Episode.12 墓前にて
突然襲来した魔物を追い返し、一度身体を休めようと横になったアイラが再び目を覚ましたのは昼を少し過ぎた頃だった。
眠い目を擦りながら階下に降りると、自分以外の面々はすでに目を覚まして食事を摂っていた。
「おはよう……」
「あぁ、起きたのか。食べ終わっても起きてこなければ起こそうと思っていたところだ」
どこか安心したような父親の声に頷きながら自分の席につき、まだ温かい食事に手をつける。
バーナードの母――ワニタの焼いた柔らかいパンに、ワインと煮込んで溶かしたチーズとアイラの父が育てた野菜がたっぷり入ったスープ。パンを器に入ったチーズの海に沈めて引き上げると、ワインの香りが鼻をつく。頬張れば、濃厚な味が口いっぱいに広がった。スープを飲むと口の中が洗われるようで、何度も繰り返しているといつまでも食べられるような錯覚に陥った。
「…おいしい」
「そりゃあよかった。食べたら着替えてこいよ、母さんの墓参りだ」
どこか上機嫌な父に急かされるように食事を終えて着替えると、村の外れにある墓地へ向けて親子2人で歩き出した。
―♦――♦――♦――♦――♦―
閑静な雰囲気の墓地へやってくると、母の墓標を探す。真っ白な石の円柱に名前の刻まれた墓石の群れから母のものを見つけ出すと、墓前に生前母が好んだ真っ白な花を手向けた。
「…久しぶり、母さん」
そう声をかけると、一陣の風が吹き抜けて先ほど手向けた花を揺らす。母が見守ってくれているような感覚に、アイラはそっと微笑んだ。
「あのね、母さん。私七空に選ばれたの。アルフィルク。バーニーもベラトリクスに選ばれてる……母さんが私たちにたくさん魔法を教えてくれたおかげだよ、ありがとう……」
毎年特に代わり映えのなかった近況報告に、今年は華のある出来事がいくつも付け加えられる。春の日差しも相まってか、アイラの声は弾むようだった。
「……母さんは、そっちで元気にしてるのかな…母さんのことだから、きっと天国でも優しいんだろうなぁ」
二度と会うことのできない母親を想い、長く長く墓前にとどまる時間。年に一度しかないこの時間のために、何時間もかけて故郷へ帰ってくるのが、学園に入学してからの習慣で。それはきっと、学園を卒業しても変わらないのだろう。七空になって、今年は何をした。来年はこれをやってみたい。と、いつまで経ってもきっと、子どものように長い時間話し続けられるのだろうと思った。
母の得意だった風魔法。幼い頃からそれを教えられて育ったバーナードと、創魔法の得意だったワニタ。魔法に関してはグランティア家とアイラ、レイニア家とバーナードの性質がそれぞれ逆だったが故に、両家は大きな家族のような様相だった。アイラの母が病気で死に、バーナードの父が事故で帰らぬ人となっても、それは変わることはなかった。
「…母さん、私……大きくなったよ」
たくさんの話をした後、最後にそれだけ言うと、それまで吹いていたそよ風がピタリと止む。話を聞いていた母親が帰っていったのかと思うと悲しみが込み上げ、泣いてしまいそうになる。
「……また来るからね、母さん」
涙がこぼれないように少し上を向いたアイラの視線の先に、数羽の小鳥が戯れるように飛んでいた。
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