見えてますけど、何か?

 日本人形の始末に悩まされた俺は、とりあえず荷物をまとめ始めた。その後、新たな住人の日本人形をどうするか考える事にした。

 

 荷物出しっぱなしだしね。

 

 ひと1人分の荷物や、ベッドなどを運び終えた俺は再び日本人形と対峙した。みんなでテーブルを囲んで引越し蕎麦を食べながら。

 

「この子どうする?」

「どうしましょう?捨てたら可哀想ですしぃ?」

「捨てたら絶対戻って来るわよ?」

「燃やしてもボロボロになって来そうじゃしの」

「こまったなぁ」

 

 俺は膝の上に日本人形を座らせながら蕎麦を啜っていると、小さいおじさんが。

 

「そんなに困ってんなら玄関に飾ったらいいじゃねぇか

 

 そんな事を言ってきた。

 

「魔除けかよ」

「けど、いいんじゃないですか?この子に役割を与えてあげればいいんじゃないですか?」

「例えば?」

 

 俺が八尺様に聞くと、八尺様は箸を置いて頬に手を当てながら考え始めた。

 

「そうですねぇ、見張り番とかはどうですか?もし、泥棒が玄関から入ったら日本人形さんに追い払って貰うというのはどうでしょう?」

 

 セ〇ムかよ。けど、玄関に飾ったら声もかけられるし、供養にもなるかな?

 

「んじゃ、はーちゃんの考えでやってみる?」

「そうね、もしダメだったら他考えればいいんだし」

「そうじゃの、泥棒が入ったとしてもわしらもいるしの」

「だろぅ?それはそうと、その人形に名前とかあんのか?」

 

 小さいおじさんに言われた俺はハッした顔をする。

 

「それもそうだな、名前なんて呼んであげようか?」

「名前ですか、良いですね!」

「日本人形なんだから日本人っぽい名前でいいんじゃないの?」

「そうじゃのぉ〜。お菊さん、何かないかの?」

 

 花子さんがお菊さんに振ると、お菊さんは。

 

「わたしですか?……そうですねぇ。わたしがいた頃にはこの人形は存在してましたからね」

「へぇ〜、そうなんだ」

「はい。江戸の頃は武家の子女が嫁ぐ際に、婚礼の家財道具としても扱われる習わしがあり、人形にその災厄を身代りさせるという大切な役割もあります。それぞれ身分や職業が分けられて作られてましたから。例を挙げれば、「舞妓」「藤娘」「町娘」「武家娘」「姫君」などがありますよ?」

 

 ほう、そんなにバリエーションが豊富だったのか。

 

「んじゃ、お菊さんが江戸っ子ぽい名前にしてあげたら?」

「そうですね!お菊さんに決めてもらいましょう!」

「わ、わたしですか!?」

 

 俺は日本人形をひょいっと持ち上げてお菊さんに渡した。お菊さんは赤ちゃんを抱くように受け取った。

 

「そうですねぇ、女の子ですし【おくま】はどうでしょう?」

「おくまか、名前の意味は?」

「江戸の頃は流行病が多かったので生まれて間もなく亡くなる事もありました。なので、その頃は『動物』など強い名前を付けてました。なので今回も災いを払う為に、熊の様に強くなって欲しいと意味を込めておくまと名付けました」

 

 ちゃんとした理由を言われた俺は「へぇ〜」を連発した。そして、いつもの如く。

 

「ねぇねぇ、お菊さん」

「はい?なんですか?」

「〇〇〇〇って名前の人いた?」

 

「「「ぶっ!!」」」

 

 八尺様、花子さん、メリーは同時に蕎麦を噴き出した。3人は同時に。

 

「なんてこと言うんですか!下品ですよ!」

「最っっ低なんだけど!!」

「お主はなんでそう息を吐くように卑猥の言葉を出すんじゃ!?」

「あはははは、ストレートだなぁ!おじさんは好きだぜ」

 

 メリーさんにスリッパで頭をひっぱたかれた俺は頭を擦りながら。

 

「だって純粋に気になったんだもん、普通知りたくなるじゃん」

「さ、流石に居ませんでしたね。そのような名前は」

「え?そのような名前って?なんだっけ?」

「いや、ですからその……」

「ほら言って、お兄さん忘れっぽいからさ。ね?」

 

 俺はお菊さんにグイグイと耳を傾けると。

 

「いや何してんのよ」

「クズ過ぎてホント呆れるわ」

 

 メリーさんと花子さんに止められた。

 

「何すんだよ、メリーに花ちゃん!別に何もしてないでしょ!?」

「どの口が言ってんのよ、今まさにしてたじゃん」

「心を何処か患っているのか?医者に行った方がいいのでは無いか?」

「龍星さん……」

 

 おっとぉ?ゴミを見る目をしてますね。

 

「まぁ、冗談はさて置き。この日本人形の名前は【おくま】でいいな?」

「はいっ!賛成です!」

「あたしも賛成」

「わしも賛成じゃ」

「おじさんは〇〇〇〇の方が」

「黙ってろおっさん、猫の餌にするわよ?」

 

 メリーさんが小さいおじさんを威嚇すると、ようやく意見が纏まり、見張り番担当の【おくま】が決定した。おくまも嬉しかったのか、微笑むように表情を変えていた。

 

 ─────────────────────

 

 その日の夜。荷物の片付けを完全に終わらせた俺は晩御飯のおかずを買いに行く為に、出かける支度をしていた。

 

「今日の晩御飯カレーでいいでしょ?」

「うん、あたしはカレーでいいよ?」

「私もかれいらいすでいいです!」

「ライスカレーか!辛くないやつにしておくれよ?」

「かれいらいす?なんですか?それ?」

 

 お菊さんは江戸時代の人の為、カレーを知らなかった様だ。俺は説明する時間が無かった為。

 

「後で教えてあげるよ、街まで遠いから急ぐからさ」

 

 俺は早々と玄関に行っておくまに挨拶をして車に乗り込み、街に向かった。駐車場に車を止めてスーパーで買い物を終わらせた。

 

「お菊さん見たらびっくりするだろうな。あっ!おくまになにかお供えする物買うの忘れてた!何が良いかなぁ〜?また戻るか?」

 

 スーパーの辺りを見渡して見ると、交差点を挟んだ先におもちゃ屋さんを見付けた。

 

「あっ!なんか可愛い櫛でも買って行けば喜ぶかな?」

 

 そう思った俺は買い物したマイカゴを車にしまい、走って人気のない交差点に走って行った。赤信号が点滅し、青信号に変わり横断歩道を歩き始めた。すると、目の前に黒いワイシャツにジーパンを着て黒いロングストレートヘアーの女性が立っていた。おかしい事に信号が青になっても渡ろうとしていなかった。

 

 この感じ……明らかに人間じゃねぇな。

 

 そう思いながらすれ違おうとしたその時。

 

「見えてるくせに……」

 

 俺に向かって呟いて来た。それを聞いた俺は。

 

「見えてますけど、何か?」

 

 俺はグリンッと首を素早く動かして幽霊に向いて言い放った。

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