閑話 あたたかいご飯

 グランティア家とレイニア家の両家にとって、年に一度子どもたちが帰ってくる日は非常に喜ばしいものだ。だから、毎年ありったけの愛を込めた豪勢な食事で出迎える。毎年の習慣となった宴のような食事の準備をしながら、ワニタはふと息子に思いを馳せた。


 思えば、小さい頃は親の言うことを聞かずあちこちで大怪我をして帰ってきていた。アイラと共に木苺を摘みに出かけ、べそ顔のアイラと途中から合流したのであろうデニーに両方の肩を支えられて帰ってきたときは目を剥いた。擦り切れてぼろぼろになった服の隙間から見える深い傷にどうしたのかと声をかければ、木の根に躓いて転がっている石にしこたま身体を打ち付けたのだという。


「足元には気をつけるようにって何度も言ったでしょう!全く……」


 そう説教を始めようとすれば、無事に帰ってきただけいいでしょうとアイラの母に窘められる。デニーは家の手伝いを放棄したことで父親のげんこつを喰らい、皆が笑う。それがいつもの光景だった。


「……成長したものねえ、バーナードも…」


 我が子の成長は喜ばしいはずだが、どこか寂しさを覚える。アイラの父が持ってきてくれた野菜の皮を剥きながら考え込んでいると、不注意のためか指先を少し切る。


「っつつ……はぁ、せっかく帰ってきた子どもたちに血の味がする料理なんてだめね。集中しなさい、ワニタ」


 自分に喝を入れ、考え事を振り払って料理を続ける。例年であれば二人はパンが焼き上がる頃に帰ってくる。それまでにスープや肉を用意しなければならない。


 ―♦――♦――♦――♦――♦―


 竈の戸を開けてパンの焼き加減を確かめると、いつも二人が美味しいと言って食べてくれるちょうどいい硬さに焼き上がったパンが顔を出した。湯気の立つそれを慎重に竈から運び出し、作業台に置いたところでアイラの声がした。


「父さん、ワニタおばさん、ただいまー!」


「おかえり、二人とも……って、大きくなったねぇ、アイラ」


 一年で少し背が伸びたアイラを見て声を上げると、もはや見上げるほどの身長になったバーナードが俺より小さいとからかう。


「バーニーは男の子だもん、高いに決まってる!」


 頬を膨らませた小さい子供のような表情で反論するアイラを横目に、アイラの父はテーブルを庭に出しているようだ。私も料理を出そう、とワニタが動き出すのを二人は見逃さなかった。


「手伝うよ、母さん」


「私も手伝うー!」


 三人で運んでも少し時間がかかる量のそれを庭に運び出した頃には日が傾き始めていた。家からの明かりだけでは足りないだろうとキャンドルに火をつけたアイラの父が席につき、久しぶりに両家揃った夕食が始まる。


「おばさま、もしかして腕を上げた?」


「おや、気づいたの?2人がいなくなってから料理くらいしかすることがなくってね」


 すっかり当たり前になった会話を交わしながら、夜が更けるまで楽しい食事は続いた。


 食事を終えて食器を洗い、各々が部屋に戻って眠りにつく。今年も二人をあたたかい食事で迎えられたことに安堵を覚えたワニタの、満腹から来る少しの気だるさを抱えた身体は、ベッドに入るとあっという間に眠りに落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る