Episode.11 連携
故郷に帰ってきた次の朝に魔物が現れる――普通の学生なら想像もしない事態であろう。しかし、慌てて家を出たアイラの目の前には確かにそんな非現実的とも言える光景が広がっていた。
「…アイラ、これって」
「バーニー……うん、多分…お母さんが昔読んでくれた絵本に出てくるあの怪物…だと思う……本当にいたんだ…」
同じく慌てた様子で家を出てきたらしいバーナードに呆然とした表情で問いかけられ、混乱しながらも自分の仮説を話す。仮説――というより、見た目の特徴からはほとんど絵本の話にあったそれに間違いない怪物は、まるで岩をまとった巨大な犬のようだった。
「グルルルゥアウ!」
大地を震わすような咆哮を上げたダリリクが一番に標的に選んだのはバーナードの母親だった。深刻な様子でアイラの父親と話し込んでいた彼女が驚きの表情を浮かべるより早く、石礫が勢いよく空を切る。
「危ない、母さん!」
バーナードが叫び、母親が目を閉じる。アイラも身近な人間が攻撃される恐怖に目を閉じたが、暗くなった視界と鋭敏になった聴覚にバーナードの母親の悲鳴も肉が避ける音も響かなかった。
「っく……無事か、ワニタ」
恐る恐る目を開けると、ちょうどアイラの父親が起こした激しい旋風が石礫を砕き去ったところだった。
「…えっ……ええ、なんとか無事よ…」
「…父さん、それ……」
確か父は水属性以外の魔法を苦手としていたはずではないか。驚いて問いかけると、返ってきたのは
「昔、お前の母さんから教えてもらったんだよ」
と、少々楽観的とも取れる答えだった。
「グルルル……!」
自らの攻撃を無とされたのが悔しいのか、ダリリクは地面を踏み鳴らすと先程より多くの石礫を四人のいる方向へ飛ばす。どうやら四人は、完全に敵と認識されてしまったらしい。
「みんな、下がって…!」
アイラが皆をかばうように前に出ると、魔力を蔦のように張り巡らせて盾の形を成す。とっさのそれは幾つかの石礫を通してしまったが、勢いを削ぐことはできたらしく誰にも直撃することはなかった。
―ほっとしているのもつかの間、次の攻撃、また次の攻撃と飛んでくる。怒り狂ったその怪物は、考えることをやめたらしい。
「…おっさんは魔力切れか?」
「まだ多少は残ってるさ。だがそれだけの魔力で作る魔法があいつに有効と思えん」
「なるほどな……なら俺が追い返す。おっさんは他の奴らに飛び火しないようにアイラと守っててくれ。母さんは…………隠れてろ」
学園の生徒会で培った指示能力か、バーナードが周囲に指示を出すとダリリクに向けて水属性の魔法を放つ。着弾と同時、一斉に動き出した彼らの連帯感は、さすが気心のしれた仲と言ったところだろうか。
「父さん、そっちに飛んだ!」
「任せとけ!」
2人の的確な守りを信頼し、バーナードは持てる最大の力をダリリクへの攻撃に使うことができる。学園の教師がここにいたならば「それが最適解だ」と手を叩くのだろう。
「とっとと……住処へ帰れ!」
これで最後だと言わんばかりに、バーナードが今までよりも強力な魔法を放つ。急所には当たらずに逸れたが、ダリリクは怯んだのか踵を返した。
大岩のような後ろ姿が森へ消えていったのを見届け、アイラたちはふぅっと息をつく。朝から怪物と出くわし、しかもそれが自分たちの家の方へ向かってくるなどとは想像すらできなかったのだ。当然、全員の身体に深い疲労感が溢れ出す。
「……二度寝したら、お母さんのお墓参りに行こう」
アイラのつぶやきを合図に、一同は重い足取りを自宅へ向けた。
―♦――♦――♦――♦――♦―
「…なあんだ、やられちゃったの」
森の奥、ひときわ高い木の枝に腰掛けた仮面の少年が、そう口を開いた。黒い服を着ているらしく、薄暗い森の中に仮面だけが白く浮き上がって不気味だ。
「もう少し楽しいかと思ったんだけど、意外とあっけなかったね。それとも……あの子達が相当強いのかな」
とぼとぼと住処の洞窟へ帰っていくダリリクを横目に枝から飛び降り、少年は楽しそうな声を上げた。
「……それなら楽しみだなぁ!あの子達と戦えるのはいつになるだろう!待ちきれないや……!」
朝日が差し込み始めた森に、少年の笑い声は長く長く尾を引いた――。
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