第7話 これは僕が初めての

清二にとっては初めて書いてみた自分の創り出した世界を表そうとしていたもの、自分が人生で初めて書こうとしていた小説。

「小学生の時に書こうとした……」

 まだ小説を書くということに慣れておらず、必死で書き出そうとしていたもの。

 子供だったゆえに成長と共に次第に忘れて行った記憶。

「あの頃は、まだパソコンもスマホも持ってなかったから、USBにもPCもデジタルツールなんてものもなくて、だから」

 今の時代では小説を書くのに必須なパソコンやスマートフォンといった電子ツールは子供のうちには与えられていない。

 清二がそういった電子機材を与えられたのは中学生になってからなので、そうなるとそれ以前に書いたものは、そんなツールが使えなかった。

 小学校でもパソコンの授業はあるものの、使えるのは学校のパソコンか、あの頃は家にある家族のパソコンで調べ事をするくらいだった。

 なので自分用のパソコンで何かを書くといったことはしなかった。

 なぜこのノートにはこんな文章が書かれていたのかを思い出した。

「パソコンも何もなかったから鉛筆でこのノートに書いたんだ」

 このノートが手書きの理由はそれだった。

 それは子供だったゆえに、デジタルツールが使えないのならば手書きというアナログな手法で書くしかなかったのだ。その為に紙のノートに鉛筆という形で書くことになった。

「そう、僕が初めて書こうとした小説」

清二が人生で初めて書こうとしていた小説なのだ。

子供ゆえのあどけなさで、なんとか書こうとしていたもの。

「だけど、あの頃はまだ話を作るなんてできなくて、書くのを諦めちゃったんだ」

小学生の時に、紙のノートで鉛筆に書いていた作品、小学生時代に作りかけで放置した小説。

あの頃の清二にはまだ、子供ゆえに物語を完成させるという力が乏しかったのだ。

「じゃあ、あの世界は僕が昔書きかけにした小説の世界なのか?」

 そう思うと納得した。

 あの夢の中の世界は、清二がかつて作り出そうとしていた世界なのだと。

 清二自身が創り出そうとしていた世界だったからこそ、今になって夢に見のかもしれない。

 小説を書いていて、始めた頃の原点に戻ろうとしていたのだろうか、

あの世界が滅びていたのは、清二自身がそんな設定を創り出していたから。

 あの少女が清二の理想的な姿だったことも、清二があの少女がまさに気になるタイプだったことも、そういったことにも納得する。

「そういやあの頃の僕はこういうゲームにはまっていて」

 あの頃の清二はコンピューターゲーム、主にRPGにはまっていた。それも廃墟探索という内容のゲームだ。

 廃墟、それはつまりかつては人が利用していた建物が、人がいなくなり、そのまま時が経過して、打ち捨てられた場所だ。人から見れば、外装も内装も風化しており、見ずぼらしいという印象を受けるだろう。

 しかし清二にとっては違う印象を感じていた。

 廃墟という場所は現代にとっては現実とかけ離れた神秘的なものがある場所と思っていた。

 廃墟はただの見ずぼらしい場所、と受け取られるかもしれないが、子供の清二にとってはまるで別世界を見ているような印象を受けていた。かつては誰かが住んでいた場所、忘れ去られた場所、そういった部分に神秘的なものを感じた。

 元々は人がいたからこそ、打ち捨てられた場所はそのまま時が止まったかのような空間にも見えて、どこか幻想的にも見えた。

そこに人々がいた時はどんな風にその場所を利用していたのかと想像するのがまた楽しい。 

「そう、僕はあの頃、廃墟を見るのが好きだった」

清二はあの頃、図書館でそういった廃墟の写真集をよく借りて読んでいた。

廃墟の写真をみればその幻想的なものにどこか興奮を覚えた。ボロボロになった建物、その外装も崩れ落ちて、中は人の手が入らず、散らかっていた里とだ。

かつては人がいた跡、それが取り壊されずに廃墟という形で建物の残骸は残っており、そこに人々がいた時はどんな風にその場所を利用していたのかと想像するのがまた楽しい。

 実際に廃墟という場所をこの目で見てみたいと思ったこともある。

 しかし現実には廃墟とはいえそういった土地には持主など権利を持つ者がおり、無断で立ち入ることはできない。つまり現実では廃墟という場所に足を踏み入れる機会はなかなかないのである。

 だからこそ、写真でしか見ることのできない世界に憧れたのだろう。

そんな世界を、自分でも創り出したかった。

「あの頃の僕はこういうのに憧れてたな」

 あの頃の清二はとにかくそういったゲームや架空の世界に憧れていた。

小学生というまだまだ子供の年齢ではあるが、学年が上がるにつれ、少しだけ大人に近づく年齢で、子供を離れようとする時期でもあり、友人など人間関係にも悩み始める時期だ。

小学校低学年までは男子女子など性別に関係なく誰とも遊べる時期だが、そういった関係も進級と共に変わって来る。

以前は仲が良かった者とも距離を置くようになったりなど、実に多感な時期だ。子供のままでいたいけれど、現実は時が流れていく、それをあの頃は感じていた。

そういった思春期ならではの悩みにより現実から逃げたいと思っていた。

それで自分もゲームや漫画のような世界を作ろうとした。

 そこで考えたのがこのノートに書こうとしていた小説なのだろう。

空想である世界ということで「ユートピア」から名前をもじったのだろうか

「楽園だったはずのその世界が崩壊したら?」という気持ちを込めてなのか。

そいう世界を冒険できたらと思っていた。

「もしかしたら、ゲームとかみたく、崩壊した世界を主人公が救うみたいな話を作ろうとしていたのかもな」

 清二自身にはその話をどんな風に作ろうとしていたのかはわからない。

 しかし子供だった自分が考えそうなことは恐らくそういった理由だったのだろうと。

本格的に小説を書き始めたのが中学時代だった為に、小学校時代のことは覚えてすらいなかった。

「これ、やっぱりあの子のことだよな」

 薄汚れた衣装を身にまとい、厳しい環境の崩壊した世界にただずむ少女。

アニメやゲームなどに登場する、日本人とはかけはなれた見た目の美貌の少女という存在を出したくて、自分の作った小説でそういうキャラを出そうと決めたのだろう。

その為に、フィクション世界にありがちな、厳しい環境の中でも美貌を保つ、ということを想像していたために、あの少女は外見に問わず美貌を保っているのかもしれない。

現実では無理なことだからこそ、その外見はフィクション的だ。

 小説は文字のみの媒体だからこそ、絵がない分、清二は自分にとっての理想と願望を詰め込んでその登場人物を作った。それがあの少女の外見に関係している。

 それはまさに、清二にとっての理想的な少女ということだったのだろう。

 だからこそ、あの少女のことが気になって仕方なかったのだ。

「もう一度会いたい」と思うほどに。

子供だって清二のその願望だからこそ、その世界を描こうとしていた。

「続きを読んでみよう」

 清二はそのままそのノートの続きを読み始めた。

 そこにはストーリー本編ではなく、世界観の説明が書いてあった。

「『ユートアスラントは元々自然豊かで文明も栄えていた近代都市も存在する世界だったが、今は生き残りの人々が地下シェルターで生活している』か」

 恐らくこの世界の設定資料らしきものを作ろうとしたのだろう。

 架空世界を舞台としたストーリーを作るには、まず世界観設定を作らねばならない。

 過去の清二はこの小説を書こうとする為に、なんとか設定を考えていたのだと思われる。


「主人公は気が付けばうす暗い場所にいた。どこかの建物の中らしい。外に出ようと、その中を探索した』

「頑張って外に出てみたら、そこはもともとは町があったのか、廃墟になっていた」

「廃墟を歩き回っていると、少女に出会う」

「少女にここはどこなのかと聞いてみると、ここは「ユートアスラント」という場所だと教えられる」

「その少女の住んでる場所に案内される」

「その世界の住民達は地下シェルターで暮らしている。主人公は少女の生活している場所でシェルターの仲間達と会って、親交を深めていく」

「主人公はこの世界を救いたいと思うようになる」


そのノートは途中で終っていた、

 まだ書いていないページがたくさんあって。使い残しにしてしまったのだ


子供の清二は崩壊した世界を冒険するSFものが書きたかったのだろう。

 元は楽園で自然あふれる世界が、ある事件をもとに崩壊した。地上は荒れ果て、廃墟の町になっており、人々は地下シェルターでの生活を余儀なくされる

恐らくそれは、真面目に書き続ければ壮大なスケールになる大きなストーリーになるはずだった。その世界に降り立った主人公が、その世界を救う、そんな話を書こうとしていたのだと予測できる。しかしそれを書き始めた頃は、まだ子供だった為にそれを完成させるだけの力量がなかったのである。

「でも、なんでこのノートの世界が夢の中に」

 なぜこんなにも昔の自分が作ろうとしていた小説の世界が、今になって夢に出てきたのか。

「小説を本格的に書いている今だから、なのかな?」

 昔、書こうとしていた話の世界が夢に出てきたのは、まさに今がこの頃やりたかった「小説を書きたい」ということを実現させた為に、思い出そうとしていたからなのではないか、という考えがよぎる。

 その為に、初心の気持ちに戻りたいという想いがここに繋がったのではと。

「それとも、僕が最近新しい話を作れないから?」

 最近の清二は次の話のアイディアを出せずにネタに詰まっている。

 まさにスランプに陥り、最近の清二は新作を作ることができなくなっていた。

 その為に最近はぐるぐると不安になっていた。

 今まで小説を書くのが楽しかったはずなのに、今はそれがわからなくなってしまっていた。

 焦りもあり、このまま書けなくなるのではという不安に押しつぶされそうにもなっていた。

「最近の僕が小説を書くことがうまくできなくて、焦ってるから……だから昔書いたこの小説が脳内で覚醒したとか?」

 脳内で覚醒、それもまたフィクション染みた話だとは思った。

 最新作を書くことができないとなれば、もう読者は離れてしまうのではないか、自分は今後小説を書くことができないのではないかと、その焦りで最近は気持ちが落ち着かなかった。

 その為に、自分自身が過去に創り出した世界を思い出したのかもしれない、切羽詰まっているからこそ、そうやって昔の記憶が脳内ではあったのかもいれない、それでその夢とリンクしたのかもしれない。

 そして、この小説の中の話の主人公が、まさに今の清二自身となっていて、自分がその体験を夢の中でしているのではないかと。


その時、清二はあることを思いついた。

「もしかして、これ、次の話のアイディアになるかも」

 清二はそう閃いた。この設定で新しい小説のアイディアに繋がらないかと。

「昔の僕が書こうとした小説なのなら、これは自分で作ったアイディアってことになるし、この世界観でなんとか新しい話とか作れないかな。まさにここから昔の僕が書こうとしていたストーリーを今書いてみるとか」

 過去の自分自身が生み出そうとしていた話なのならば、それは他人の作った設定ではない。ということは盗作にはならない。

 決して盗作なのではなく、自分が作る話ということにできる。過去の自分自身が生み出した世界を使って、新しい話を作るだけなのだから。

「ここから僕がこのノートの内容を元にして、この設定に沿った話を作ればいいんだ」

 今まさに、こうやって新作が考えられない状況だからこそ、過去の自分が作ろうとしていた話を今に生かすことは、ある意味新しい話を作ることに役に立つのかもしれない。

「よし、そうと決まれば今すぐ実戦だ」


清二はすぐに自室の机のパソコンを開き、そのノートの内容をパソコン上のテキストファイルに書き写すことにした。

フォルダーを作り、その中のテキストファイルへと書き写す。


『ストーリーの流れ』

『崩壊した世界で美少女と出会って廃墟を冒険する話』

『気が付けばうす暗い場所にいた。どこかの建物の中らしい。外に出ようと、その中を探索した』

『頑張って外に出てみたら、そこはもともとは町があったのか、廃墟になっていた』

『廃墟を歩き回っていると、少女に出会う』

『主人公はその少女に一目ぼれする』

『その少女の住んでる場所に案内される』

『その世界の住民達は地下シェルターで暮らしている』

『少女の生活している場所で仲間達と会って、親交を深めていく』

『主人公はこの世界を救いたいと思うようになる』

 それが大体のストーリーである。


 そのノートには世界観設定についても書かれていた。

「その世界の住民達は地下シェルターに住み、プラントで食料をえている」

「明かりなどのエネルギーはわずかな燃料から、それもいつ尽きるかわからない」

「住民は、常にいつ飢えるか、物資不足で死ぬかに怯えた日々を過ごす」

「この世界にいるということは、いつ人がいなくなるかもわからない」

「食料も十分ではない」「水は地下水を浄化して使用している」

「酸素は地上から取り入れた装置から排出している」

 どうやら崩壊した世界らしく、そういった乏しい生活を想像していたらしい


そういった作品のコンセプトやストーリーの流れ、世界観設定など、そのノートに書かれている内容をパソコンのデータに書き写したのだ。

「これを保存しておいてっと」

机の中からUSBメモリを取り出し、その中へ保存した。

「よし、これでここから僕の創作へと役に立てればいい」

 清二はパソコンをそのままつけっぱなしにして、次に書くことを考えた。

「もしもこの話でストーリーを作るとしたら、どんな話になるかな」

 清二はこのデータから、何かいいアイディアへと繋がらないかと考えた。

 そのことをパソコンのテキストファイルに書き込んでみようと、色々考えてみた。

「もしもこの設定を元にストーリーを作るとしたら、どんな話にしよう。やっぱゲームみたく王道なこの崩壊した世界を救うとか?」

 まずはロールプレイングなどで王道なストーリーを考えてみた。

 崩壊した世界を救い出し、平和な世界にする、そういったものだ。

「この世界が救われて、住民がまた平和に暮らせる世界になるとか」

 それはまさにゲームでいえば、ラストボスを倒した後のエンディングのような終わり方だろう。

「だとすると、それはどうやって? 魔王みたいな悪の親玉、ラスボス的な存在がいてそれを倒しに行くとか?」

 それもまた、テレビゲームでは王道の展開だ。

「でもあんな世界にそんな魔王みたいなやつっているのか? まず世界自体が滅びてるのなら、何が原因でそうなったのかにもよるし」

 清二は頭をひねった。

「それだとすると、世界が滅びたのはその魔王みたいなやつの仕業なのか? そうやって何かが原因で世界が滅んだって理由なら、その元凶をどうにかする必要があるし」

 清二は色々考えたが、なかなかいいアイディアを閃くことはできなかった。

 パソコンの画面上ではテキストファイルに先ほど考えてきた案を色々打ち込んではみるものの、その世界観に合ったぴったりと来るアイディアがない。

「世界が滅びたのは自然災害のせいだとか、隕石が落ちてきたとか、もしくは野生生物たちの暴走で人間社会が崩されたとか、戦争があったとか」

 清二はあの設定からストーリーを膨らまし、どんな理由であの崩壊した世界が出来上がったのかを考察してみたりした。

 しかし、色々考えてみても、ぱっといいものは浮かばなかった。

 何度やってみても、その設定からストーリーを思いつくことは難しく、キーボードを打ち込む手が止まってしまった。

「やっぱりなかなか思いつかないな」

やはりいつもと同じで、清二にはなんのアイディアも浮かばなかった

こういった世界観や設定にストーリーの描かれたノートを見たとしても、そこから着想を得るなど、難しい話なのだ。

創作においては、ただ世界観と設定があればいいものではない。そこからどうやってストーリーとして確立させ、どういった流れで進み、どう完成まで持っていくのか。それらを考えるとやはり創作とは難しいものだと感じた。

清二はキーボードの前でうなった。

「ダメだ、ただでさえスランプに陥ってる僕に、こんなのから新しい物語なんて考えられるはずないや」

 清二は頭を抱えながら弱音を吐いた。

清二は結局またいつもと同じように、そうやって投げ出しそうになってしまった。

「昔の僕は、一体どんな話を書こうとしてこの設定を作ったんだ?」

 それは清二自身にも、もうわからないことだ。

昔の自分が、どんな話を書こうとしてこの世界観を創り出そうとしたのか、それを思い出そうにも思い出せない。

「いや、この設定でストーリーを作ろうとしていたんじゃなくて、設定を作りたかっただけで、話を考えるつもりにもならなかったかも」

 物書きにはそういった者もいる、とどこかで聞いた気がする。

 登場人物や世界観に大まかなストーリーの流れを作ってはいたものの、その設定を作った部分だけで満足してしまい、結局話そのものを作ることも、完成させることもないと。

 設定を考えるのは簡単だが、そこからストーリーを作るということがなかなか難しいのである。

「やっぱ、ダメだ。こんなのでストーリーは考えられるはずないよ。しかも僕が小学生の時に考えたことなんて、本当に子供だったんだから」

 ストーリーを作ることになれた高校生の今の自分と、ろくに小説を書いたこともない小学生の子供とでは考え方も違いすぎる。

 それでは子供の時に考えた設定で今の自分がそこから話を作るのは難しいのだ。


結局一文字も書くこともできないまま、貴重な休日を終えてしまった。

結局物事は進展しないまま、一日が過ぎて行ったのである。


清二はベッドで横になった。いつも通り、睡眠をとる姿勢だ。

「また、あの夢、見れないかな」

自分が作った小説の世界を目で見ることができるなんて、まさにファンタジーである。

もしかしたらこの世界は自分が過去に作ろうとしていた世界の、書きかけになってしまっていたその先が出てきたものかもしれないと。



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