第12話 ここが君の部屋
気が付けばどんよりとした場所にいた。
「あ、まただ……」
以前も来た、廃墟の中の世界。またもやユートアスラントへ来たのである。
やはり現実世界で眠れば夢の中でここに来ることができるようだ。
「ユミラに会いに行かなくちゃ」
清二はいつものルートでユミアがいるあの場所へと行った。
ランプの光と共に、ユミラはいた。
またユミラは空を見上げていた。
「ユミラー!」
清二は声をかけた。ユミラもこっちに気が付いたようだ。
「あらセージ、また来たのね」
もはや慣れたかのように、ユミラは答えた。もう清二がここへ来ることもわかっていたかのように。
清二はユミラの傍に行く。
「ユミラって、いつもここにいるんだね。お気に入りの場所とか?」
清二は気になっていたことを聞いた。なぜユミラはいつもこの場所にいるのかと。
「ここは空も見えるし、誰かが来た時にすぐに見つけられるから」
普段は地下シェルターにいるということは、空を見るという経験はこうして地上に出てきた時のみということもあり、ユミラは空が好きなのかもしれない。
周りを見ると、本当にここは廃墟の慣れはてだった。ボロボロになった建物、壁の崩れた建物。残骸が積み上げられ、人の手が入ってる様子もない。
それを見て、清二は気になっていたことを聞いた。
「ここってさ、地上がこんなだけど、なんでみんな外を片付けようとしないの? 復興させるとかして、シェルターから地上で暮らすとか考えないの?」
清二にとっては気になっていたことだが、それを聞いたユミラは少々困ったような顔をした。
「あ、ごめん……そんなつもりじゃ」
清二はまずいことを言ってしまったと思った。
本当に復興できる力があるのならとっくにしているはずだ。それをしていないということは、できない事情があるということだ。
それも、地下よりは地上の方がいいのでは、みたいな言い方もよくないのかもしれない。
「あのシェルターでで暮らせるならいいってことかな。あそこに満足してるっていうか」
ユミラはそう答えた。
「地上を片付けるにしても、若くて力のある人達はもういないし」
「あ……」
清二はシェルターを案内してもらった時のことを思い出した。力のある若い者達は外へ出て行ったまま帰ってこなかったと。だからそういった力がない。
「みんなもっと人を集めてここに戻って来るって言ったのに、帰ってこなかった。誰も帰ってこれないってことは、それだけ外に旅をするのは厳しいってことよ。やっぱり出て行った人たちはもう……」
ユミラが言おうとしていることは、とても悲しいことだと清二は悟った。
「一度出て行ったらもうここへは帰ってこれないんだから。それに、外は常に真っ暗なのだもの。こんな世界でどうやって仕事をするの?」
「え、ここってずっと真っ暗なの?」
清二はそのことに驚いた。ここに来て初めて知ったこの世界の重大なこと。
「うん、外はずっと真っ暗なの。空に見えるのは月と星だけよ」
そういえば清二が来る度にここは真っ暗だ。てっきりそれは清二がいつく現れるのが夜の時間だからだと思っていた。
しかし違う。この世界は「夜ではない時間」というものがないのだ。
常にこうして夜のままであり、夜明けというものがなく、太陽というものが昇らない。
ということは外では光がない。明るい場所というものがないのだ。
そんな闇夜の空の下ではとてもだが活動などできない。
「外が暗いからって、シェルターから出て行った人たちはランプを持っていった。けれど、その明かりだけじゃ本当に他の場所まで行けたのかも怪しいし」
ランプといった明かりだけでは、とてもこの地上で活動などできない。
ランプの明かりだけではあくまでも最低限の光でしかない。それで外で活動をするなどといったことは難しいのだろう。
「なら地下で暮らしていくしかないって。地上に光なんてないんだから何もできなくて」
力のある者はいない、おそらく復興を考えられるような権力者などもいないのだろう。
外へ出て行った者達が帰って来ることもできないということは、それだけ地上に出ることは絶望的なことである。
廃墟になっている建物が、そのままになっているのは、瓦礫を片付けられる人手がないからである。その為に、外の瓦礫の山は片づける手もなく、そのままなのだった。当然ながら世界があの様では復興する財産も、人手も、何もかもがない。
この世界には車や電車、飛行機といった乗り物がないかつては荷車くらいならあったのかもしれないが、少なくとも今はどの乗り物も起動していないだろう。常に夜の世界で、暗い道を乗り物がどうやって移動するのか。
もしもそんなものがあるのであれば、それによって外を移動してきた人々がここを発見するはずだ。もちろん、ユミラの住んでいるシェルターの者達もそれに乗って移動できれば、帰って来ることも容易だっただろう。
それができていないというのがこの世界にはそういったものがないという証明だった。
今は少しでもシェルターの中を案内してもらって、この世界のことをより知ろう、と思った。
「また、シェルターに連れて行ってくれないかな」
「そうね、ここにいても何もないもの」
何もない、その言い方は皮肉も入っているようにも聞こえた。
前回と同じように、長い階段を降りて、シェルターに入る。
「あ、ユミラ!」
入口にいたユミラの元へ、子供の一人が走ってきた。
「探したんだよ!」
清二が初めてここへ来た日に群がっていた子供の一人だ。
「ランスがユミラに会いたいってさ。だからすぐに部屋に来て」
ランス、というのはこのシェルターに住んでいる人物の一人だろう。
「わかったわ」
ユミラは了承して、子供についていくことにした。
「清二は適当にそこら辺にいて」
適当に、と言われてもここにはユミラ以外に喋ったことのある人物はほとんどいない。
話せる者もおらず、清二は仕方なく、ぶらぶらすることにしていた。
しかし、しばらくしてやはり手持ち無沙汰になったので、ユミラに会いたくなった。
「今、子供のいる部屋ってことは移住区だよな?」
そう思い、階段で前回案内された。移住区に行ってみることにした。
移住区はマンションのように通路の左右にドアがたくさんついているフロアだ。
その中で一人一人が使っている。
通路を歩いていると、角の部屋からユミラが出てきた。
「あ、清二」
ユミラは清二に気が付いた。
ユミラが出てきたその一瞬、ドアの向こう、つまり部屋の中が見えた
室内にはベッドで横になり、白い布団をかぶっている子供の姿が見えた。
おそらくそれがランスという子供だろう。移住区のある個室に呼ばれた、とはこの部屋のことだったようだ。
「もう用事はいいの?」
「うん。ランスとお話できたから。あの子も今日は調子いいみたい」
そのランスという子供の為に、ユミラはここへ来たのだ。
「あの子、ずっと寝たきりなの。昔から身体が弱くてね」
先ほど見えた室内で、子供が寝ている姿が見えたが、あれは一時的に寝ているのではなく、普段から常にああなっているということらしい。
「あまり部屋の外に出られないから、少しでも楽しくなれるようにって、なるべく私が話し相手になってるの。ここじゃ私が年上なお姉ちゃんだから」
その口ぶりに、ユミラは子供達の中で年上な分、みんなの姉のような役目をしていることを知った。やはり年上ということで、子供達は弟や妹のようなものなのだろう。ここはシェルター全体が家族のようなものだと。
「ここじゃ身体が弱いってことは、一大事だからね」
このシェルターには医療機関が十分ではない。あくまでも応急処置や怪我を治せる程度で、重い病気となると適切な処置ができない。
まともな医者もおらず、ここは病気になったり、体の弱い者を助けるだけの力がないのだ。
物資不足により、薬もなく、自己治癒力のみに頼るしかない。
「そっか……」
清二はなんと言っていいのかわからなかった。
清二のいる現実世界では、医療も発達しており、病気も治療できないことはない。
しかしここでは住民の人数が限られている為に、満足に医療に関われる者もいないのだ。
そうなると、ユミラのようにせめて話し相手になるくらいしかできないのかもしれない。
清二が暗い顔になっていうと、ユミラはこう言った。
「ねえ、よかったら私の部屋に来ない?」
それは自分の住んでいる場所に来ないかという誘いだった。
「え?」
女性の部屋に行く、そんなプライベートな空間に自分のような男性を入れていいのか、と戸惑った。普通はそんなところに異性を入れるなんて躊躇するものではないだろうか。
「いいの? 僕なんて入れちゃって」
清二としては、やはりこのシェルターの住民でもない自分がそんな場所に行っていいものなのか、と踏みとどまってしまう。
「いいよ。セージなら」
ユミラはそう言った。まるで遠慮するなといわんばかりだった。
しかし清二もまた、ユミラの部屋とは気になるものだ。ユミラが普段どんな場所で過ごしているのかも気になる。
「ほら、行こうよ」
ユミラに手を引かれ、清二はついていくことにした。
移住区を進み、ある一室のドアを開く。
「ここが私の部屋」
ユミラは電気をつけた。ぼんやりとした照明が室内を見せる。
部屋の中央にはテーブルに椅子が三つあった。それがかつてここには複数の者が暮らしていたという証だった。
本棚には本が入っており、テーブルには水差しが置いてあった。そして、何かを書くための紙と筆記用具のようなもの。
部屋の隅には掃除用具の箒やバケツといったものが置いてあり、タオルや布巾などの紐で干されている。棚には食器が仕舞われており、本棚には書物が並べられている。日用品もそこにある。あとは服を収納するであろうタンスがある。そして、三つのベッド。本当に必要最低限の家具しかなかった。
シェルターそのものが地下にあるゆえに、窓といったものはない。
風呂とトイレは共同で外にあるようで、各自部屋にはない。
生活感のある部屋だが、何かが抜けてしまっているような寂しさもあった。
「何もない部屋でしょ?」
ユミラにとってはここで普段過ごす為の場所だというのに、自分の部屋を自慢するような発言はしなかった。
「座って」
ユミラはテーブルの前の椅子を指した。清二はそこに座った。
「水くらいしか出せないけど」
そう言ってユミラは水差しからコップに水を灌ぐ。
どうやら茶やコーヒーというものもここにはないらしい。
清二は部屋の家具を見て、気になったことがあった。
「家具がいくつかあるみたいだけど、他に誰か一緒に住んでるの?」
椅子にベッド、部屋には数人が住んでいるかのような家具がいくつもある。
「ううん、ここには私一人だけ。昔は家族で住んでた。お父さんとお母さんと私の三人で」
ここにある家具はあくまでもその名残であって、現在使用している者はいないのだ。
ユミラだけが一人でこの部屋に住んでいる。
「一人で寂しくないの?」
清二はそう言ったが「しまった」と思った。
一人でいて寂しくないはずはない。元々家族と一緒に暮らしていたのだから、それを失っていては寂しく悲しいものだ。
「ううん、ここにはみんながいるし、子供達もおじさんやおばさんもいるもの。私にとってはシェルターのみんなが家族そのものよ」
ユミラにとってはこのシェルターの住民こそがみんな家族ということだ。ここでは住民同士が力を合わせて生きていくしかない。
「でもお父さんとお母さんと暮らしてた頃は幸せだったなあ。あの頃はまだシェルターにもそこそこ人もたくさんいて、毎日が楽しかった」
以前聞いた通り、元々このシェルターには若い者も大勢いたというらしい。
そうなると、本来ならもう少し賑やかな場所だったのかもしれない。
地上が壊滅的な状態であっても、どんな環境でも人がいれば若干楽しくはあるかもしれない。
「食べる物もまともに手に入らなくて、物資もなかなかなくて新しいものも入手できなかったり、貧しい想いばっかりだったけど、それでも両親がいた頃は幸せだった」
ユミラにとってはそれだけ両親と過ごした思い出は特別だった。シェルターの住民と違い、本当の血の繫がりがある家族だからだろうか。貧しい環境でも、親がいるだけで違う。
「お父さんが外に行くって言った時、私はお母さんにとここに残るしかなくて、お父さんが帰るのを待ってたわ。だけど外に出ていった皆からは連絡が一切こなくて、お父さんもとうとう帰ってこなくて、その間にお母さんは病気で死んじゃったの」
父親が外に出て行って帰ってこないまま、母親は待っていたが病死したということだ。
「お母さんが死んだ時は悲しかった。悲しいと同時にお父さんへの怒りもあった。私達を置いて出て行ったお父さんのことを恨んだりもしてた。出て行っておいて、帰ってこなかったから」
ユミラのその声には、少し悲しみも含まれているような気がした。
母親を失った悲しみをとうにいないであろう父親に怒りをぶつけるしかない、と
「これ、お母さんの形見なの」
ユミラは首に着けているアクセサリーを指した。
清二と初めて会った時からつけているものだ。どうやらそれだけ大切なものらしい。
「綺麗な首飾りだね」
「うん。お母さんのことを思い出せる大切なもの」
元々ここでは装飾品といったもの自体が貴重なものだった。このシェルターの中には装飾品を作る石といった部品がない。
それらの装飾品はもしかして、地上が滅ぶ前に、誰かが入手し、そのままシェルターへ持っていったもののみがここに残っているでは、と清二は思った。
ユミラの住む世界とは、物資の面でもこんなにも貧しい場所なのだ。
もしも地上があんなことになってなかったらユミラは家族と一緒に暮らせたのでは、
と清二は思った。
「ユミラは、シェルターの生活が苦しいとか思ったことないの?」
「苦しくない、といえば嘘かな。毎日このシェルターの中だけの生活で、地上に出ても、あんな風になってるし、いつも食料や物資を生産する為に働いてるだけ」
ここでは生活が一番大事なのだ。
食糧プラントで食料を生産している。それは満足するほどの量ではないが、なんとか今まで生き延びることはできた
「地上がもしもあんなことになってなくて、建物も立派な場所に住めて、人もたくさんいて物資とかに困らない場所だったら、どうだった?」
ないものを言ってもしょうがない、とは思うがユミラがどう思っているのかは気になった。
「そんな場所だったら、私も楽しい生活だったかも。綺麗なお洋服を着て、建物がいっぱいで町でお買い物して、美味しいものを食べてみんな幸せで。遊ぶものもいっぱいあったり」
清二の世界ではそれが当たり前だが。そんなことを言うわけにはいかなかった。
「でも、それはないものねだりよ」
ユミラもまた、自分のおかれている現実をよくわかっていた。
「この世界も、昔の本とかからすると、元は綺麗な世界だったんだって。自然豊かで。言い伝えによると、この世界を創った神様は楽園の「ユートピア」って場所に近いからここを「ユートアスラント」ってつけららしいわ」
この世界の名前を付けたのは、自分自身では、と清二は思った。
そうなるとこの世界の神様は自分ということではないのかとも思えた、
しかし、清二にとってのこの世界は、あくまでも清二が作ろうとしていた設定なだけで、清二自身が作った話の中の世界とは思えなかった部分もある。
そのくらいに、このユートアスラントは一つの世界で成り立っているような気がした。
ここにいる住民達にも一人一人意識があり、自分で考えて活動している。個性だってある。
これはもはや清二の作った世界というよりはパラレルワールドとして清二の住む場所とは違う世界線なだけなのでは、とも思えた。
言ってみたい、この世界を創ったのは自分なのかもしれないと。
「ねえ、ここは……」
言いかけたところで、清二の頭の中に変化が起きた。
清二の目の前が真っ白になり、どんどん意識が浮上していく感覚がする
「あ、また……」
これは睡眠時間が終わり、夢から覚める時だ。現実世界での起床になることだ。
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