第21話 もうすぐ歴史は変わる


ピリリ……ピリリ……

いつものように、目覚ましのアラームが鳴る。

とにかく清二は朝目覚めてすぐに夢日記を書く。

こうしてあの世界で自分が発言したこと、それに対して住民達がどう返したかも残せるからだ。

そうして、今日も清二の一日は始まる。

ただの日常じゃない、小説を完成させるための道のりを。


現実世界で眠りにつき、夢でユートアスラントへ来ている間、清二はひたすら時間稼ぎをした。

話を完成させるまでのその間にもシェルターの住民達に希望を持たせるために、現実世界から得た知識を与える。

「地上の夜が明けて太陽が出たことにより、地上が常に光のある明るい場所となれば、地上の廃墟から役に立つ物資を得ることができる」

「太陽の光により、地上で植物を育てれば、雨と太陽で植物が育つ」

「地上で活動できれば、雨の恵みなどで食料の栽培もうまくいく」

 そういった具合に、とにかく住民達を励まして希望を持たせた。時間稼ぎのために。

 その間に清二は小説を完成させる為に、色々なことをした。


清二はユートアスラントに滞在できる夢から目覚めると、すぐにあの世界の出来事を夢日記に書きこみ、前日に見た夢を忘れないようにしていた。

 こうすることで、次に夢を見てもその前の日から覚えておけるからだ。

 前回は住民達に何を話しただとか、どういった会話をしただとかだ。


 学校へ行き、家でやるべき日課を過ごして、夜の自由時間にはひたすら小説を書く。

 毎日のように、パソコンの前でキーボードを打ち込み、次々と物語を作るための、プロットを立てていく。

 あの世界についての細かい背景描写や、世界観説明、登場人物の台詞などを考える。

「こうやって、毎日少しずつ書いていれば、きっと早くあの世界の未来を作ることができるはずだ」

 清二は日々、自分の作ろうとしている物語が着々と前に進もうとしていることに快感を覚えていた。

 毎日がそうやってあれこれ考え、どんな話にしよう、こんな話にしようか、と展開を色々考えて盛り込んでいくのが楽しくてたまらない。

 今の清二にとっては眠っている間にだけ行くことができる、ユートアスラントに希望を持ち、寝るのが楽しみになっていた。

 そして、今日も眠りにつき、夢の世界へ行く。


 

 ユートアスラントの廃墟の町の中、いつも通り、ユミラはあの残骸の場所にいた。

 しかし、今日のユミラは空を見上げていた。かつて星を見ていた時のように。

「ユミラ、何をしてるの?」

 いつものごとく、ユミラに会う清二は最近、ユミラに会うのが楽しみで仕方なかった。

 この世界がもうすぐ救われる時に彼女はどんな顔をするだろう、と。

「清二が、もしもこの世界の夜が明けて、太陽ってのが昇れば地上が明るくなるって言ってたから、どんな感じなのかなって想像してたの」

 清二はユミラに夜が終われば太陽というものが出て外が明るくなると教えた。

すると、今日はユミラから話題を出した。

「清二の生まれたところってどんな場所?」

 それは今まで聞いたことのない質問だった。

 清二はここへはふらりと現れては消える存在と思われている。

 シェルターの中で寝泊まりをしているわけでもなく、すーっと消えていき、また現れるという繰り返しだ。ここへどうやって来たのかもわからない、ということにしている。

 なので、ユミラ達は清二がどんな場所の出身なのかを知らない。

「ここよりは、自然豊かな場所だったかな。人もいるし、設備もあった気がする」

 日本のことを言っても、ユミラにとっては別世界のことを理解できないだろうという判断で、あえてこの世界に合った言い方をする。

 しかし清二は最初に、「ここへはいつの間にか来ていてここがどんな場所なのかを知らない」といった曖昧なことを言ったのであえてぼかすようにに答えてはいるが。

「セージって、やっぱりそういうところから来たからなんでも知ってるの? 」

 それはユミラにとっての疑問だった。

 なぜ清二はいろんなことを知っているのか、その知識はどこから来るのか。なぜシェルターのコンピューターを操作できたのか。なぜ色々な知識があるのか、と

「どうだろうね。まあ、色々なものがあった場所ではあったような気がする」

 そう言ってごまかす。

「セージだけがあのこんぴゅーたーを使えたんでしょ? なんで? あそこは誰が入っても何も動かなかったし、どう使うかもわからなかったのに」

 誰も使うことのできなかったはずのコンピューターが起動した。

 それは最高責任者のデータと照合した、清二こそがまさにこの世界の重役だった、ということを話すわけにもいかなかった。

「ちょっと勉強したからかな。僕のところは、そういうのを教える設備もあったし。シェルターでいう、勉強を教えるところ。そこで習ったっていうか」

 半分は嘘ではない。現代日本の学校においてもパソコンといった機材を教えることは義務化されており、機材の知識は少々ある。

「セージはきっと、私達よりもずっとずっと知識に優れているのね」

 ユミラ達は地上を探索することはできず、あのシェルターの中だけで生まれ育った。

 だからあのシェルター内で得られる知識のみで生きて来た。

 その点、清二は現実世界において、文明が進んだ世界で生きている。

 現代では学校の勉強以外でもテレビやインターネットといったツールであらゆることを知る手段に満ち溢れている。

「知識っていっても大したことないさ。そういうのにちょっと詳しいってだけ」

 清二は現実世界では社会的にはあくまでもまだまだ未熟な高校生でしかないのだ。当然ながら大人ほどに知能に優れているわけではない。

「でも、あなたの知識を頼りにここの人たちは元気づけられてるわ。セージが希望を持たせてくれたおかげで、みんな本当に生き生きしていくもの」

 清二の教えた知識により、シェルター内が活気に満ちていくのも事実だった。

「これからも、いろんなことを教えてね」

 こうして頼りにされるのは嬉しかった。 

「それに、私は、清二とだったら、ここでずっと……」

 ユミラは何かを言いかけた。

「え、何?」

 すると、ユミラは少々顔を赤くしていた。

「ううん、なんでもない。気にしないで」

 ユミラは、清二に何かわからない想いがあった。


 そして、また今日もシェルターの人々に元気づけをさせる。

「もうすぐです、もうすぐここの未来が変わるかもしれないんです」

 自分が作っているこの世界の未来にあたる小説がどんどん前に進んでいく。次々とアイディアが積み上げられていき、物語をどう作るかを考えている。なのでユートアスラントが救われる日がそう遠くはないだろう、という自信を持つ。

 きっと、あの小説のストーリーが完成すれば、未来も変わるはずだと。

「セージさん、いつもありがとうな。俺達にいろんなこと教えてくれて」

 清二はもはや本当の意味でここの神様のような扱いだった。

「セージさんが来てから、ここも明るくなったよなあ」

「みんなを励ましてくれたし、希望を持たせてくれた」

「ここはみんな、いつか訪れる死を待つだけだったんだ。だからセージさんが来てから変わったんだよ」

 住民達はそうやって清二をもてはやした。清二はそれが嬉しかった。

「セージさんはまるで俺達の神様だ。俺達の知らないことをたくさん知って」。 

 その意味は間違っていない。清二は創造神も同じなのだから。

「僕はただ、自分にできることをやってるだけですよ」

 清二はあくまでそう答えた。清二にとってはできること、つまりここの未来を作っていることこそが未来を変える方法である。

「セージさん、いっそユミラと結ばれたらどうだ?」

 突然そう言われた。自分が、ユミラと?

「え……?」

「ユミラ、最近セージさんのことばっかり言うんだ。セージがここを救ってくれる、セージはまさに自分にとっての救いの人だって。セージとならずっと一緒にいてもいいって」

 初めて聞かされたユミラの最近の様子。彼女がそんな気持ちを抱いていると。

「そ、そうなんですか」

 確かに先ほどユミラは何かを言いかけた。まさかそういう意味だったのだろうか。

「それで、ずっとこのシェルターに来ればいいじゃないか」

「ユミラも、まんざらじゃないんだぞ」

 確かにユミラの外見は清二の好みだ、なにせ清二自身が生み出した理想の人物像だったのだから。

 しかし清二はこの世界の住民でもなんでもない、清二がここへ訪れることができるのはあくまでも睡眠中の夢の中だけだ。

 ユミラはあくまでも、清二の作った小説の中の登場人物でしかないのだ。

自分自身が創り出した理想の人物像。ユミラはあくまでも清二の作った小説の中に登場するキャラクターというだけだ。作者と話の中の登場人物がは結ばれるなんて聞いたことがない。

 清二はあくまでもその世界に一時的に入っているだけなのだから。

 しかし、清二にはユミラのことで、何かときめく感情もあった。


 清二が今やりたいのは、この世界の物語を完成させてユートアスラントの未来を創り出してここを救う為だ。

 しかし、もしもこの物語を完成させたらこの夢の中の世界はどうなってしまうのだろう?

 清二がストーリーを執筆していくと、時が止まっていたこの世界の歴史が動き出し、清二は平和になったユートアスラントに来ることができるようになるのだろうか?


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