女性の姿をしており、左腕には自傷痕のような切り傷があり、その眼窩には眼球が無い。 屋根やビルの上と言った高い所での目撃例が多く、非常に活発な動きをするという事から「アクロバティック」と呼ばれる様になったという。
「アクロバティックサラサラか、どうせならパルクールサラサラでもいいと思うんだけどなぁ」
アクロバティックサラサラを調べたと同時に大きいのが出た途端、多目的トイレの扉が遂にこじ開けられてしまった。アクロバティックサラサラは頭を屈ませながら中に入って来た。
「ようやく追い詰め──────」
アクロバティックサラサラは俺が用を足している姿を目の当たりにして固まった。
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