Episode.10 強襲
卒業式の後、リオレンタには2週間ほどの休みが存在する。寮生の多くはこの期間にそれぞれの故郷へ帰省する。
無論と言うべきか、アイラとバーナードも5泊6日の帰省予定を立てていた。
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夏にあった祭りのときには使えなかった生徒会特権を活用して他の学園生より一足先に翔馬車に乗り込み、帝都へ降り立つ。
「まだ朝早いからかな…遠くに家がある学園生以外はあんまり見当たらないね」
遠くに家がある、とは言っても、彼らの並んでいる翔馬車の乗り場が示す目的地を見ると片道半日以上かかる場所ばかり。それより近くに家がある者は、昼から出ても十分故郷での夕食の時間に間に合うと判断したのだろう。
「あ、あっちじゃない?」
アイラが指差した先、「テオレイン」と書かれた看板の前には、一台の翔馬車が停まっていた。その御者台に乗っていたのは、どことなく馴染みのある顔。
「……あれ、デニー?」
「なんでオレのなま……アイラ!?バーニーも…」
訝しげな顔で振り返った御者は、2人を見て目を丸くした。自分たちより少し年上の彼は、学校に行くことを選ばずに実家の稼業を継いだのだ。普段は近隣地域の配達を主に請け負っていると聞いていたが、近頃は帝都からテオレインへの乗り合い翔馬車の御者が足りずに、時折こうして手綱を取っているのだという。
「あんたら学校じゃねえのかよ」
「春休みなの。こういう機会でもないと帰省できないから」
なるほどなー、と呟いたデニーを横目に、それほど広くはない翔馬車に乗り込む。
「乗ったか、つかまっとけよ。こいつら気性が荒いから結構揺れるんだ……テオレイン行き、出発しまーす」
どこか間延びした声と翔馬のいななき。僅かに地面を走った後空へ駆け出した翔馬車の中は、故郷の村に着くまでの間あたたかな思い出話で満ちていた。
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「お客様方、到着ですよーっと……」
おどけた調子の声につられて辺りを見渡せば、そこには見慣れた故郷の町並みがあった。
「ありがとな。代金はうちのお袋にツケといてくれ」
「バーニー、よくない」
2人のやりとりにデニーが大笑いし、再会を祝して自分のおごりにしてやろうと告げる。それではだめだとアイラが食い下がり、結局半額を支払うことで双方が合意した。デニーはこれから翔馬を厩舎に戻した後家に帰って眠るのだという。
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2人が帰ってきたことで、グランティア家とレイニア家は一気に大きな盛り上がりを見せた。アイラの父が木のテーブルを庭に出し、バーナードの母がそのテーブルにこれでもかというほどの手料理を並べる。揃って席について食事を楽しんでいると、夜はあっという間に更けた。
「おばさま、もしかして腕を上げた?」
「おや、気づいたの?2人がいなくなってから料理くらいしかすることがなくってね」
毎年のように行われる冗談の応酬に、おばあちゃんみたい、とアイラが笑えば、皆がつられて笑う。温かく懐かしい料理も相まって、穏やかな時間を過ごしていた。
――平和を脅かす存在が、すぐ近くに迫っているとも知らずに。
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次の朝、アイラを起こしたのは小鳥のさえずりでもバーナードやその母の声でも、ましてやあたたかい日差しでもなかった。
「ダリリクだ――!」
けたたましい鐘の音とともに聞こえてきたのはそんな叫び声で。寝間着に上着をひっかけて慌てながら外に出ると、幼い頃、母から読み聞かせてもらった絵本で見た「おそろしいばけもの」が自分の家のすぐ近くまでやってきていた。夜明けの薄暗闇の中、その化け物の大きく開いた口はいっそう不気味さを醸し出していた――。
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