第9話 ここが君の住んでいる場所


 ユミラと清二はは廃墟の町を通り抜けていく。すると、ある場所でユミラの足が止まった。

「ここよ」

 案内されたのは、地下鉄の入り口のような斜めになっている壁があった。

「ここから入るの」

 壁の正面は扉になっていた。その扉は真ん中にガラス張りの透明な部分があり、おそらくそこが窓となって内側から外の様子を見られるようになっているのだろう。

 そして中央に金属の取っ手がついていた。

 ここがシェルターへの入り口なのだろう。

「じゃあ、行きましょう」

 ユミアはドアノブになっているであろう、取っ手を掴むと、それを奥へと押して、ギギギ……という音を鳴らしながら扉を開いた。

 その扉には鍵というものがないのか、ユミラはいきなり扉を開いたのだ。

「鍵とかないの?」

 地上がこんな状態とはいえ、何があるかもわからない世界で住処の入り口に鍵がないなんて不用心な気がした。施錠をせねば危険なのではないかと。

 清二にそう言われて、ユミラは一瞬不思議そうな顔をする。

「鍵があったら、ここにたどり着いた人が中に入れないじゃない」

 ユミラのその言い方に、この世界は自分の住んでいる場所と文化が違うのだと感じた。

 普通は外から内側へ人が入れないようにするものだが、ユミラの言い方からここはむしろ外から来た者が、中へ入って来ることが前提の為なようだ。

 どうやら防犯の為に扉をつけているわけではないようだ。

 扉があったのは、どうやら地下に雨や風などが入って来るなど、自然災害の影響が届かないようにするためのようだ。不審者から中を守る防犯といったものではない、と

「じゃあ、ここから降りてね」

 扉の中には、ぼんやりとした明かりで照らされ、地下へと続くであろう長い下りの階段があった。

「ここから先は明かりがあるから、ランプは消すわね」

 ユミラはそう言って、ランプの明かりを消した。

 確かに、地上から地下への階段の左右には、電灯のような明かりがある。

「落ちないように気を付けてね」

「うん」

 ユミラの後ろに続くように、清二は階段を降り始めた。

 照明はぼんやりとしたライトのようなものが左右についている為に足元は見える。

 はっきりと明るいわけではなく、必要最低限足元を照らすほどの明かりだ。

 段も高く、下手に足を踏み外すと落ちてしまうだろう。階段はなかなか長かった。

 恐らく地上がこうなっている以上、地上の災害などの影響を受けないように、地下シェルターはそこそこ深い場所にあるのだろう。

 きっとユミラは、この長い階段を普段から上り下りしているのだ。

 地上の廃墟だらけの光景からするに、こういった場所にはエレベーターもエスカレーターもないのかもしれない。そんなものをつける余裕もないように思える。

地下には一体どんな風景が広がっているのか、と清二はドキドキした。

 現代日本に住んでいればまずシェルターという場所に実際に行く機会はない。

 大災害が起きた時の避難所として使われるとはいうものの、清二は存在を知っていても、それらはSF映画やジュブナイル小説、もしくはテレビゲームの世界だけだと思っていた。

 小学生の頃の清二はそういった未来的なものに憧れがあったからこそ、あのノートにその設定を出したのだろう。

 しかし、この世界では実際にそれが住処として使われているのである。

「もうすぐよ」

 そんなことを考えながら降りていると、ユミラに声をかけられてはっとした。

「何か考え事?」

 先に階段を降りていたユミラは立ち止まり、清二の顔を覗き込む。

「いや、君の住んでるどんな場所なのかなって」

「シェルターなんてどこも素敵な場所とは言えないわ。地上で暮らせないから仕方なくそこで生活しているだけだもの」

 シェルターとは、あくまでも防災の為に一時的に過ごす場所だ。

 それがこの世界では一時的ではなく、毎日ずっとそこで生活をする場所なのである。ユミラにとっては当たり前の場所だが、人間にとっていい場所とはいえない。

そんなことを思いながら階段を降りていると、床が見えてきた。

そこには階段の照明よりも、やや光が強かった。


清二は階段を降りて、この世界において初めて人がいる場所へと降り立ったのだ。

「ようこそ、私達の住処へ」

 ここがユミラの住んでいる場所、シェルターへの玄関である、

「わあ」

 清二は思わず感嘆の声を漏らした。


そこはまるで、SF映画などでよく見る、本当の未来的な内装だった。

 天井から壁や床は白いコンクリートで固められていた。恐らく、外の雨や風など何かあった時でも耐えられるように、ここを守るための防音でなおかつ衝撃から守る耐震素材でできているのだろう。

ぼんやりとしたライトが通路を照らしており、なんとか生活ができる程度の明るさにはなっていた。

 入口の階段を降りてきた清二達のいる場所は、まさにその玄関口

通路のあちこちは引き戸式の扉が付いており、恐らく生活空間において必要な部屋があり、そこを出入りできるようにしているのだ。RPGに出てくる未来的な研究所のような建物にも見える。

近代的なビルそのものが地下に埋められているかのような内装だった。

地上が廃墟だった為に、清二はシェルターという場所ももっとさびれた場所なイメージだったが、割とまともな内装だった。

 未来的なこの場所は少々宇宙船の中のようにも見えて。まさにSF映画などで見るような未来のシェルターだ。地上の見ずぼらしい廃墟の町とは、まさに全く逆な光景だ。


 そこで、通路の奥から足音がこちらに向かってきた。

 背の低い、子供が数人こちらに走ってきたのだ。

「ユミラ、おかえりー!」

 子供達はユミラに駆け寄ってきた。

「ただいま。みんないい子にしてた?」

 ユミラは優しい笑顔で、子供達に接する。きっとここではこれが日常的な光景なのだろう。

「うんー、ユミラこそお疲れ様―」

 子供達は明るい声だが皆、ユミラと同じようにあまり新しいとはいえない衣服をまとっていた。やはりその子供達も、ユミラのように服装はおしゃれという感じではなかった。着る物がなく、仕方なくそれを着ているという感じだ。それはここでは新しい衣服をなかなか入手できないといった事情もあるのだろう。

「あれー!?」

 子供達は清二の姿を見て、一瞬驚きの表情を見せる。

「外から来た人見つけたの!? その人、誰?」

 どうやらここには外から人が来ることが珍しいようだ。

 子供達は一瞬驚いたものの、すぐにはしゃぎ声を挙げた。

「やったー! 新しい人だー!」

「ねえ、一緒に遊んでー!」

「どこから来たか教えて!」

 初めて会う人だというのに、子供達は恐がる様子もない。

この世界は知らない者を悪意のある不審者などと怪しむ習慣もないのだろうか、と清二は思った。どこから来たのかもわからない他人に不信感を抱く様子もない。

「だめよ、この人はまだここに来たばかりでまだここのこと知らないから案内するところなの。おしゃべりは後でね」

 ユミアはそう子供達に諭す。

「わかったよ、ちぇっ」

 子供のうちの一人は残念そうな声を挙げる。

「じゃあ、また後でねー」

 子供達は「次、何して遊ぼう?」と言い合いながらはしゃいだような足取りで走り、去っていった。

 その様子に、子供はどんな場所でも変わらないな、と清二は思った。

「ごめんなさいね。落ち着かない子達で。ここ、滅多に外から人が来ないから、こうして初めての人を見ると嬉しくて興奮しちゃうの」

 二人っきりになったところでユミラは清二に謝る。

「いや、別にいいよ」

 清二はかまわなかった。むしろ初めてここへ来た自分を怪しむこともなく、歓迎してくれたようで、ほっとした。自分を外部から来た敵だと思われ、何をされるかもわからないという緊張感もあったからだ。

「じゃあ、他の場所も案内するわね」

 通路を歩いていくと、十字に別れた場所や、広々とした通路も広がっていた。

 火事や敵が来た時などを想定してなのか、いざという時に隔壁を閉めることができるようにか、それらの装置らしきものもある。

 それでいながら、地上が壊滅している分、地下でありながら少しでも自然のものを楽しもうとしているのか、あちこちに観葉植物が置かれていた。

 壁にはパイプが張り巡らせされており、なんらかの通信手段の為の機材なのかもしれない。

それがこうして地下のシェルターとなっているのだ。

まさにSFアニメでよく出てくる基地の中のようだと思った。

そして通路の左右には扉が複数あった。恐らく、何かの部屋だろう。

「あの扉の向こうとかは何があるの?」

 清二は興味本位で聞いてみた。こういった場所にはどんな部屋がるのだろうか、と

「それぞれに役割があってね。本がたくさんある研究室とか、みんなが集まって話し合いをする会議室とか、怪我や病気の人を治療する部屋とか、食事を作る部屋とか」

 どうやらここにはそうやって生活の為に必要な部屋が一通り備わっているらしい。

シェルターというだけに、災害があった際の一時期の避難所のような作りに見える。

 しかしここでは住民がそこで暮らしているのだ。


通路の突き当りへ進むと、階段が二つあった、上へ登る階段と、下へ降りる階段だ。

「こっちの上へ行く方は移住区になっているの」

 ユミラがそう説明した。

 どうやらここの住民はその移住区という場所で暮らしているようだ。

 恐らく住民達のそれぞれの生活空間になっている部屋があるのだろう。

「下の方はみんなが働くところよ、そっちに案内するわ」

 そうして二人で下への階段を降りた。

扉を開けると、天井が吹き抜けになっていて、下の階を見下ろせる通路になっていた。

恐らくここの住民であろう、人々が大勢見える。大勢の人間が動いていた。

「人が、たくさんいる」

 地上の荒廃的な光景とは真逆に、地下は人で溢れていた。やはりこの世界にも住民はたくさんいる、生きている人々がいるのだと。

「あそこから下へ降りれるわ。行きましょう」

 通路のらせん階段から、住民達がいるそのフロアへと降りた。

 そこにはここの住民であろう人々が大勢、行き来していた。

フロア全体を照らすライトがあり、太陽光というほどまではいかないが、明るい。

天井も高く、まるで東京ドーム何個分かというほどの広さがあるフロアで、人々が大勢動いている。

「すっごいな、地下だけど、ちゃんと町があるみたいだ」

 清二はその光景に感動した。

 地上はあのように荒廃的な世界だが、地下にはこうして人々が生きる場所がある。

 清二達が階段を降りて、下のフロアに出ると、大勢の住民の中のそのうちの一人が、清二達の元へやってきた。

「おーっ。あんた新しい人かい? ということは別の場所から来たのか」

声からして、五十代くらいの男性か。ガスマスクのような帽子をかぶっており、まさに今、何かの仕事をしていたかのようだ。そしてやはりその服はユミラや先ほどの子供達と同じように、何度も着まわしをしている服かのようにボロボロだった。

「あらあ、まあ、外からの人?」

 その中年男性の話声を聞き、他の住民も集まって来る。やはりみんな古めかしい衣装だった。

「新しい人が来たってことは、まだ地上には生き残ってた人がいたんだな」

「なあ、どこから来たんだ?」

「地上にはまだあんたみたいに他の人もいるのかい?」

 住民達は次々と矢継に質問攻めにした。そこへユミラがかばう。

「地上で見つけた人なの。セージっていうんだって。この地域のこと、よく知らないみたいだからここを案内してるの」

 ユミラは清二が今何をしていたのかを話した。

「ということは、やっぱり遠いところから来たのかい? どういった手段でここまで来たんだ?」

 次々と来る質問に、清二は言葉を濁す。

「あ、すいません、僕ちょっと記憶が飛んでて」

 質問に答えられなくて申し訳ないとは思うが、ユミラにも言ったようにこう答えるしかなかった。自分はここのことも、何も知らないのだと。

「なんだ、自分がどこから来たのかもわからないのかい?」

「じゃあ地上の町の外がどんな風になってるのか知らないってわけだな」

「よくここまで来れたもんだ。今までどこで何してたんだい?」

 そこへ、ユミラが説明した。

「セージは地上でいきなり出てきたの。そして時間が経つとどこかに隠れるように消えるの。それで、今日もまた私の前に現れたのよ。」

 どうやら清二の出現はそう思われているようだ。夢と現実を出入りしているという概念はユミラには見えないのだろう。まるで雲か霧のように清二は現れたり消えたりするのだと。

「そうかい、セージさんっていうんだな。ここには何もないけど、まあゆっくりしていきなよ」

 その男性もまた、子供達と同じように清二を怪しむ様子もなく、歓迎ムードだった。

「外から人が来たってことは、まだ地上でも生きてる人もいるってことだな、希望が持てたぜ」

 清二はあくまでも現実世界では眠ることでこの世界に出入りしているだけであり、地上の生き残りでもなければこの世界の住民などでもない。

「そうだ。今日は、畑で収穫をしてるんだ。よかったらそのセージさんにもここの暮らしとして見てもらったらどうだい?」

 男性は気楽にそう話す。

「ええ、そうするわ」

 そして、このフロアをユミラが案内してくれることになった。


 

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