Episode.2 始まりの物語
「そうですね、まずは何から話しましょうか」
そんな言葉から、リオレンタ魔法学園の七不思議の話が始まった。
「学園の七不思議は、皆さんご存知ですか?」
「目の見えない、神官の話なら……」
この中では最も真面目であろうアイラが、そう声を上げる。
「それは帝国の七不思議ですね。せっかくなのでどういう話か説明をお願いできますか?」
校医の言葉に少々恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、アイラが再び口を開く。
「えっと…確か、帝国を揺るがすほどの戦争で街が戦場になったときに、ある神殿が焼かれて……そこにいた、目の見えない神官が亡くなって…自分に、自分の信じる神に救いを求めていた人たちの魂を救済するために今もさまよっている……だったっけ…」
少しばかりたどたどしい説明を聞いて、校医がしわがれた手を叩く。
「そのとおりです。既にそれらの魂はこの国にいないことがわかっていますが、その神官はいつまでもこの国に、この土地に縛られているのです。いわば地縛霊というわけですね」
自らの言葉を継いでくれた校医の話に、アイラがうんうんと頷く。他の3人は、やや馴染みのない話だったのかどこか呆けた顔をしているようだ。それを見てか、校医が苦笑しながら軽く咳払いをする。
「えー、それでは学園の七不思議に話を戻しましょうか。聞いたことがあるものがあれば教えて下さいますか、皆さん」
4人を見回す校医の視線に応じて、リオンが勢いよく手を挙げる。
「はーい!私、机が増える教室の話知ってる!」
再びしわがれた手を叩き、ニッコリと笑みを浮かべた校医がリオンの話を継ぐ。
「確か今は使われていない教室ですね。なぜか教室から机を運び出すと消えてしまうとか……それなのに机は際限なく増えるので、時々持ち出すことで机が増えすぎるのを防いでいる、というわけです」
その後も、壁に飾られている絵画の順番が毎日変わる美術室の話、4がつく日の夜中にだけ喋る玄関ホールの騎士像の話、週に一度どういうわけか爆発する演習場の樹の話(しかも樹は全くの無傷である)、魔力量が多ければ多いほど映らなくなる鏡の話、そこにいると過去の学校に飛ばされる教室の話などが続いた。最後の話は演習の最中に亡くなった生徒の霊が夜ごとに魔法の練習をしているというなんともベタなものだったが、4人の生徒は話の間中両目を輝かせていた。
やがて話が終わった時、医務室に漂っていたのは心地よい疲労感だった。アイラの体調もすっかり回復し、顔色はむしろ普段より良いと言えるほどだった。
「…と、グランティアさんの体調はもう戻ったようですね。時間も時間ですし……そろそろ解散と行きましょうか」
膝に手を当て、よっこらせと立ち上がった校医が医務室のドアを開け放つ。廊下の窓が開いているのか、吹き込んできた涼しい風がカーテンを揺らした。
「えっと…ありがとうございました。また……来ない方がいい、ですよね」
「そうですね、この老いぼれを休ませてくれるとありがたいです。それじゃ、今日はもう残り少ないですが…あなた方の今日という日に神々の加護が溢れますように」
帝国に伝わる祈りの言葉で見送られた4人は、各々の話に花を咲かせながら寮へと帰っていく。それは七不思議の話に関する感想であったり、自分が今までに経験した怪奇現象の話であったり、オカルトな話を聞いた後はなんとなく本当かどうかも分からない話でも盛り上がれるのだろう。
――それはそうとして、アイラにも1つだけ、誰にも話していないオカルト話がある。それは、母の形見である兎のぬいぐるみが時折妙な動き方をしていることである。棚の上に置いて眠ったはずが、朝起きるとベッドの枕元にいる。クッションの上に置いて出かけたはずが、帰ってきてみるとドアの前に移動している。そんなことが、どうも最近増えてきているように感じるのだ。
「………まあ…多分、気のせい……だよね?」
そう思うことでなんとか平静を保ってはいるが、正直言ってかなり不気味であることには変わりない。不思議に思いながらも、どうしても3人には言えない。そんなふうに思う、優しすぎるほどに優しいアイラなのだった……。
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