第13話 救えない、悲しい命

ピリリ……ピリリ……

 いつもの目覚まし時計のアラームが響く。

「はっ」

 清二は目が覚めた。あいにく、今日は平日だ。いつも通りに学校へ行かねばならない。

「もう少し、ユミラの話を聞いていたかったな」

 夢から覚めたことに、清二は惜しく思えた。

 今回はユミラの気持ちを知れた気がしたから。

 あの世界についての話や、ユミラが普段どういった生活を送っているかなどが少し知ることができた。ある意味一歩前進だ。

 それはまた、自分の住んでる世界とは違う、実にゲームやアニメの中の世界に足を踏みいれているような感覚もあったからだ。

 それはある意味本当にファンタジーだろう。

 ここからなら現実世界での創作にも役に立つのかもしれない。

 




清二はあの夢を見るようになってから、毎朝必ず夢日記をつけるようになった

 こうすればあの世界のことを記録しておけるからだ

あの世界の現状を知り、清二はユミラに何かできることはないかと考えた。

「でも、僕はあくまでも夢であそこに行ってるだけだしなあ」

 清二はそう思いつつ、学校へ行く支度をした。


 今日も学校や帰宅した後も色々考えた。

 あの世界を舞台とした物語が作れないかと、あの世界観で物語を作るとしたらどうなるかと。

「本当に不思議な夢を見るようになったな。ある意味経験にはなるけど」

 小説において大切なのは文章から背景をイメージさせるということだ。

 漫画なら絵で表現できることも、小説だと文字のみで場面と背景を描写せねば読者が理解できない。そういった描写をどう表現するかが小説において重要な部分だ。

 なので、作ろうとした世界をそのまま夢という形であっても視覚聴覚で経験するとは文字書きにとってはとてもいいことなのだ。

「また今日も、夢であの世界に行けるといいな」

 そう思い、眠りについた。


 そして、またユートアスラントに来た。に行く。

 しかし、いつもの場所にユミラはいなかった。

「今日は、いないのかな?」

 いつもの場所に、そこにいるべき人物がいない。なんとも不穏な予感がした。

「ユミラに会いに行こう」

 シェルターにはすでに何度か行ってるので道順は覚えていた。

 あそこは扉に施錠をするという習慣がないのでいつでも入れることも知っていた。

「おじゃまします」

 いつもはユミラと一緒に来ているシェルターも、一人で来ると寂しい気がした。

「あれ、ここにいたんだ」

 入口の近くに、ユミラは立っていた。しかし、悲しそうな表情だった。

「セージ……」

 ユミラは清二のことに気が付くと、顔は上げるがやはり悲しそうな顔だった。

「どうしたの? 何かあったの?」

 清二がそう聞いても、ユミラは答えようとしなかった。


 そこへ、一人の子供がやってきた。

「ユミラ、ランスの様子が」

 子供また、悲しそうな表情でそう告げた。

「そう、いよいよその時なのね」

『その時』という言い方にユミラはまるでこれから何が起きるかを想定しているようだった。

 自分はなんともタイミングの悪い日に来たのだろうか、これからよからぬことが起きるのではないか、と清二は焦った。

 すると、ユミラは清二の手を握った。

「ねえ、セージも一緒に来て。私だけでそこに行くの、辛いから」

 彼女にしては珍しく、清二へとのお願いだ。

「うん、わかった」

 清二はそのままユミラと共に行くことにした。


 連れて行かれたのはユミラが昨日入ってた部屋だ。

ランスという子供の部屋には子供達と大人が数人いた。

「今日起きた時、容体が悪化してたって」

「そう」

 ユミラはベッドの傍に寄った。そこにはベッドに横たわったランスという子供がいた。

昨日まではまだ話せるくらいはできた子供が、今は汗を浮かべて、息も荒く、苦しそうだった。ただの風邪といった具合の悪さではない。重い病気のようだった。

ユミラはランスの耳元にそっと話しかけた。

「ランス、お姉ちゃんが来たわよ」

 その声に気づき、ランスはうっすらと目を開けた。

「ユ……ミラ……」

 ランスは意識朦朧の中、ユミラの姿を探した。声が聞こえた方向へと目線を合わす。

「よかった……最後……に、ユミラ……お姉ちゃんの……姿が見れて」

 その目は見えているのか視点が定まらないが、なんとかユミラの姿はとらえていた。

「最後に」という発言から、まるで自分の人生が終わるのかのようなことを予測させる。

 その場面に、清二はこれから何が起きるのかを、少し察した。

「ユミラ……手……握って……」

 もはや息も耐え絶えながら、そう言う。

ランスはもう動かない身体で、そっと手を差し出した。

「うん」

 ユミラはランスの手を優しく握りしめた。その手は、もはや温かさを失っていた。



「ユミラ、いつも……相手してくれて……ありがとう」

 この子供はユミラのことを姉のように慕っていたのだ。シェルターの子供達の中では一番の年長者であり、この子供の話し相手をよくしていた。

「最後に……ユミラ姉ちゃんが……傍にいてくれてよかった」

「うん」

「今まで……あり……がと……」

 最後の力を振り絞って声を出す。そのまま子供は目を閉じて動かなくなった。

清二の察した通り、これはこの子の最期だったのだ。ランスは完全に息を引き取った。

シン、とした空気になり、皆に沈黙が流れた。

この子供はもう動かない、二度と。

「ユミラ、お疲れ様」

 しばらくすると、周囲の大人達がそう言った。

「まだ子供だから、可哀そうだけど、最後にユミラがいてあげてよかったよ」

「じゃあ、葬儀の用意をしよう」

 亡くなってまだほんの少ししか経過していないというのに、大人達はすぐに葬儀を始める用意をした。

 遺体を毛布に包み、それを部屋から運び出す。棺といったものはない。

 死亡してからこんなにも早く葬儀が始まるのだ。

「清二も、来て」

「でも、僕は部外者で……」

「いいの、この子も一人でも多くの人に見送ってもらいたいと思うわ」

 ユミラのお願いに、清二も行くことにした。


 葬儀は地下にある広い場所で行われた。

 広い場所には演説台と椅子が並び、ろうそくや燭台といった物と共に花が飾られて、小さな教会のようになっていた。結婚式を挙げる教会よりも規模は小さい

 教会や大聖堂といった場所によくあるステンドグラスといたしゃれたものなど、もちろん地下であるこの場所にはない。ただぼんやりとしたライトだけで中も綺麗という感じではない。

「ここはね、みんながお祈りをする場所なの」と女性が言った。

 結婚式を挙げる教会よのような役割もし、葬儀もここで行われる。

ランスの遺体を前に、亡くなった者への最後の別れをする。

 同じ年頃の子供達は、友人が亡くなったことにより、ひっそりと涙を流していた。

 この世界にも、やはり葬儀という習慣はあるのだと、清二は思った。


 別れが終わると、遺体を大人達で運び上げ、地下にある墓地に遺体を埋葬する方式だった。

地下の中でもコンクリートに包まれていない土が晒けている場所がある。

 そこに毛布で包まれた遺体をそっと寝かせる。そこに土をかぶせるのだ。そうやって葬儀はもくもくと進んだ。土に埋葬する。それはもう彼が二度とそこから出てくることはないのだ。

 子供は一緒にいた同世代の者が亡くなって寂しそうな表情はしているが、それでも先ほどのように、もう泣く子供はいない。大人達は誰も悲しむ様子もなかった

 すでに最後の別れをすませたからなのだろうか、いざ埋葬となると、それはすんなりと進んだ。

 そして、埋葬が終わると、大人達はささやかに話をした。

「あの子は体が弱かったからいつかこうなるだろうとは思ってた」

「大人になりたかっただろうに残念だ。可哀そうだが、早かったな」

 それはまるであの子供が亡くなるということをすでにわかっていたかのような言い方だった。

 こうなることは仕方ない、といった風にも聞こえてしまう。

清二はその様子に違和感を感じた。なぜ人が死ぬことをそんなに軽いのかと。

「ここの人って子供が死んでも冷静なんだね」

「よくある話なのよ」

今までずっと話し相手をしてきた弟のような存在を亡くしたというのに、ユミラはすでに受け入れているのか、悲しむ様子もなかった。

そこへ、大人のうちの一人の中年男性が話しかけて来た。

「セージさん、こういう時は仕方ないんだよ」

 仕方ない、と言われても清二には理解できないものだった。

「食料も物資も少ないし、薬とか治療方法もないし。身体が弱れば死んでいくだけだなんだ。あの子はもうそろそろだとみんな思っていた」 

 その言い方ではもう諦めていたということになってしまう。

「ここじゃ誰かが死ぬって珍しくないからね。そうなったらせめてみんなで見守って葬儀をするだけなんだ」

 男性は、当たり前のようにそう言う。

「あの子は、ある意味よかったのかもしれない」

「よかった」それはどういう意味だろうか?

 まるで死んでよかったというニュアンスにも聞こえてしまう。子供が死んだら普通は悲しむなどといった感じになるのではないだろうか。それだというのに、ここの住民はまるでわかっていたかのようだ。

「ランスは幸せだったでしょうね、最後までユミラが傍にいたんだもの」

「ユミラのおかげで見送ることもできたし」

 ユミラは大人達にそう言われても、ちっとも嫌そうな顔はしなかった。


 ユミラ達はいつもこういった日常を送っているのだろうか。

 あまりにも悲しい世界だ。こうやって死を目の当たりにするのは悲しいものだ。

 この世界が地上があんなことになっていなければ、ここの住民達も普通の生活ができたのだろう。これがこの世界の現実だということを実感させられた。

「ねえ、ユミ……」

 何かを言いかけようとしたところで、また清二の意識はワープした。




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