第17話 これが運命なのだから
清二はやはり、またもやユートアスラントに来た。
いつも通りのやり取りでユミラに会う。そしてシェルターに行く。
そして、今日は聞きたいことがあった。
「ねえ、ユミラ。この世界をもしも復興させるとしたら何が必要だと思う?」
現地住民にこんなことを聞いたところで、何かいいヒントが返って来るとも思えないが、一応聞いてみる。
「そうね、やっぱりよそからたくさんの人が来て手伝ってくれることかしら。出て行った人達も帰って来るとか。でも復興なんて無理よ。ずっと昔からこうだし、そんなことができるのなら、みんなとっくにそうしてる」
やはりユミラにとってはそういった発言しかできない。
それでも清二はなんとかこの世界の話を完成させる為に、何かヒントが欲しい。
「私、今日は子供達に勉強を教える日だから、清二は適当にしてて」
そう言い残し、ユミラは清二の元を去っていった。
この際、このシェルターの住民に、どうすればユートリアスラントを変えることができるのかというヒントを集める為に、聞き込みをしようということした。
創作には取材もつきものだ。そうするには現地住民に聞いた方がリアリティになる。
「よし、まずはここの人達にいろんなことを聞いてみよう」
清二は例のあの大きなフロアへ行くことにした。
ふと、歩いていると通路の一部の電灯がちかちかと点滅していたのが気になった。
まるで、電球が切れたかのように、明かりが点滅していて
「あそこ、電気が切れてるのか? 誰か電球とか換えないのかな?」
照明の点滅により、目が悪くなりそうだ、と思いつつ清二は進んだ。
今日も地下の生産エリアでは多くの人が働いていた。
物資を商売する者、集まって会話をするもの、荷物を運び、食事の配給に並ぶ人々、大人から仕事を学ぶ子供、色々だ。それぞれの役割をこなしている。
清二はまず、手が空いてそうな人を探し、目に入ったの五人で集まって座り込んで配給された食事をとっている中年男性達に聞いてみることにした。ここには若い男はいないからだ。
彼らもユミラのような古い衣服で、一人は肘の部分に大きなつぎはぎを当てていた。おそらく敗れた場所に布を縫いこむことで補充しているのだろう。元の布地と色が合っていない。
「あの、すいません。ちょっとお話いいですか?」
清二はさっそく話しかけた。
「なんだいセージさん? 今日はユミラと一緒じゃないのかい?」
「ええ、ユミラも用事があるようで、それでお尋ねしたいことがあるのですが」
取材をするというのはこんな形でいいのだろうか? よくテレビなどのマスコミによる取材の場面はこんな感じな気がしたのでその見様見真似だ。
「ああ、いいよいいよ。なんでも聞いてくれ。俺達に答えれらることならなんだって言うさ」
「こんなおっさん共の話が役に立つのかはわかんねえけどなあ」
笑いながらも男性達は快く話をしてくれた。ここにいる人々は、以前子供が亡くなった時には冷静だったが、やはり人としては親切な面もある。
ではなぜあの子供が亡くなった際にはその感情がなかったのかは気になった。
「では、質問なのですが、もしもこのシェルターじゃなくて、地上で暮らせたらって考えたことありません?」
地上を復興させるという知識には、まず住民がどうありたいかの理想を聞くことにした。
「地上で暮らすかあ、実に夢があるもんだ」
「そりゃあ、広くて快適だろうなあ。こんな狭いシェルターじゃなくて、広々としてて、空も大地も自然を歩けるってことだ」
「文献によりゃあ、地上は建物がたくさんあって、人もたくさんいて、子供も育ってこんな寂しいところじゃなくて、豊かな生活だったみてだな」
「こんなしょぼい暮らしじゃなくて、もっと贅沢でさ。着る物も食べるもんも何にも気にしなくていいんだろうな。病気になったやつだってまともに治療できるかもしれねえ」
「人口が多けりゃ、多くの仕事も発展していくんだろうな」
男達はそれぞれ夢を語り合った。夢を語るその目は生き生きとしていた。
「でもまあ、俺達は昔からずっとここで暮らしてきたんだ。ここで生きるもんだと思ってるから、地上がどうなるとかは完全に夢物語の世界って感じだな」
「俺らはこれからもこうやって生きていくんだろうなあって思うぜ」
「生まれる場所も死ぬ場所もここだ。地上に出たところで、なんにもありゃしねえんだからな」
それはそうだ。この者達は清二が創り出した世界の中で「そういう設定」で作られたNPCのようなものでしかないのだから。
地上を復興させるなんてことは夢のまた夢。それが自分達の人生だと思って育ってきたということだ。
「……そうですか」
なかなか有力な答えではないと思ったが、それでも住民の心の声が聞けただけでも貴重だ。
次は誰にどんな質問をしようか、と考えて、なんとなく頭上を見た。
「ん?」
男たちが座ってる場所の天井を見上げると、天井に何やらヒビが入ってるように見えた。
天井に、まるで水を抜いて干からびた田んぼののように、大きな亀裂が入っている。その亀裂は、清二が初めてこのシェルターに来た時にもこんなものを見たような気がする。
以前テレビで地震が起きて天井が崩壊する時はああいった兆候があるとみたことがある。
しかも明らかにその時見た者よりも大きかった。上の階が重量オーバーなどで、下の階の天井が支えきれなくなっているのではとすら思える。
今にもその亀裂は、重さに耐えれれないかのように、ひび割れが大きくなっていた。
清二はその光景に違和感を感じた。それを男達に聞いてみることにした
「あの、ここのシェルターって壁や天井は丈夫なんですか? 耐震とかはどうなってるんでしょう?」
清二は不安になった。もしもここで地震があれば、地下にあるこのシェルターはつぶれるのではないかと。もしもそんなことになれば、ここの住民達は巻き込まれる。
「さあ、知らないな。作られて長い場所だから」
「俺が生まれる前にも、ここはあちこちがボロボロだったらしいからな。作られたのもかなり昔だし。そんなこと気にしたってしょうがねえよ。どうにもならねんだから」
住民は興味もないのか、あっさりと答えた。
「ほら、あそこ。なんか危なくないですか」
危機感を持たない男たちに見せる為に、清二はそこを指さした。
「ああ、でも、あそこを修復する人なんていないから」
「あんなところを直す人手も力も金もないしなあ。まっ、なんとかなるだろ」
なんて危機感もないのだろうか。自分達の住んでいる場所だというのに、まるで他人事だ。
これ以上ここにいても仕方ない、と清二は話を切り上げることにした。
「わかりました。質問に色々お答えくださってありがとうございました」
「いいっていいって。なかなか面白い話だったぜ。またなんかあったら聞いてくれ」
清二はその場を後にすることにした。いや、すぐにこの場から去りたかった。
あの亀裂を見て、自分がここにいてはいけない気がしたから。
清二はシェルターの他の階に行くことにした。もっといろんな住民に取材せねばと。
なんとなく、ユミラがいるはずの移住区へ行ってみようと思い、階段を上がることにした。
その途中で、ユミラと会った。
「あら清二、どこへ行くの?」
どうやらユミラの用事は終わったらしい。
「今、いろんな人と話してみたくてさ。このシェルターの人達とお話でもできないかと」
まあ間違ってはいないか、と清二は取材のことをそう言った。
「ねえ、ここってさ……」
清二が言いかけたその時だ。
その一瞬で音が響いた。
ゴゴゴゴ……と地響きのような音がする。
シェルター全体に地震が起きたかのように振動が襲った。まるで大地震だ。
「何!? なんなんだ!?」
清二は驚いた。こんな地下で大地震が起これば、このシェルターは潰れてしまうのではと。
爆発したかのような音だった。
清二がさっきまでいた場所で、大きな音がした。
ビルが倒壊するかのような音、それがものすごく大きな音で。何かが落ちたかのように。
「なんの音!? ねえ、今の何!? あっちから聞こえたけど」
清二が今出てきた場所の方角だった。
さすがのユミラも驚いた表情をしていた。
「ええ、これは、ちょっとまずかったわね」
しかし、ユミラはそうは言うものの、すぐにいつもの調子に戻った。
「仕方ないわ。こういう時だもの。見に行きましょう」
自分の住んでる場所で異常なことが起きたというのにパニックにならない。
こういう時は、何かあったのではないかと驚くものではないか。
清二達はその場所へ見に行くことにした。
「あそこだ」
フロアの隅に人が集まっている。錆臭いにおいがする。人々が騒いでいた。
その場所は砂煙のような塵が待っていて、息がしにくく、咳をしている住民が多くいた、何やら煙も見える。これはまるで、何か大きなものが崩壊して
「何があった?」と清二は気になり、その場所へ走った。
住民の騒ぎ声の原因の場所は、先ほどとは全く違う光景が広がっていた。
まるで、本当に大地震が起きたかのように、そこは瓦礫になっていた。
清二は大地震の被災地の光景をテレビで見たことがある。そこもこうして建物の壁が崩れ、危険な瓦礫の山となっていた。
上を見上げると、まるでかけたパズルのピースのように、天井の一部が崩れていた。
天井の、まるでそこだけが割れたかのように、上の階の床がむき出しになっており、その下を支えていたこの階でいう天井が崩落したのだ。
先ほど清二が気にしていた亀裂の部分が落ちたというのを理解した。
天井を支える一部だっただろう板が割れたガラスのように、瓦礫になっている。
現実世界でいえば、街の看板が地上に落ちて来たかのように、板状のコンクリートが割れて瓦礫となっていた。
針金のような棒がところどころ飛び出しており、地上の廃墟のような瓦礫の山と化していた。
「ここって、さっきの」
清二が先ほどまで話をしていた配給の食事をとっていた男たちがいた場所だ。
その数人が、今はいなくなっている。そしてその場所は瓦礫の山となっていて。
彼らはどこへ姿を消したのか、考えられることは一つである。
「何人か巻き込まれたみたいだ!」
住民が話すその言葉に、清二はぞっとした。あの瓦礫の下に人がいるというのか。
地下シェルターの一部が崩れ、住民が下敷きになった。
住民達はすぐに瓦礫をどかそうとした。
「おい、そっち持てや!」
「せーの!」
清二も手伝おうと、そこへかけつける。早く先ほどの者を見つけねばと。まだ救助できるのではと。
住民が協力して瓦礫の一部を持ちあげた。
「おーい、そっちもどかすぞ! 誰か荷車持ってきてくれ」
二人で瓦礫を持ち上げる者、てこのように棒を突っ込んでそこから瓦礫をどかすもの、大勢の住民が、すぐさま瓦礫をどかそうとする。
そこを見て、清二は悲鳴を上げた。
「ひぃっ」っと情けない声が出る。
瓦礫の下は、鉄臭い、真っ赤な血の海が広がっていた。まるでペンキをぶちまけたかのように、真っ赤な血が広がっている。ここにいた者が瓦礫の下敷きになって、すでに命を落としていると、一瞬でわかった。地獄絵図だった。
それも切り傷などでは見られない、床一面の血だ。まるで誰かの身体中の血液が全て流れ落ちたかのような量だった。まるで、テレビドラマで見る殺人現場のように。
瓦礫の下からは、腕や足が見えた。その肘には色の合ってないつぎはぎが見えた。
その腕からして先ほどまで、話をしていた男だとすぐに理解した。ここにいた者達が無残にもこの瓦礫の下にいるというのだ。恐らく潰れている。
こんな固くて重い天井が落下して潰れれば、肉や内臓どころか骨まで粉々だろう。
「そんな……だって……さっきまで……」
先ほどまで実際に生身で話をしていた者達だけあって、自分とやりとりしていた者が死亡したということが信じられない。ほんの先ほどまで自分と話をしていた人物だ。
恐らく死体も、もはや先ほど立って話していた身体のの形は保っていないだろう。
ニュースの事件現場は死体を決してテレビ映像に出すことはない。しかし実際にこういった事故が起きた場所とは、こうにも悲惨で残酷的な光景だった。
実際に目で見たそれは、もはや正気を保てなくなるほどの衝撃だった。
「清二、ここが辛いなら行きましょう」
足が震える清二を、ユミラは手を引いて、その場から離れようとする。
ユミラのその対応が、今は救いにも見えた。
「さ、ほら」
ユミラは先ほどの現場を見ても、清二に気を遣っていた。
しかし、清二は彼女のその態度に違和感を持った。
先ほどの事故を見ても動揺もせず、叫ぶこともなく、少女としては冷静だ。
その場を離れて、パニックになった清二は、ユミラに言った。
「なんで君は仲間が死んだのに、パニックにならないの? 誰かが死んだのに、まるで悲しくないみたいな」
こんな質問をしては失礼だ、とわかってはいるものの、清二は聞かずにはいれなかった。
なぜ人が死んだという場で特に動揺も、悲しむこともないのか。
「だって、ランスや私のお母さんみたいに病気で亡くなった人もたくさんいるし、ここでは誰かが死ぬなんて珍しいことじゃないのよ」
ここでは医療もそこまで充実していない。その為に怪我や病気を治療するための薬も技術もない、と以前言っていた。
しかし、病気で死ぬことと、事故でいきなり亡くなるのは同じではない。
身体の弱体による病死ではなく、事故死は本来死ぬはずはなかった命が奪われるということだ。
「だからって、あんなことが起きたのに、なんで」
清二はまだ声が震えていた。
そして、ユミラはふう、と息を吐いて、言った。
「仕方ないじゃない。これが、私達の運命なんだから」
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