Episode.9 世代交代(2)

 雪解け前から始まった卒業式の準備がようやく終わりを迎えた、春告花の咲く頃。

 盛大な鐘の音と共に、来賓の乗る翔馬車が空を駆け巡る。


 校舎のあちらこちらでは卒業生たちを祝う声が飛び交い、教師と生徒会メンバーが総出で用意した飾り魔法がきらめく。


 聖リオレンタ魔法学園、春の二大イベントのひとつ、卒業式が始まる。


「――日に日に暖かさの増す良き日、私達高等部3年生はこの学び舎を巣立っていきます。12年という長い年月を過ごし――」


 壇上で卒業生の代表が言葉を紡ぎ、それが拡声魔法でホール全体へ均等に拡散される。壇上に立っているのはメイシャではないが、凛とした佇まいは美しさを感じさせる。


「――卒業生代表、アグリ・スペニウス」


 簡単に挨拶を終えた彼女が来賓に頭を下げ、自分の元いた席へ戻ると、次に立ち上がるのは在校生代表だった。


「まずは卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。皆さんが過ごした学び舎を、私達が――」


 長い話に眠気を誘われてうつらうつらと船を漕いでいたアイラは、隣に座っているリオンに起こされた。


「アイラ、次上がらなきゃいけないんでしょ?起きとかなきゃだよ」


 コソコソとそう言われ、あくびを噛み殺しながら苦笑するアイラに、たまたま斜め後ろの席にいたユウカが吹き出すのを堪えている。


「……わかってるよ、今ちゃんと起きた」


「メイシャ様の前であくびなんてしないでね、わかってると思うけど」


「お母さんみたい」


 そこで堪えきれなかったユウカが吹き出すと、アイラとリオンが同時に振り向く。


「ごめんなさ……だって、厳かな場とは思えないような会話で…ふふっ」


 言い訳のように口から飛び出た言葉と、なおも止まらぬ笑い。今のアイラに緊張しているかと尋ねたなら「それどころじゃないかも」と答えるのだろうか。とにかく3人揃って声を殺しながらひとしきり笑い、ようやくその波が落ち着いてきた頃に在校生代表の挨拶が終わった。


「ふぅ…それじゃあ、行ってくるね」


「行ってらっしゃい、頑張ってね」


 リオンの言葉とユウカの頼もしい視線で見送られ、アイラがゆっくりと壇上へ上る。

 隣にはバーナードが立ち、正面にはメイシャが立っていた。


「コホン……メイシャ様、この度はご卒業、及び七空へのご就任、まことにおめでとうございます」


 練習してきた通りに言葉を紡げば、そこから先はバーナードのセリフだ。


「メイシャ様のご活躍を祈願し、バーナード・レイニア及びアイラ・グランティア両名の魔法を込めて作ったネックレスをお渡しいたします。どうぞ、お収めください」


 すこし棒読みになってしまったセリフをごまかすようにはにかんだバーナードが促すのに合わせ、アイラは手に持っていた箱を開いた。中に入っていたのは銀のチェーンに蒼と透明のガラス玉で作った小花飾りを下げた手作りのネックレスだった。


「…その、魔法を上手く込めるのに手作りしか方法がなくて……みすぼらしいと感じたら着けなくても…」


 着けなくてもいい、と言い終わらないうちにメイシャがネックレスを手に取り、ニッコリと笑って自らの首にそれをかけた。


「―ありがとう、ふたりとも。卒業を祝って贈られたどんなものより心に残る贈り物でした」


 どうやらプレゼントは成功したようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る