閑話 吸血鬼の苦悩
帝都の端に位置する、とある邸宅。その応接間で、悠然と足を組んでいるのは邸宅の主。その向かいでこれまた大きな態度でふんぞり返っているのは、客であるはずの人間だった。
「――ですから、ぜひ貴女の
「それで、あなたの息子に私の
自分の言葉を遮るように利己的な一言を投げつけられ、客人はまるで時が止まってしまったかのように黙り込む。それを見て、邸宅の主は更に言葉を紡ぐ。
「だって、爵位はうちの方が上でしょう?それに私が公爵と七空を兼ねているおかげでお金はもういらないってほどあるし…第一、うちの
そもそも、人間の寿命は短すぎて結婚しても絶対に未亡人になっちゃうじゃないの。そう付け足すと、客人は完全に言葉を失ってしまったようだった。じわじわとその顔に浮かぶ言いようのない怒りに、邸宅の主である吸血鬼――マイヤ・リカルエントは、薄ら笑いを浮かべる。
「さ、言い返す言葉をなくしたなら帰ってちょうだいな。今日は大切な用事があるのよ」
そう言ったマイヤが軽く手を叩くと、奥からリカルエント家の私兵が数名現れて客人を追い出そうとする。
「よろしいのですかリカルエント卿!私は由緒正しきサブリニア家の…!」
「商家としては由緒正しいかもしれないけれど、子爵位を持ったのはつい20年前でしょう?吸血鬼1人の寿命にも満たないうちは由緒正しいなんて言わないわよ」
ちなみに私は416歳。それだけ言って私兵を急かし、客人の姿が応接間から消えた瞬間に、マイヤはソファに深く腰掛けてため息をつく。そのままソファの横にあるテーブルに置かれた箱に手を伸ばすと、箱の中からシキ伝来の煙草を取り出して火をつける。
「……あまり吸うと体に障るよ、姉さん」
吸い始めて幾ばくも経たないうちに、応接間に入ってきた弟のドニアスがそう口にする。
「そうね…わかってるけど、少しだけ」
「本当に少しだからね」
釘を刺され、マイヤが苦笑を浮かべる。
「わかってるわよ、もう。あんまり煙草の臭いさせてるとリュキに嫌われちゃうもの、今吸ってる分で今日はおしまい!」
そう言うと、「今吸ってる分」も早々に切り上げて煙草を箱に戻す。
「さ、久しぶりのリュキとのお食事だし…遅れちゃ悪いわよね、行きましょ」
立ち上がり、伸びをしたマイヤが弟を急かすようにして応接間を出ると、ちょうど陽の光が西に傾き出す頃だった。急いで食堂へ向かい、扉を開けると、そこには少々不機嫌そうな顔をした義妹が待っていた。
「ごめんなさいねリュキ、お客様がなかなか帰ってくれなくて……これじゃただの言い訳ね。待たせた分たくさんお話を聞かせて頂戴、リュキ。今日は何をして過ごしたの?」
戦場で拾ってきたこの義妹と上手く打ち解けられているかと聞かれれば、自信はない。普段は自信家で、その自信に相応の実力が伴っているマイヤでも、だ。忙しい合間を縫って義妹と共に食事をするのは、せっかく自分たちについて来ると決断してくれたこのかわいらしい竜人の心を少しでもほぐしてあげたいと願うから。
「んん、今日のご飯もとっても美味しい!」
無邪気な笑顔で食事をしてくれる貴女を守るために、私はもうしばらく過保護な義姉でありたい。そう決意を新たにし、食事の力で緩んだ口からこぼれ落ちるたくさんの言葉に耳を傾ける。いつか貴女が独り立ちするときには、今日の、明日の話の全てを思い返しながら、ゆっくりと話をしよう。心の内でそっと約束をして、そっと目を閉じた。
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