第6話 初めての物語


 ピリリ……ピリリ……

「ん……」

まどろみの中から意識が浮上していく。

いつもの朝と同じように、部屋にアラームの音が響き渡る。

その現実的な音に、ここにいるのは夢の中のあの世界ではないとすぐに気づいた。

「朝か」

 まだ頭の中は、あの世界にいる感覚が残ってるようで、それでも目の前に広がるのは清二がいつも過ごす自室だ。

「もうちょっとであの子の名前を聞けるところだったんだけどなあ……」

 清二はそのことを惜しく思った。あの少女と、もう少し話をしたかった。

 次もあの夢を見ることができるのかはわからない。

 今回も寝ている時にたまたまあの世界にいたのも偶然なのかもしれない。

 つまり、あれが最後だったのかもしれないのだ。

「まあ、どうせ夢の中だけで、あんな子が現実にいるとは思えないし」

 清二は半分諦めの気持ちもあった。所詮は眠っている間に見た、清二の頭の中だけの世界なだけなのだ。

 他の人も見ることができない、ただ自分だけが見れる、自分の中での世界だと。

「でも、やっぱりもう少しだけあの子を見ていたかった」

 あの夢を最初に見た時に、あの少女の姿はそれだけ清二には気になるものだった。

「また、見れるといいなあ」

 清二はそんな希望を抱いた。

 清二はすぐさま忘れないうちに、枕元に置いてある夢日記用のノートに今回のことを書きこんだ。

 あの世界に何が起きたかはわからないが、あの世界は「ユートアスラント」という場所なのだということと、地上が滅びている原因は少女にもわからないということだ。

「でも、なんかあの世界の名前、聞いたことあるような……」

 清二はあの時も感じた心にひっかかった部分が気になった。

「あの世界の名前、どこで見たんだっけかな」

 清二はそこが気になって仕方がなかった。

「うーん、聞いたことがあるのならそのうち思い出すかもな」

 清二は目覚まし時計を見つめた。今日もいつも朝起きる時と同じ時間だ。

いつもと違うのは、今日は土曜日で学校も休みということだ。

「どうせ休みなら、今日くらいはアラームをセットしなくてもよかったかな。そうすればもう少しあの夢の続きを見れたのかも」

 しかし清二は休日こそ一日中小説の執筆に当てる時間がとれるということで休日もいつも学校へ行く日と同じように時刻に目覚まし時計をセットし、朝早くに起きることにしている。

 学校が休みとはいえ、遅くまで寝ていたらその分貴重な休日を損することになってしまう。

 だから清二は一分一秒でも休日を使えるように、早く起きるのだ。

「それだったら、今日は時間あるし、あの名前を調べることもできるかもしれないな」

休日ということは、家にいる分、そういったことをじっくり調べる時間だってある。

清二はそう考え、とりあえず朝のルーティーンに入ることにした。


朝食を終え、部屋に戻ると、清二は早速その件について考えることにした。

「ユートアスラント」

何か、どこかで聞いたことがあるような、ないような名前。それもずっと昔に。

「過去に僕がすでに小説で書いたことのある話にそんな単語が出てきてるのなら、昔の小説とか、プロットとかに書いてるかもなあ」

 清二はそう思い、アイディアノートやネタ帳、パソコンのテキストファイルやUSBのどこかのその単語を書き込んだのではと、探した。

「あれ、ないなあ」

 パソコン画面で自分が書いたメモリが残る過去のUSBを見ていても、そんな単語は見当たらなかった。

「すでにアップしてる小説に書いたとか?」

 もちろん、プロットやメモ帳に書いた覚えのない単語がすでに完成させている小説の中にも出てくるはずはないのだ。

 もしもそうならあの単語を聞いた時にすぐに思い出せるはずなのである。

「もしかしたら昔見たテレビとかどこかで読んだ本で知ったことかな」

 清二はもしその単語が聞いたことのある名前であるのなら、そういった場所で知ったのかもしれないと思った。

「だったらネットで検索すればすぐ出てくるはずだな」

 今の時代はどんなに些細な情報でも、インターネットのサーチエンジンで検索してみれば出てくるはずだ。

 どんなにマイナーな単語だって、膨大なネットワークならばどこかには検索ワードが引っかかるものである。

 その名前が実在するのであれば、少な必ず、どこかには情報が載っているはずだ。

「その名前で調べれば、あの世界のことだってわかるかもしれない。

 しかし所詮は自分一人の夢の中でだけの世界が他の者が知っているとはいえない。

「でも、そんなの出てくるわけないか。あんなの僕が見た夢の中だけの話だし」

 そういった諦めな気持ちも半分あった。

 しかしその名前にだけ聞き覚えがあるのであれば、もしかしたら清二がその名前だけど過去にどこかで見たことがあるのかもしれないのだ

「よし、やってみますか」

 清二は早速パソコンを付け、インターネットのサーチエンジンで調べることにした。

「『ユートアスラント』っと」

 検索ワードを入力し、エンターキーを押す。

「さて、何が出てくるかな」

 一瞬で色々なサイトが出てきた。

「あれ?」

 検索により、出てきたのは『ユートアスラント』という固有名詞ではなく、カタカナの文字で似た用語が引っかかったサイトが出てきただけだった。

「ユートピア」の「ユート」の部分だけの同じカナの単語や似た名前のサイトが引っかかったり、そういったものばかりで、「ユートアスラント」という単語そのもののページが出てこない。

「おっかしいなあ」

 清二は次々と出てきたページにアクセスしていった。

 しかしやはり出てくるのは単語かぶりがある名前が引っかかるだけで「ユートアスラント」という名前そのものは出てこない。

「なんでだ? そんな名前の単語は存在しないってことか?」

 インターネットで検索してみても、その名前は引っかからなかった

 今の時代、どんなワードでもサーチエンジンを使えば世界中の情報からその単語に関する情報がわかるはずだ。

 それだけ便利な時代だというのに、その単語がひっかからない。

検索に出てくるのは似たような文字のタイトルの記事ばかりで、ユートアスラントというそのものの情報は出てこないのだ。

「おっかしいなあ。ネットにも情報がない? じゃあ僕は一体どこで見たんだ?」

 しかしあの名前は間違いなくどこかで聞いたことがあると思えたのだ。

 では一体どこで見たのか。

「もしかしたら、ただの聞き間違いかもしれないし。検索で出たみたいに昔どこかで見たワードにかぶる文字があっただけかもなあ」

 先ほどから検索に、単語かぶりな名前のページは大量に出てきた。

 それならば清二もきっと、過去に聞いたことがある似たワードの別のものと勘違いしているだけの可能性もあるのだ。

「父さんか母さんに聞いてみようかなあ」 

 インターネットに出てこないのであれば、家族に聞けば何か手がかりになる情報がわかるかもしれない、と思った。

しかし家族にその名前を出すのも恥ずかしかったたかが夢の中で出てきた名前を言ったところで家族がわかるはずもないのだ。夢の中で出てきた単語を出したところで、所詮は夢の中だと寝ぼけたようにもとられてしまう。

 ましてやこの年にもなって、そんな夢を見たというのもなんだか恥ずかしい。

「小説の読み過ぎだ」とか「創作のやりすぎだ」などと言われるかもしれない。

「やっぱ、だめだ。何か手がかりになるものを探そう」

 インターネットでダメなのならば、もしかして家の中にあるものに何かないかと探し始めた。

 例えば、学校で聞いたものや、ただ単に似たような単語を聞いたことがあるのであれば、それは今まで書いて来た夢日記などにもヒントはあるかもしれないのだ。

「『ユートアスラント』って単語が過去に見た夢にも出てきてるのなら、夢日記に書いてるはずだよな」

夢日記を残しておくことで、過去の経験をそのまま記録して残しておくことで、それも創作の役に立つのかもしれないと思ってだ。


 そう思い、過去の夢日記を読んでみるものの、やはりその単語はなかった。

「ない? じゃあもっと昔の日記か?」

 何か思い出せないかと清二は部屋のものを探した。

 念の為に、部屋にある本棚の、創作関連の資料はかたっぱしから探した。

 もちろん、インターネットでも情報が得られないような単語など、一般で流通している書籍に載っているはずもない。

 そして夢日記をつけ始めた中学時代からずっと保存しておいたそのノートも読んでみる。

「怪獣と戦う話、空中戦艦で戦争をする、インターネットで見たものが実際に出てくる、どれも違うなあ」

 残念ながら夢日記をつけ始めた最初からそのノートを見てもその単語は見つからなかった。

「でも、どこかで絶対聞いたか見たはずなんだよな。「ユートアスラント」って」

 心の中に引っかかるもどかしさを引きずりながら、清二は諦めなかった。

「もっと昔の自分が書いたものとかを調べてみよう」

 そう思い、清二は過去の日記を読み返すことにした。

 中学時代は「生活ノート」というその日一日に起きた出来事を記入して学校に提出するという日記のようなものが毎日課題として出された。

「さすがに先生に見せるような場所にそんなゲームかアニメみたいなことは書いてないよな」

 学校へ提出する日記にそんな夢物語やファンタジー的なことを書くはずもない。

 そんなことを書いてしまえば、漫画の読みすぎだとか、アニメの見過ぎだとかそんな風に思われるだろう。

 はたまた創作で物語を作るのにのめり込むあまり、そういった空想を書いているのでは、と思われかねない。

「やっぱ生活ノートには書いてないよな。もし何か書いてるとすればプライベート用の日記かな」

 清二はそう思い、本格的に小説を書き始めた中学時代のメモやノートに夢日記なども目を通すことにした。

「小説を書き始めてから中学時代のノートは全部この棚に仕舞ってあるはずだよな」

 清二は創作を始めてから、書いたメモやアイディアなどのノートは全て同じ棚に収納していた。

 背の半分くらいの棚は、小さいながらも薄いノートはたくさん収納できた。

 棚の数は二段になっており、上の段がノートで、下の段は小学校中学時代の卒業アルバムや文集などが収納されている。

 中学時代という何年も前に全てのページが埋まったノートは何冊もあり、毎日使っていただけにどれも背表紙がボロボロになっていた。

 その外見がまた使用した頻度と年数の経過と表している。

 清二は一冊一冊に目を通すことにした。

「なんか荒れた字とかもあるなあ、もうちょっと丁寧に書けばよかった」

 スマートフォンを持たされてからは、スマホのメモ機能に書くことが多いが、それでも紙に書いておく時もある。

 しかしそれは自分だけが読めればいいと、やや荒れた字だったりする。

 その文字は書いてからしばらくの間は読むことができるが、何年も経過してしまうと自分の字でも読みにくくなってしまうのだ。

「こっちのノートにもないか、じゃあ次のノートを……」

 清二は次のノートを手に取ろうとした。今度は棚の奥に仕舞ってあるノートだ。

 この棚は前後でノートが前と後ろとで収納できる。次はその奥の後ろの部分のノートを取り出そうとしたのだ。

「ん? なんかこのノート、取りにくいな」

 奥のノートは、置き場所のスペースを節約したかったのか、本来の収納数よりもみっちりと目一杯のんーとが詰め込まれていた。

 恐らく、使い終えたノートを順番にこの棚に仕舞っていくうちに、奥だからと無理やりに詰め込んだのだろう。

「くそ、なんだってこんなに詰め込んだんだ」

 びっしりと隙間なく詰め込まれたノート達は左右のノート達にもおしくら饅頭のように詰め込まれ、固くて取り出せなかった。

「ぐぬぬ……」

 あんまり無理やりに取ろうとすると、ノートそのものが破けてしまうのではという不安もある。

「もうちょっと……」

 それでもなんとか引っ張って取り出してみた。ようやくノートの背表紙がズッズッと動き始める。

「あと少しだ」

 清二は力加減を調整しながらノートを引っ張り出そうとした。

 すると、ようやくノートは出てきた。

「よっしゃ」

 ノートを出し、清二は早速中学時代のノートを読もうとした。

 ふと、その時だ。

「あれ?」

 そのノートの中には普通のノートより一回り小さいものだった。

 通常のノートは大体A4サイズである。

 その中にその一回り小さいB5サイズのノートが挟まっていたのだ。

 それも、よく使うキャンパスノートではなく、小学生が使うような縦線が入った「国語のノート」といったものだ。

「なんだこれ? こんなの全然覚えてないぞ?」

 清二が中学時代から創作のアイディアなどをまとめるのに使っていたノートはよくあるキャンパスノートだ。

 その為に、明らかに小学生が使うようなそのノートのことは全然覚えていなかった。

「そういや、昔はこういうの使ってたなあ。懐かしい」

 中学生になると、ノートも通常の横線のノートを使用する為に、縦の枠線の国語ノートは何年も見ることはなかった。

 本格的に小説を書き始めたのは中学時代からなので、それ以前に使っていたノートは創作関連なことは全然書いていなかったはずなので、思い出しもしなかった。

その為に記憶からは抜け落ちてしまったのだ。

「でも、なんでこんなものとっておいたんだろう」

 清二にとっては本格的に小説を書き始めた中学時代からの記録が大事なものであって、それより前はそういった趣味を本格的に取り込んではいなかった。

「中身はなんだ?」

 清二はそのノートの中身を開いてみることにした。

 中を見てみると、何やら文章が書いてあった。

「確かに、昔の僕の字だよな」

 小学校の国語の授業と同じように縦書きに文章が書いてあった。その筆跡は間違いなく昔の自分のものだと、すぐにわかった。

 それも、シャーペンではなく鉛筆で書いたような太い文字だった。小学生の頃はシャーペンではなく鉛筆を使うことが当たり前だった為に、恐らくこのノートも鉛筆で書いたのだろう。

「えーと、何々?」

 そこで清二は最初の一文である言葉を目にする。

それを見て、清二は驚愕する。


『ユートアスラントは終末を迎え、主人公はのちに生き残った人と出会った』

 

「え……」

 そこにはまさに清二が探していた単語があったのである。

「ユートアスラント!?」

清二はその文字を見て驚いた。

夢の中で聞いた響き。インターネットで検索しても出てこなかった。

しかしどこかで聞いたような懐かしい響きだと思っていた。

 家にある本を読んでも、中学時代のノートを探しても見つからなかったものだった。

 それがまさか、存在すら忘れてしまっていたノートに書かれているとは思いもよらなかった。

「なんで……こんなところに」

 ここに書かれている文章はまさに過去の自分の筆跡だ。よりにもよって探していた名前がこんな場所にあったのである。

 それも過去の自分の文字で。だから清二にはかすかに聞き覚えがあったのだろう。なにせ自分で作った単語なのだから

小説を書くようになった時よりも前に書いたこのノートに、なぜこんなことが載っているのかと。

「このノート、続きはなんなんだ?」

 大雑把なあらすじなのか、世界観設定なのか、これはよく読んでみなければ何を書こうとあいていたのかがわからない。

そこの続きにはこう書かれていた。

「崩壊した世界で美少女と出会って廃墟を冒険する話」

 それはまるでファンタジー世界のようなことだ。なぜこんな一文が書いてあるのか、清二はもっと読んでみる事にした。

次のページには何やら文章が延々と描かれていた。清二はそこを読み上げる。

「出会う少女 銀髪の髪の長い少女。目の色はブルー。茶色のマントに古めかしい衣装を身に着けている。首には赤いストールを付け、胸には家族の形見の首飾り」

 その一文を見て、清二ははっとした。

 特徴的な細かい外見の文章、これはまさにと。

「これ、あの子のことじゃ……」

 そこに書かれていた文章は、清二が夢の中、ユートアスラントと呼ばれる場所で出会ったあの少女と一致しているのである。

 あの少女はこの文章の設定をそのまま姿にしたような外見だった。

「続きを読んでみよう」

 清二はそのまま続きを読むことにした。

『大災害や大戦争により、地上は滅んだのか、建物が崩れ、その残骸には苔がむし、世界が壊れてから長い年月が経過した廃墟の町。その中で一人の少女と出会う。少女は歌が綺麗だ。その美貌はまさに廃墟に降り立つ天使のようである。主人公はその少女に出会い、語り合う。やがてその世界を知れば知る程、この少女のことが好きになっていく」

 ユートアスラントという崩壊した世界で主人公が冒険する話だった。

 清二はそれを読んでいると、だんだんと何かを思い出した。

「そうか……これは……」

 清二の心の奥に、これには思い当たるところがあった

 まるで忘れていた記憶の蓋がひらくように、ひらりひらりと頭の中で記憶が蘇る。

 そして清二の中では、ある記憶と一致した。


「これは……僕が初めて書いた……小説だ」

 そう、清二はそれを思い出した。


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