第3話 夢の中、君は

清二は意識の中、何かを感じた。

「なんだこれ……」

 どこかひんやりとした空気を感じる。足元は固い床のような場所だ。

「どこだよ、ここ」

 目の前に光がないかと目をこらした

 そこには真っ暗な空間で、ぼんやりとした光が見えていた。

「いきなりどこに来たんだ? 僕はさっきまで自分の部屋にいたはずなのに」

 なぜか自分は見知らぬ場所にいた。

 寝ている間にどこかに連れ去られたのだろうか? それとも何かが起きて真っ暗な空間に放り出されたのだろうか?

 状況を確認する為に、周囲を見ようとする。

「わっ」

 肌寒い風が吹きつける、まるで錆臭いような匂いが鼻についた気がした。

 しかしそんな匂いがする気がするだけで、実際に匂いは感じなかった。

「あそこが少し明るい、行ってみよう」

光に向かって歩いていると、やがて目が慣れてきたのか、ようやく自分のいる場所が見えてきた。

その光は建物の窓のような四角い穴から漏れていた。どうやら外の月明かりか何かのようだ。

「何ここ、どこかの建物の中なの?」

 清二はもしそうなら、すぐに家に帰りたいと思った。

 なぜいきなりこんな場所にいるのだろうか、と。そしてなぜ暗いのか、と。

「もう少し歩いてみよう」

 月明かりのようなわずかな光を頼りに、目の前をよく見てみると、崩れた壁らしき板のようなものからも光が漏れていた。

 その明かりが清二が今いる場所を照らし出す。ぼんやりと、だんだんはっきり見えてきた。

 そこで初めて今自分がどんな場所にいるのかを掴んだ。

 どうやらここは普通の建物の中ではなく、壁も崩れた古い建物のようだった。

 変わっているのは誰もおらず、まるで何年も人の手が入れられていないかのように壁が崩れ、瓦礫が広がっていて、金属のようなものにはびっしりと錆がついていた。

 歩く度に、ミシミシと音を立て、床にはところどころ穴も開いているような感覚がした。

「なんだここ?」

 清二は光が漏れている場所から外を覗いた。

 そこから外を見渡すことはできないが、どうやら外に月があって。それが照らしているのだろう。

 ガラスのない窓のようなものから見える外は暗かった。今の時間は夜なのだろうか

「と、とにかくここを出よう」

下がどうなっているかわからない以上、もしかして高い場所にいるかもしれないので壁を浮き破って窓から飛び降りるといったことはやめておくことにした。

 ここは地道に進んで外に出るしかない。

「うわあー、なんか床が崩れそうで恐いな」

 今いる場所の床もボロボロになっており、歩く度に床がきしんだ音を立てた。

 自分が踏み場にしている足元だっていつ崩れるかわからない

「出口はどこなんだ」

 すでに役目を果たしていない建物から出る為に、なんとか外を目指そうとした。

「これじゃ、まるでゲームみたいだ。廃墟探索系のホラーゲームみたいな」

 ホラーゲームではこういった廃墟が出てくる。

 それはゾンビが出てくるなど、敵が出現して倒しながら進むのだ。

 そういったゲームでは所持品として標準装備である銃やナイフといったものを、今の清二はは持ち歩いていない。

 もしもここで何者かに襲われれば戦う術はないのである。

 ただでさえ懐中電灯やランプといった自分の周囲を照らせるものがない現状、外の光だけをたよって外に出るしかない。

「何もいませんように」

 清二はびくびくしながら進んだ

「人の死体とかあったら嫌だなあ。ゾンビが出るのも嫌だけど」

 窓から見える月の光が明かりが見えるだけで、この空間は誰もおらず、まるで幽霊でも出てくるのではという恐怖もあった。

 そうでなくとも、こんな場所で得体のしれないものに遭遇したくない、と。

 清二はとにかくその空間から出ることを目指した。


 そのかいがあって、ようやくその空間から脱出することができた。

「やっと外か」

 謎の空間から出ることができたことに、安堵した。


どうやらここは、本当に外らしい。

天井がなく、空に大きな月が浮かんでいた。

「あの月明かりが光になってたのか」

 謎の空間だっただけに、今はその月の姿が希望を持てる存在な気がした。

 どこかわからない空間ではなく、ここはきちんと空なのだと。

 その月が、また幻想的な風景にも見えた。

「あれ、なんで僕、制服なんて着てるんだ?」

 月の明かりで自身の身に着けている衣装を見ると、清二はなぜか学校の制服姿だった。着替えた覚えはないのに、と。


 そして、清二はようやくここがどんな場所なのか、目の前を見た。

「なんだよここは!?」

そこは一つの町、だった場所だ。

 建物にはびっしりと緑苔で表面が埋め尽くされ、外から見たら外観が崩れた、もはや元はなんの建物だったのかもわからないほどに崩壊した物件。

 もはや屋根は崩れて雨風をしのげそうにない、建物。

何らかの施設だった建物のようなものの形は残るものの、やはり外見は崩れているものばかりで、壁のようなコンクリートや石造りの壁や屋根だったものであろう瓦礫が大量に目の前に広がる。塔らしき建物は倒れている。建物の柱だったであろう部分も折れているのが割れた壁から見える。建物は、全て表面が風化していて、塗装もはがれている箇所が多い。そしてそれらにも緑色の苔が茂っていた。

これではまるで廃墟の町である。

かつて誰かが住んでいたかもしれないという名残はあるものの、今は人がいなくなって長い時が流れたかのように、打ち捨てられた「町」だった。

 地面は元は建物の一部だったであろうあらゆる残骸が重なっていてまるで山のようになっており、足元も瓦礫の屑でいっぱいだ。

 月が照らす夜空の下、廃墟の町でそこにむなしく風だけが吹いていた。

「なんか、まるで何か災害か戦争が起きた後みたいだ。ここ、日本なのか?」

 嵐、地震、戦争、いやそれよりも建物が崩壊するほどの大きな出来事があってで壊れてしまったかのような場所だった。

 清二は自分が出てきた場所を振り返ってみてみると、どうやら自分が今歩いて来た場所は、建物の中の空間だったようだ。

 なぜ自分がこんな場所にいるのか、清二はわからなかった。

 まさか自分が寝ている間に、何等かの災害でも起きたのだろうか、と。

「まさか、そんな小説のような話なんてあるわけないよな」

 しかし実際に目の前に広がるこの光景を見ると、何かはわからなかった。

「とりあえず、周囲を見てみよう」

 足元が瓦礫で転びそうになり、歩いても歩いても、見えるのは廃墟となったボロボロの建物と、瓦礫の山だけだった。

「なんだよここ、一体ここで何が起きたんだ」

 清二はかつてテレビで自然災害が起きた被災地の映像を見たことがある。

 地震や津波、水害や台風などに襲われた地域はまさにこんな風になっている。

 しかし、この場所は瓦礫の錆具合や苔に覆われた建物、その表面の劣化からして、まるで何年もこの状態になっているのかのようだ。

 不思議なのは瓦礫が片付けられることもなく、復興する為に手が入っていないところだ。

 被災地や戦場の跡ならば時間が経てば人々が瓦礫を片付け、新しく建物を建て直すといった、復興の為の手が加えられるはずだ。

 ここはまるで、何年もずっとこの状態のまま放置されているかのようである。

 辺りを見渡せるほどに、ここには人のいる気配はなかった。

見渡す限り、どこを見ても廃墟との残骸が広がるばかりだ。

 もしかして、この場所に隕石でも降り注いでここが滅んだのではとすら思えてくるほどのありさまだ。これではまるで本当にゴーストタウンである。

SF小説や漫画などで見た世界の終末とはこういう光景なのだろうかと、清二は思った。

こんな場所に一人でいるのは恐ろしい、早く誰か人に会いたい、と清二はひたすら歩いた。

「誰か、誰かいないのか? ここの住民は?」

 こんな廃墟の町に独りぼっちにされたくない、と思った。

 誰でもいい、ここで何があったのか、ここがどこなのかを説明してくれる者はいないのか、と。

とにかく清二はひたすら廃墟の町を歩いた。


「ん?」

 廃墟の町の中を歩き回ってると、ふと清二の耳にかすかな音が聞こえた

 それはまるで歌声かのように、メロディになっていた。

 透き通る声で、聞きほれる、美しい歌声だ。声からするに、女性、それも若い女性の声だと思った。

「誰かいるのか?」

 清二は耳をすまし、声を頼りに、その声がする方へと足を進めていく。

 廃墟の角を曲がり、声の元をたどると、なにやら広場のような場所へ出た。

 そこにはランプのようなぼんやりとした灯が光っており、何者かがいる証拠だ。

 どうやらそれが歌声を発している人物のようだ。

 広場には建物の残骸であろう瓦礫の山があり、その頂上で、月を背にその者は座っていた。

「人だ!」

 この場所が無人ではなく人がいたことに安堵する。この町の住民かもしれない、と清二は傍に行こうとした。

 その人物はここがどこなのかを教えてくれるかもしれない、と。

 いきなり近づけば、もしかすれば自分を見て敵意をぶつけてくるかもしれない、こちらを見て驚き、何等かの攻撃をしてくる可能性だってある。

 しかしこの美しい歌声で、それはないと思えた。きっと若い女性だと。

「おーい!」

 清二はその者に向かって声を上げる。

 すると、その人物は歌うのを辞めた。辺りに響いていた歌声が止まる。

 清二は走ってその者に近こうとした。走っても、走っても地面が瓦礫だらけで足の踏み場を確保するのが難しく、何度も転びそうになるが、その者の傍にあるランプのような光を目印に、なんとかその人物がいる場所へたどり着く。 

 その人物は幸いなことに、清二が走ってきても逃げようとする気がないのか、そこからは動かずにいてくれた。まるで、清二を待ってくれているかのように。

「はあ、はあ」

 明かりがどんどん大きくなり、次第にその場所が近づいているのだと感じる、

 ようやく清二はその場所にたどり着いた。

「やっと着いた……」

 瓦礫の山の頂上に座っている何者か。

 その明かりは懐中電灯の光ではなく、やはりランプのようなものだった。

 筒の中には炎のようなものが揺らめいている。電気ではない。

 清二は瓦礫の麓から、頂上へ語り掛けた。

「ねえ、君……」

 夜空に浮かぶ、大きな月の下にいた人物。月明かりとランプの光により、その者の姿がはっきりと見えた。

 そこにいたのは一人の少女だった。

「あなた……誰?」

その人物は清二の姿を見ても恐怖を感じないのか、落ち着いていた。



 見た目からして年頃は十代中盤ほど、おそらく清二と同じ年くらいだろか。

 長い銀髪は夜を照らすかのようになびいている。整った顔立ち、美しい髪。まるでサファイアのような美しいブルーの瞳。しかし身に着けている衣装がやや古く感じた。

茶色のマントのようなものを身に着けており、その下の衣服は顔に似合わないものだった。

 まるで昔から何度も着ている服を、穴が開く度につぎはぎをして、そのまま長く着古しているようにも見えるローブのような衣服。首には赤いストールが巻かれ、それがまたより一層銀髪を引き立てる。民族衣装を思わせるビーズのような紐に、日本でいえば勾玉のような石がついた特徴的なアクセサリーを胸元に装着している。

 水ぼらしい衣装を身にまとってはいるが、それを感じさせないほどに美しい外見だった。

 廃墟の町に、美少女。なんともミスマッチな組み合わせなのだろうか。

「えっと、君はいったい……、なんでここに……」

清二が言葉を続けようとしたところで、少女が先に答えた

「驚いた……まさか地上にまだ生き残りがいたなんて」

少女は落ち着いているが、こんな場所でいきなり知らない人物が現れたことにはやはりとまどいもあったのだろう。

「生き残りって……」

 生き残り、それはまるでこの町では人々がなんらかの理由で滅びており、その中で生きている者を指しているかのような。

 少女から見れば、清二のことは「生き残り」という風に見えるのだろうか。

 ということはこの町ではすでに人々がいなくなっていて生きてる人が少ないのか、なぜここは崩壊しているのか、など聞きたいことはたくさんあった

「ねえ、ここはいったい……なんでここの場所はこんなこと になってるの? 君は誰なの?」

 少女が何かを言いかけたところで、清二の視界がぐらついた。

 まるで今見ている場所が何かの空間に吸い取られていくように、視界が歪む。

「なんだこれ」

 今見えているはずのその少女の姿も揺らついていく。

「待って、待って」

 清二は消えゆく場所に声を飛ばした。

「待ってくれ、君は……」

 そこで清二の意識はその空間からは消えて行ったのを感じた。


  



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