Episode.6 始まりの祭典(4)

 昼食に選んだ料理は、先程通った一角にある露店の羽兎コイニンクレイテ肉サンドイッチ。帝都にある肉料理屋が出しているというその露店からは、複数の料理人が注文を伝達したり何が出来たと連絡したりする慌ただしい声と、羽兎の肉が熱される時に出る独特の音、それにかき消されてしまいそうだが他の肉が焼ける音も聞こえてくる。

 すみませんと声をかければ、恰幅のいい男性が応対してくれた。


「はいはい、なんでしょうか?」


「えっと…羽兎肉のサンドイッチを4人分……」


 簡潔に注文をし、言われた通りの金額――小銀貨2枚であった――を支払ってしばらく店の近くで待っていると、すぐに羽兎肉が焼けてキチチ…ピ……と独特な音が響く。鉄板の横にある小さな壺から羽兎にたっぷりのタレがかけられ、それを美味しそうな焼き目のついた白麦のパンが山盛りの野菜と共に受け止める。漂ってくる匂いに胃袋が刺激され、暑さで参っているはずのアイラさえ早く食べたいとうずうずしていた。

 すぐに出来上がったそれが薄く切った木の皿に載せられる。バーナードがゴクリと唾を飲み込むと、ちょうどそのタイミングで店主が手招きをしてきた。


 受け取ったサンドイッチを持って近くのベンチに並んで腰掛け、各々がかぶりつく。


「あっづい………」


 真っ先にそう口にしたのは、猫舌らしいバーナードだった。他の3人も食べ進めるが、具が多すぎるために口の大きさを超えてしまうほど高くなってしまったサンドイッチや溢れ出てくる肉汁などにそれぞれ苦戦を強いられている。

 やっと食べ終わった頃には、あたりの露店は軒並み売り切れの看板を出していた。


「リオン、顔ベタベタになってる」


 そう言って友人の顔を拭きながら、パレードの始まる時間までどう暇をつぶそうかと考える。


「……そういえば、ちょっと奥の方にゲームみたいなのたくさんあったような…」


 考え込んだ末に思い出して呟けば、面白いことを好むリオンが身を乗り出す。


「なにそれ!行ってみたい!」


 そう言われて、アイラの顔に思わず笑みが溢れる。


「リオンは本当に楽しいのが好きだね…それじゃ、みんなで行こうか」


 アイラの案内でたどり着いたのは、祭りの喧騒から少し離れた住宅街の近くだった。入り口のテントにはおびただしい量の景品が積み上げられている。聞けば、通りのゲームで点を稼いで景品を交換するらしい。


「よーし、張り切っていくぞー!」


 腕まくりまでしてやる気に溢れたリオンの先導で、一行はテントに置かれた景品の半分をあっさりと獲得し、周囲から奇異の目で見られていた。が、これは別の話である。


 そうこうしているうちに日は傾き、いよいよ待ちに待ったパレードの時間が近づいてくる。大通りに集まった人々が今か今かと周りを見回していると、夜の始まりを告げる鐘の音とともに七色の魔法が空を覆う。


「七空が一角、【アスケラ】ラナベル・グライアーノ!」


 中央の花道を守るようにして立っている衛兵がそう声を上げると、宮殿から花道に翔馬車が降りてきて地面を駆ける。同じようにして次々と名前が呼ばれ、翔馬車が降りてくるのを見ていると、その中に見覚えのある顔を見つけた。


「七空が一角【サダクビア】及び第13公爵家当主、マイヤ・リカルエント!」


 そう呼ばれた直後に視界に飛び込んできたのは、昼間自分をクラインのナンパから助けてくれた銀髪の女性だった。見間違いかと思って何度か目を瞬いても、そこには間違いなく昼間の彼女がいた。


「あ……」


 驚きに目を見開いていると、たまたまこちらを向いた彼女と目が合った。慌てて制服のスカートを持ち上げ頭を下げると、ふわりと微笑みを返されて見惚れてしまった。前髪で左目は隠されていたが、右目だけでもその柔和な心がよく分かるようだった。高貴な女性とはこういう人なんだろう。そう思い、密かに憧れを抱いたままその日は過ぎ去っていった。


 祭りの始まりは騒々しく、終わりは始まり以上に騒がしく、その日の帝都ルクシュエは時計の針が頂上を指す頃まで騒がしさが収まることはなかった。

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