濡れ女

 首を傾げながら俺はドライヤーで彼女を乾かそうとするが一向に乾く気配がなかった。俺は一旦ドライヤーを止めて彼女の髪を手ぐしにしながら触る。スっと櫛のように撫でると彼女の髪はしっとりしつつ、水が滴っていた。

 

「え、待って!?なんで乾かないの!?」

「ニヤリ」

「笑ってんじゃねぇよこの辺びちゃびちゃじゃねぇか」

 

 ニヤニヤ不気味に笑う彼女他所に俺は畳を雑巾で拭いてると、チラッと彼女の下半身に目がいった。今気付いたが、彼女の着ているワイシャツもしっとりと濡れていた。

 

 こ、これは!?

 

 雑巾を掛けながら彼女の周りをグルグルと無駄に周り、じっくりと目に焼き付ける。

 

「おいおい…………ピンクか、いいセンスしてるじゃねぇか」

「…………?」

 

 彼女は視線には気付いているがなんの事か分かっていないのか、首を傾げてこちらを見ていた。俺が空のバケツを水いっぱいになるまで水気をとり拭き掃除を終えた。

 

「参ったな、家中のタオル使っても拭き取れねぇぞ」

「…………ニヤリ」

「笑ってんじゃねぇよ。この社宅になんかねぇかな」

 

 俺は社宅中の棚をガタガタと漁り始めて吸水性のある道具を探し始めた。風呂場近くの棚を漁っていると、吸水バスマットと吸水性の高いスポンジを見付けた。俺はそれらを持って彼女の前に立つ。

 

「ちょっと、これ敷いてくれる?そんでこれ持ってて」

「…………?」

 

 彼女は訳も分からず吸水バスマットを敷いて再び体育座りをして吸水性の高いスポンジをギュッと抱き抱える様にした。すると、どんどん水気が吸い取られて行き、スポンジがびちゃびちゃになって来た。

 

「もうびちゃびちゃになったのか?どれ貸してみ?」

 

 バケツにスポンジをしっかり絞って再び彼女に手渡した。

 

「ねぇ?もしかして君…………幽霊?」

「───────っ!?」

 

 彼女は何故分かったと言わんばかりに驚いた顔をしていた。確信を得えた俺はスマホを取り出して【濡れた女の子 幽霊】と入れて検索を掛けて見た。画面をスクロールして行くと…………。

 

「【濡れ女】…………?」

 

 濡れ女。顔全面に長い髪が垂れ下がった全身ずぶ濡れで雨の日に男に笑いかけ、笑い返した男に一生執念深く取り憑くという妖怪で、取り憑いた男の周囲を湿らせ、やがて健康を害して取り殺すという。

 

 えっ?

 

 スマホの情報と交互に見合わせた俺は、大きくため息を吐いた。

 

「マジか…………あの時、傘を貸した時か」

「…………ニヤリ」

 

 濡れ女は俺の顔を見ながら不気味に笑う。口元しか見えない為、余計不気味に感じた。

 

「やれやれ、一生執念深く付き纏うって本当に?」

「…………コクリ」

「俺なんかに取り憑いて大丈夫?後悔しない?」

「…………ブンブン」

 

 濡れ女は頭をブンブンと横に振る。

 

 その心意気やよし!!

 

 濡れ女の執念深さがどれくらいなものか、試してみようと俺は正座して濡れ女に頭を下げた。

 

「ふ、ふつつかものですが、よろしくお願いします」

「──────っ!?」

「執念深く付き纏うんでしょ?それはもう彼氏彼女の仲だよね?」

「───────っ!!!!」

「これからもよろしくね?『ぬーちゃん』」

 

 俺は悪魔の様に満面な笑みを浮かべると、濡れ女は余程怖かったのか慌てて後ずさりをして壁に寄りかかった。千載一遇のチャンスを逃さんとして俺は濡れ女に壁ドンをする。

 

「なんだよぉ、逃げるなぁよぉぉ。今まで黙ってたけど、君下着まで透けて丸見えだよぉ?」

 

 気を遣って囁くように濡れ女に言うと、濡れ女は歯をガチガチさせて震え始める。

 

「震えてるよ?寒い?また風呂に入る?ねぇ?入る?」

「…………ブンブン!!」

 

 濡れ女はブンブンと横に振る。どうやら寒くて震えている訳じゃ無さそうだ。

 

「けど逃がさないよぉ〜?執念深く付き纏うんなら愛してくれえよぉ」

「や、やだ…………こ、こわい…………やめて…………!!」

 

 あっ、喋った。

 

 濡れ女は掠れて弱々しく声を捻り出した様に喋った。

 

「怖くなんかないよぉ?」

「───────っ!!」

 

 濡れ女は堪らず駆け出して外に出ようとした。だが、俺は反復横飛びの要領で滑るように先回りする。

 

「逃がさないよ、さぁ、一緒に暮らそう。毎日俺に味噌汁を作ってくれぇぇぇっ!!」

 

 すると、突然窓が開いて何者かが入って来て俺に向かって飛び蹴りを繰り出して来た。俺は吹っ飛ばされて台所まで転がった。

 

「いってぇ…………なんだ!?」

 

 体を起こして見るとそこには、テケテケがずぶ濡れの状態で茶の間に立っていた。

 

「あれ?テケテケ!?何やってんの!?」

「それはこっちの台詞!幽霊連れ込んで何やってんの!?」

 

 テケテケは濡れ女に顔を向けると、濡れ女は味方と判断してテケテケの足にしがみついた。

 

「ほら、見なさいよ!怖がってるじゃんか!あんたこそ何したの!?」

 

 テケテケは鬼の形相で俺を睨みつけるが、俺は何食わぬ顔をしながら答えた。

 

「付き纏って来たのはそっち!調べたら一生執念深く付き纏うって書いてから試してたんだよ!プロポーズして何が悪い!?」

「悪いに決まってるでしょ!?こんなに怯えさせて!!幽霊にプロポーズとか頭おかしいんじゃないの!?」

「おかしくない、だって付き纏うなら付き合うと同じじゃないか」

「全然違うわっ!どんな発想してんの!?」

 

 濡れ女は落ち着いたのか、立ち上がってテケテケの後ろに隠れる。

 

「あっ、ちょっと歩かないでくれる?また畳が濡れるから」

「あたしらが出てってから拭けばいいでしょ?この子の服はどうしたの?どこやったの?」

「衣類乾燥機に入れてるけど?」

「濡れ女?取ってきな?あたしが見張ってるから」

 

 テケテケに促された濡れ女はそそくさと衣類乾燥機の方に向かって行き着替え始め、着替え終えると再びテケテケの傍に近寄った。

 

「いい濡れ女?この世の男には取り憑いて良い奴と悪い奴がいるの。勿論アイツはダメなやつだからね?気を付けなよ?」

 

 テケテケに忠告された濡れ女は縦にブンブンと頭を振ると、テケテケはそのまま玄関に向かった。

 

「いい?もうこの子に近付くんじゃないよ?分かった?」

「はいはい、分かったよ。もう何もしないよ」

「ほら、あんたもいつまでもスポンジ持ってないで帰るよ?」

「…………コクリ」

 

 頷いた濡れ女を連れてテケテケは雨の中出ていった。俺は部屋を濡らされた挙句、蹴りを入れられていい事は何一つ無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る