第5話 君は一体


どこかひんやりとした空気を感じた気がした。しかし寒いという感覚もなく、かといって暑いわけでもない。

 清二は目を開いた。

 そこには夜に包まれた廃墟の町が広がっていた。夜空に大きな月。苔や錆に覆われた崩れかけた建物、地面にも瓦礫の破片が散らばる。

 これはまるで、昨日見た夢と全く同じ場所だった。

「またこの夢……?」

 そこはまるで昨日の夢の続きなような気がした。

 もしかして、今日はこの夢のことばかり考えていたからこの夢をまた見たのかもしれないと思った。

「本当にまたここへ来れた……。ちゃんとまたここへ来れたんだ」

 瓦礫だらけでまるで廃墟のような場所など、本来なら居心地のいいものではない。

 普通の人であれば、すぐにここから出たいと思うであろう場所だ。

 しかし清二にはここに来たかった理由があった。

「これでまたあの子に会えるかもしれない」

 それは昨日夢の中に出てきた少女をまた見ることができるのではという妄想だった。

 昨日と同じ夢を見ているのであれば、また同じ場面の繰り返しかもしれないが、それでも今の清二にとっては、その少女に会うことが楽しみだった。

廃墟の町を探索する。道と背景が、昨日の光景と同じだった。

「この建物、昨日も見たよな。じゃあ同じ場所か? とすると……」

 清二は昨日見た夢の場所を思い出した。あそこはこの町の中央広場のような場所だった。

 ここが同じ町ならば、そこへ行けばまた少女に会えるのでは、という希望を胸に探した。



「ここだよな……!」

 昨日の記憶を頼りに、清二は広場の瓦礫の山にたどり着いた。

 昨日と同じく、ぼんやりとしたランプの光が見えた。

 山のように積まれている建物の壁のような瓦礫の上で、その少女はやはりいた。

「いた……!」

 月の光と、から見える後ろ姿はあのマントを身に着けているのがうっすらと見えた。

 そしてどうやらその者はランプを持ち上げて、空を向いている、まるで空を見上げているかのように。

「間違いない、あの子だ」

 清二は会いたかった人物を見つけた興奮で、すぐにその少女の元へ行きたいという願望で走った。

「おーい!」

 清二はまたもやその人物に向けて足を進めた。

 瓦礫を踏み台にし、歩きにくい瓦礫を踏み越えて、その少女がいる頂上へたどり着く。

「おーい!」

 次第にランプの光がくっきりと見えていく。

 近づいてくると、清二の声に反応したのか、少女はこちらを振り向いたようだ。

 うっすらとした光で見えるが、特徴的な銀髪は、間違いなく前の夢で見た少女だった。

 少女はこちらに気づいても瓦礫を登ってくる清二が自分の元へ近づいてくるとわかっていても逃げ出そうとする気配もなかった

 清二はなんとかその少女の元にたどり着いた。

「また、会えたね……!」

 あの夢を見てから一日中妄想に浸っていた少女に再会できた喜びは大きかった。

「あら。あなた、また来たのね」

 今日も若干驚いたような表情をするが、すでに前回一度会っている為か、少女はそこまで驚く様子ではなかった。

 清二の姿を見て、少女はこちらのことを覚えていてくれたのだ、と嬉しくなった。

「あなた、いきなり姿を消しちゃうんだもの。なんなのかと思ったわ。でも、今日も来るなんてびっくり。いきなりどこかへ行っちゃったから」

 びっくりした、と言ってはいるが、少女は落ち着いた口調だった

 それは清二が現実世界で目を覚ましてしまったからだろう。それがここではそうやって消えたように見えたのか、と思った。

 昨日見た通り、やはりこの少女は綺麗だった。

 美しい銀髪に、透き通るようなブルーの瞳。顔に合わない貧相な服装をしていても、やはり綺麗な少女だけに、それを気にしないほどの美貌だ。

 学校で博人と話した通り、美少女だ。

「ここで、何してるの?」

 清二は少女の隣に座った。

少女が持つランプの灯が揺らめいていた。

 突然の質問に対しても少女は不振感を持つこともなく、答えた。

「今日は雲が晴れる日だから。だから、月を見に来たの。こういう日は星もよく見えるから」

 そう言われ、清二は空を見上げた。

 この日の空は昨日よりも綺麗で、美しい星々とくっきりと見える月が輝いていた。

「わあ」

 これこそまるでファンタジーな世界のようだ。広い世界にキラキラと輝くたくさんの星に美しく光る大きな月。

 これはまるでアニメかゲームのような本当に神秘的な世界だ。

 創作の資料にとよく見る画集やイラスト集で見るような絵が、本当にあるかのように

「こんな夜空、僕の住んでるとこからは見えないよなあ」

 夜になっても電気など明かりに照らされている日本の町では月や星がくっきりと目に見える場所の方が少ない。

 あまり明かりのない田舎や、もしくは外国ならば見れるかもしれない。

「凄いな、ここはまるで僕の住んでるところとは別の世界だ」

 自分の住んでいる日本とは違う場所。

 これは清二の夢の中なのだから当然だろう。あくまでも清二が眠っている間に見ている夢の中の世界であって、現実に存在する場所ではないのだ。

「こんな世界、いいなあ。夢の中とは思えないや」

清二のその発言に、少女は首を傾げた

「夢……? 面白いことをいうのね。冗談にしては変わってるわ」

 この少女にとっては当たり前なこの場所をまるで、清二の住んでいる場所とは別の世界かのような言い方が気になったのだろう。

「ええ、まあ、ちょっと冗談で言っただけだよ」

 清二はあえてごまかした。

「ていうか僕のことはいいから、君のこと教えてよ。ここで何してるの?」

 清二は話題を変えた。まずこの少女のことを知りたかったからだ。

「私はこうして、地上の見張りを任されてるの。子供達の中では最年長だから」

 子供達、ということはこの世界には他にも住民がいるということになる。

 少女はその子供達と一緒に暮らしているということだ。 

 とすればこの少女はこの世界にたった一人でいるということではないのだ。

「君以外にも人がいるんだ。みんなどこに住んでるの?」

 少なくともこの廃墟となっている町には人が住んでいそうな気配はない。ということはどこかに生活ができる場所があるということだ。

「私達はみんな地下のシェルターで生活してるのよ。地上はこの有様だし」

 シェルター、それは災害などが起きた場合に避難する場所だ。

 地上がこのようになっているから、人々は地下のシェルターで暮らしているということだ。

 つまりこの世界はこの町のように、地上では生活ができないということなのだ。

 この少女は普段は地下にあるであろうシェルターで暮らしていて、こうして地上の見張りの為に外に出てきているというわけだ。

「こうすれば他にも生きてる人が来るんじゃないのかなって。そしたらあなたが現れた」

「生きてる人……?」

「生きてる人」という言葉を使うということはことは、どうやらこの世界はなんらかの理由で生きている人物が少ないということにも受けとれる。

 確かにこれだけ廃墟だらけの町になっていれば、この辺りだと他には生存者はいないかもしれない。

 何かの理由でここは廃墟となり、この町に元々住んでいた者達は地上からはいなくなったのだ。

「ここってさ、なんでこんなことになってるの? あちこち廃墟だらけだしさ。生きてる人とかどうとか」

「あなた知らないの?」

 その発言に、少女は清二のことをどんどん怪しむばかりだ

「ここにいるのにここのこと知らないなんて、記憶が飛んじゃってるのかしら」 

 少女はやや不信そうに、清二の発言に耳を傾けた。

 まるでこの世界にいるものならば誰もが知っていて当たり前なことを知らないという清二には不信感を抱いてもおかしくない。

清二はとりあえず話を合わせることにした。

「え、えっと、そう。なんか、いつの間にかここにいて、ここがどこかわからなくて。なんでこんなことになっちゃったんだろう? って思って歩いてたら君がいた」

 さすがに無理がある言い訳である、と思いながらも清二はわざととぼけたふりをしてごまかす。寝ていたらここへ来ていた、なんて説明できない。

「僕、自分がどこから来たのかわかんなくて、これまでのことよくわかんないんだ」

 それに、それは半分嘘ではないのである。

 この世界にいつの間にかいて、どこなのかわからない、嘘ではないのだ。だから半分は本当のことにもなる。

「そう、あなたもなかなか大変だったのね。いきなりこんな場所にいて不安だったでしょう」

 少女はそれで納得したようだ。

「ここ、昔からからずっとこうなの。私がまだ生まれる前だったからここで何が起きたのかよく知らないけど、大人から聞いた話によると、地上で何かが起きて、みんなで一斉に地下へ逃げろって言われて地下シェルターへ避難したらしいわ。地上で大災害が起きたのか、なんなのかよくわからないけど」

 少女が生まれる前ということは、この場所が廃墟となったのはほんの数年前といった最近のことではないということだ。

 この世界の住民でありながらここがこうなった理由がわからないなんてなんとも不思議なものだ。

 普通はどんなことが起きても、人から人へと情報は伝わるはずだ。

 この世界が日本でいえばどの時代で、どんな文化があったのかはわからないが、清二がこの世界に来た時に最初にいた建物からするに、建築についてはそこそこ進んでいるくらいの文明があるとはわかる。

もしもテレビといったものはなくても、新聞や伝言といった情報を伝えるツールだってあるはずではないだろうか。

(この世界にはインターネットはさすがにないだろうな)

 これだけ情報が曖昧なのならばさすがにインターネットはないかもしれない。

 まずパソコンといった端末が存在するかどうかも怪しい。

 しかしこの世界で何かが起きたとしても、今にかけて復興の後もなく、廃墟にされたままの地上を見ると、なんらかの理由でそこまでする経済力も、人力もないのかもしれない。

「じゃあ、この世界がこうなってるのは理由がわからないんだ」

「理由って、私の方がなんでこうなったのかを知りたいくらいよ」

 それもそうか、と清二は思った。

 この世界の住民だからこそ、本当にこうなった理由を知りたいのはこの少女の方である。

「それで、ここはなんていう地名なんだい?」

 この世界に地名という概念があるかどうかはわからないが、ここにも「日本」だとか「アメリカ」「中国」などといった名前はあるはずだ。

 清二はここについて、せめて地名くらいは知っておきたかった。

「本当にここのこと、何も知らないのね。教えてあげるわ」

 その時、一瞬だけ、少女の顔つきが変わった気がした。

「ここはユートアスラント。昔からそう言われてるわ」

「ゆーと……」

(あれ…?)

 その時、清二の脳内に、一瞬何かを感じた、

今この少女から初めて聞いたばかりの名前なはずなのに、何かがひっかかった。

 清二はふと、その名前がどこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。

 まるで、今までの人生ですでにその地名をどこかで知っていたかのように。

(なんだこの感じ?)

 清二は心の中で違和感を抱く。

(初めて聞いた名前なはずなのに、なんだか聞いたことあるような)

 清二は心の中でそんな気持ちに引っかかった。

 しかしそんな態度を出すと、かえって少女に怪しまれるのでは、と思い、あえて平穏な態度を取ることにした。

「ここ、そんな場所なんだ。ここに来れてよかったなあ」

 清二はあえてそう言った。この地名に抱いた違和感を消す為に、あえてそんなふりをした。

「こんな場所に来れてよかった? 何もないところなのに?」

「え、や、その……ごめん」

 清二の言い方にも少女は引っかかってしまったようだ。

 確かに廃墟だらけのかつての場所が滅びたようなところへ来ても、普通はいい印象を抱くはずもない。清二のこの言い方ではまるでここが滅んでいてよかった、と言ってるようにも聞こえてしまう。

 清二は次に気になってることを聞くことにした。

「それで、君はいったいなんて名前なの? ここで何してたの?」

 清二はそれがずっと聞きたかったことだ。夢の中で出会ったこの少女にまた会いたいと思っていた。それは現実世界でもずっとこの少女のことを考えてしまうくらいに、この少女のことがきになっていた。それならばまず名前くらいは知りたいのである。

「私は……」

 少女が何かを言いかけたところでまるで身体から魂が抜けていくような感覚がした。

 まるでオンラインゲームの世界から強制的にログアウトさせられるかのように、目の前の空間が歪んで真っ白になっていく。

(あ、まずい)

 清二はこれがこの世界からのログアウトになってしまうと感じた。つまり、現実世界での目覚めの時になっていると。

 このままでは目の前の少女のことを聞けなくなってしまう。せめてもう少しだけ、もう少しだけでも、この少女の傍にいたい。

「ねえ、待って……」

 そんな声も届くはずもなく、清二は強制的にこの世界から出されてしまった。

 清二の意思もむなしく、その空間はまたもや消えて行った。




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