第19話 希望を持って
ピピピ……ピピピ……。
いつものアラーム音により、目が覚める。
しかし、清二は気持ちいい目覚めではなかった。夢の中で、重いことを知ったから。
「まさか、あそこの人たちがあんな想いで生きていたなんて」
自分があの世界を作ったが為に、彼女達を不幸にしてしまった。
彼女達はこれからもあの世界を復興させることも、何かを進展させることもなく、ただいつかやってくる死を待ちわびるだけの日々なのだ。
「僕が作った世界だと、その中の登場人物があんなに辛い想いをすることだったなんて」
なんとか彼女達を救う方法はないものか。
「そうだ」
清二は机の上にある、あのノートを見つめる。
「僕が作った世界なのなら、救うことができるのも僕自身じゃないのか」
清二はあのコンピューター室で見た、あの文字を思い出す。
「コノセカイヲツクリシモノガミライヲツクレバセカイハカワルダロウ」
つまりそれは、作者である清二自身が未来を作ればユートアスラントは変わる。
自分が作りだした世界なのなら、その世界は書き手である清二自身に運命を握らされる。
自分がこの世界を作ったが為に、彼女達を不幸にしてしまったそれならばつまり、清二があの世界のストーリーの続きを書けば、未来は変わるのだろう。
「僕だけがこの世界を変えることができる!」
清二があの世界でいう創造神なのならば、あの世界の未来は清二の手にかかっている。
「僕が、僕がこの物語を最後までちゃんと完成させれば、未来ができる。みんなが救われる未来が」
そうすれば、きっと同じ事の繰り返しのあの日々が変わるのだ、と信じて。
「早く、この世界を完成させなきゃ。この小説を完成させて、皆を救うんだ!」
清二はそう決心したこの日から、ユートアスラントを救う為、あの世界に合った未来のストーリーを考えた。
「あのシェルターの人達にも希望を持ってもらおう」
ストーリーを動かすには、その作品の登場人物達が生き生きしていなくてはならない。登場人物一人一人に魅力があること、それは創作の重要な点だ。
そうなると、まずは現地住民に希望を持ってもらい、自分があの世界を救うという意識を常に保たなければならない。
「まず、僕があそこを救うことができるって宣言しておくんだ、そうすれば僕は絶対に逃げない!」
物語を完成させるには、あえて締切を作り、その日までに小説を完成させるというルールを決めて、逃げ道を封じるという手もある。そうすることで、期限内に完成させることができる。
それには住民達に希望を持たせて、それに応えねばならない、という意思を持つことだ。
清二は一日、どうやってそれを実行するかを考えながら過ごし、そして眠りについた。
そして、いつもの場所に来る。
ユミラは今日、いつもより暗い気持ちで空を見上げていた。
「あらセージ……また来てくれたのね。もう来ないと思ってた。」
前回は清二にシェルターの秘密をしゃべってしまったからなのか、そのことで自分達に遺された時間が少ないと知られて気まずいとも思っていたのかもしれない。
清二のやる気に満ちた態度と反対に、ユミラは少々元気がなさそうだ。
「あのね、ユミラ、大事な話があるんだ」
清二はそんなユミラの手を握り、自分が真剣だという意思を伝えた。
「シェルターのみんなを集めてほしい、みんなに聞かせたい話がある」
それは清二が決意していたことだ。それを住民達に話すことにした。
「なんで? そんなに大事なら私からみんなに伝えておくわよ」
「この状況を変えられるかもしれないんだよ。みんなが死ななくていいところになるかもしれないんだ。それは僕からみんなに伝えたいんだ」
ユミラはその発言に、一瞬疑問の眼差しを見せたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「どういうこと? そんな大きなことできるわけないじゃない。そんな話、誰も信じないわ」
そう言われても、ここで折れるわけにはいかなかった。
「全員が集まるのが難しいなら、集められる人達だけでいい、とにかく大事な話なんだ」
このシェルターの住民でもない清二がこんなことをしようとし皆が信じるかどうかはわからなかった。しかしかけてみるしかなかった。
「わかったわ、そんなに言うのなら」
清二の真剣な態度に、ユミラはそれを了承してくれた。
シェルターに行き、大勢が集まれる大ホール。
ユミラに頼んで、来れる人だけでもいい、と住民に集まって欲しいと呼びかけた。
やはりいきなり清二の話に耳を傾けようと思う人物は少ないのか、集まったのは三十人程度だった。
「一体何を始めるんだ?」とヒソヒソ話をする声も聞こえる。
ホールに集まった住民達はこれから何をやろうとしているのか、という顔をしていた。
皆の前に立ち、清二は話を始めることにした。
「みなさん、今日はお集りいただいてありがとうございます」
まずは前座の挨拶をする。そして前置きは少々にして、厳しい話を始める。
「苦しいことを言うようですが、このシェルターはやがて、全滅の危機に直面することでしょう。皆わかってるはずです」
清二のその発言に、住民達は暗い顔になった。
「そんなこと、わかってるよ。だから何だっていうんだい?」
「いちいち現実を伝えないでくれ」
皆が認めたくなくても認めざるをえない、すでにわかっていることを、あえて直撃されたのだ。それは多少不機嫌にもなるだろう。
清二は落ち着ける為に、さっそく本題に入る。
「僕は以前、このシェルターにあるコンピュータールームに入りました」
ここの住民が誰も使い方をわからずに放置していた場所。どういった場所なのかもすらもわからなかった場所。
「あんなわけのわからないところに入ったのかい? よくわからない機械があるだけで、誰も使えなかったのに」
シェルター民達は、やはりあのコンピュータールームを使いこなせた者はいなかった」
それもそのはずだ、あのコンピューターはこの世界を作った主である、最高責任者である清二にしか扱えなかったのだから。
「実は、そこで極秘データの採取に成功したんです。僕はあのコンピューターを起動させることができました」
その発言に一斉に住民達がざわつく。
「なんでセージさんがあそこを使えたんだ?! あんな誰も使えなかったものを!」
「極秘データ? そんなものがあったのか?」
住民達は驚きを隠せなかった。誰にもできなかったことが、清二にはできたということに。
清二はかまわず、話を続けた。
「そうです、ここのコンピューター室は貴重なデータや資料がたくさんあったんです。この世界の成り立ちも、歴史も、このシェルターの建築構造も、外の世界のあらゆる情報が。僕だけが、それを知ることができたんです」
誰も知ることのできなかったデータを清二が採取したことに、皆驚いていた。
「もしかしたら、そこから得た情報により、状況を変えることができるかもしれないんです。コンピューター室でこの世界を救う手がかりを見つけました。このまま皆が死んでいくこともなく、未来を生きていけることになるかもしれないんです」
一同は清二のその発言にまたもや動揺を見せた。
「どういうことだ!?」
「この状況を変えられるっていうのか!?」と叫ぶ者もいる。
このシェルターの住民達はこのシェルターでしか生きていない。
外に出て行った者達は帰ってこなかったのだから、ここで生きていくしかなかった。
それゆえに、今までは自分が生きている時間の出来事しか知らなかった。
住民の誰もがこのシェルターのできる前やこの世界のことを知らない。
それも当然だ。このシェルターは清二があのノートに書いたことであの設定で生まれただけの世界なので、それより前の世界など存在せずに彼らは生まれただけなのだから。
住民達は知らない、それはこの世界の創立者である、清二がユートリアスラントの世界の物語を完成させることが、この世界の未来を作ることになるとは。
つまり、清二がこの世界を舞台とした小説を完成させることがここを救う方法だ。清二こそがこの世界の創立者であり、命運を握っている。
自分がこの世界の物語を投げ出したからユートアスラントの時が止まったままなのなら、最後まで書き上げてこの世界の物語を完成させることで未来が作られるはずだと。
清二が新しい設定を作ればいい。この世界を救う手法を。この世界を新たな歴史に導く設定を。この世界の物語を完成させればいい。この時の止まった世界を動かす為に。前に進む為に。
「コンピューターを扱えたのは僕だけなんです! だから、僕はここを救う方法のデータも入手できたんです!」
清二は大声で叫んだ。とにかく、叫んだ。言い聞かせる為に。
「僕だけがこの世界を変えることができる! これでこの世界を救える、みんな僕を信じて! きっとみんなを救って見せる」
このシェルターにひょっこり現れただけの清二のことをすぐに信じるものがいるかはわからなかった。
清二はここで生まれ育ったわけでもない、あくまでも部外者なのだから。
「確かにあのこんぴゅーたーるーむとかいう場所は誰にも使うことができなかった。だけど、セージさんだけが、あそこを使えたってことは、それができたセージさんが言うことなら間違いないんじゃねえのか?」
そうやって、声を挙げるものがいた。
「そうだ! セージさんは俺達が使うことができなかった装置を使えたんだ。そこで貴重な資料を入手できたってことは、セージさんだけが頼りだ」
「皆を救ってくれるなら、どんな方法でもいい。状況を変えてくれ!」
「私はセージさんを信じるよ! この際だったら少しでも可能性をかけるよ!」
一斉に皆が希望を持った声に変わる。
清二だけがコンピュータールームを唯一使用できた、という部分が信頼を生み出した。
誰も扱うことができなかった機材、それを使用できてなおかつ貴重なデータを入手できた。そういった者が言うのであれば、信ぴょう性は持てる、と
「みんな、諦めないで! 希望を持とう! 僕がこの世界を変える! みんなを救ってみせる!」
清二の言葉に、シェルター全員が希望を持てたのか、歓声が上がった。
「やってくれ! あそこを使えたセージさんなら、きっとできる!」
「俺達は信じるぜ! このまま野垂れ死ぬよりは、なんでもいい!」
この期待に応える為に、清二はなんとしても物語を完成させねばと、自分の尻を叩いた。
「みんな任せて! 僕はきっとやり遂げてみせる!」
住民達の前で、そう宣言した。
演説の後、清二の話を聞いていたユミラがこっそり話しかけて来た。
「セージ、いいの? あんなこと言っちゃって。みんなあなたの言うことを本気にするわよ」
ユミラは心配していた。変に希望を持たせたことで、それが叶わないと知った時に、皆を絶望させてしまう可能性があるのでは、と。
「大丈夫、僕はきっとできるよ。だって僕は……」
清二はうっかり言いかけた。自分こそがこの世界の創設者であり、未来を作ることもできる命運を握っているということに。これは知られてはいけない。
なぜこんな世界にしたとも疎まれる可能性がある。
「うん。僕は必ず、みんなの期待に応える」
清二のその言葉に、ユミラは希望が持てた。
「じゃあ、信じていいのね」
ユミラは、表情が明るくなった。自分達を救ってくれるというのだから。
「清二、きっとあなたはここを救ってくれるわ」
ユミラは嬉しくて、明るい表情になった。
「あなたがここを救ってくれたら、そしたら私は……」
ユミラの言おうとしたことは、清二にはまた目覚めで聞こえなかった。
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