再会の兆し
不死者と人間の攻防は、十年間一進一退だった。
一つの場所で人間が不死者を圧倒すれば、どこかでは不死者が人間を虐殺する。
ドランクは人間が虐殺されている方面へ飛び出して行っては、敵を蹴散らして拠点の街へ帰ってくるという生活を送っていた。つまるところ不死者専門の傭兵だ。
不死者を相手取る戦に駆り出されると、国から高い給金が出る。金の面だけ見れば、なんとも美味しい仕事だ。
だがそれに食いつく輩は多くない。不死者と戦う事自体は難しくないが、不死者の背後にいる者が問題なのだ。
新たに虐殺が起こる場所には、
謎に包まれたその存在は、不死者が全て殲滅されるまで恐怖の対象であり続ける。
*
「次は西の方が襲われ始めてるらしいぜ」
宿の食堂で夕食をとっていたドランクに声をかけたのは、よく戦場を共にする同業者の男だった。
胡乱げに彼を見遣ると、傷だらけの顔に人好きのする笑みを浮かべている。娼婦を連れ込む男の下卑た笑い声やら金への怨嗟の声やらで騒がしい安宿で、その笑みは少し異質だ。薄茶の長い髪と目が楽しそうに揺れていた。ドランクはその顔の記憶を探る。たしか、傭兵組合でよく見る顔だ。
男は店員に肉とエールを頼むと、ドランクの
「そんな顔するなよ。折角話を持ってきてやったのに」
「それが信用できねぇんだよ。大体、傭兵組合からのお達しはまだだろうが」
いくらドランクでも、その辺りは弁えているつもりだった。
傭兵というのは基本的には自由業だ。金額と
だが、抜け駆けを防ぐための不文律というものがある。それが組合からの通達だ。
どの街にも傭兵組合があり、そこから街に滞在する傭兵へ依頼が飛ぶ。割りの良い仕事が独占されないようにという計らいだった。
だが目の前の男はその不文律を破っている。
「まあ、なんだ。不死者狂いなんて言われるお前にはとっておきだぜ」
言いながら、彼は運ばれてきたジョッキに口をつけた。豪快にエールを飲み干す様子を眺めながら、ドランクは値踏みするように目を細める。
「とっておきだと?」
男は口についた泡を袖口で拭って、にっと笑う。
「とうとう
その言葉に、ドランクの鈍色の目が爛々と輝く。口角が吊り上がり、今にも飛び出していきそうな面持ちだ。
その獰猛な笑みは威圧感すらあった。
男は
「不死者狂いなら是が非でも行くだろうっていう組合長の計らいでの情報提供だ。奴が出るとなると人数も集まらないだろうしな。
出発は明日だ。いつでもいけるだろ?」
「ああ、愛刀はいつでも使える」
問いにドランクは間髪入れず答えた。この機を逃す手はない。その食い気味の答えに圧倒されたように身を引くと、男は苦笑を漏らす。
「結構な事だ。お前さん、本当に奴が好きだな」
それは男にとってはただの冗談だったのだろう。だがドランクの鈍色の瞳には冗談の光はない。
「当たり前だ。俺は、奴に首っ丈なのさ」
*
翌日。
ドランクはいつもの軽い旅支度を済ませると、傭兵組合へ足を運んだ。
新しい場所へと行く通行証を手に入れる為である。
これがなければ関所で足止めされる。無駄に不死者を増やさないための措置だった。
石造の建物に入ると、中にはドランクへ情報を渡してくれた男がいる。彼は軽く手を挙げると、歩み寄ってきた。
「お前さんが一番だよ」
そう言って、通行証を手渡してくる。それを黙って受け取ると、そのままドランクは踵を返した。一刻も早く、戦場へ行きたかったのだ。
だがその背中に慌てたような声がかかった。
「待て待て。俺も一緒に行かせてくれ」
何を言い出すのか。鈍色の目に不信が宿る。男が何を考えているのかわからず、振り返って彼を見つめた。その薄茶の目は揶揄っているようには見えない。
特に親しいわけでもない男と連れ立って行こうとする目的がわからず、ドランクは胡乱な目を向けた。
「……道連れなんぞいらん」
拒絶にも男は諦める様子もなく隣に並んでくる。
男はドランクの驚いた顔を見ながら、明るく笑う。
「
足手纏いにはならないと言わんばかりに、槍を掲げる。
武器は長槍だ。ドランクに負けず劣らず体格の良い彼の体に槍は馴染んでいる。戦い慣れているのは見てわかった。それを横目で見ながら、ドランクは溜息を吐いた。
こういう輩のあしらい方をよく知らないのだ。どちらかと言うと単独行動が多かったことがここで裏目に出たか。
「勝手にしろ。死んでも知らねえぞ」
吐き捨てるように言うと、男は笑みを深めた。我が意を得たりとも言わんばかりに、ドランクの肩を叩く。
「お互いにな。
そういや、自己紹介してなかった。俺はソーカーだ」
「俺は」
「ドランクだろ、知ってる。まあ仲良くやろうぜ」
男――ソーカーはそうドランクに囁くと、並んで傭兵組合を出発した。
*
戦場に到着してからは慌ただしかった。
今回は谷のに不死者が出たらしく、
今のうちに指揮官を決めて先遣隊を派遣し、大まかな作戦を立てなくてはならない。個人主義が多い傭兵たちが統制を取る上で重要なことだ。
指揮官は大抵の場合経験豊富な者が務める。大概が長生きしない界隈で、経験豊富と言うのは重要な要素だ。年嵩のものは重宝される。
国が派遣する正規の兵たちは殆どその場にはいなかった。境の警備の者たちが関所を守っているだけだ。まるで自分たちには関係ないと言わんばかりに彼らは傭兵を遠巻きにしている。それよりも、命からがら逃げ出してきた住民たちの暴動をおさめることに注力しているようだった。
その混乱をよそに、ドランクは先遣隊に何としても入ろうとしていた。先遣隊は戦場を切り開く上で重要な役割ではある。だが指揮官役の傭兵は難色を示した。
「おめぇ、飛び出したら報告になんざ帰ってこねぇだろうがよ」
蓄えた髭を撫でながら苦々しい顔で言われて、ドランクは眉間に皺を寄せる。すぐそこに待望の相手がいると言うのに、駆けつけられないもどかしさでと苛立ちで今にも掴み掛かりそうだ。
だが指揮官も引かない。先遣隊は一番槍の役割もあるが、敵の現状把握としての役割も重要だ。報告の有無は、傭兵たちの生死に関わる。飛び出して帰ってこないような輩を出すわけにもいかないのだ。
二人の剣呑な雰囲気に、ソーカーが見かねて助け舟を出す。
「まあまあ、
「……まあ、おめえがいるなら大丈夫か。
あとは揃ってる。顔合わせくらいはしとけ」
ソーカーの言葉にあっさりと指揮官が引いた。
よほど信頼を重ねているのか。
ドランクの心中には納得できないものが燻ったが、先遣隊に入れるなら特に気にする必要もないと考え直した。
日は、間もなく落ちる。不死者達が活動を始める時間だ。
10名ほどの先遣隊と合流すると、出撃の準備を始める。
「……ようやく会えるか?」
独り言ちるドランクに、ソーカーが声をあげて笑った。心底楽しそうに。訝しげに見るドランクを目を細めて見つめる。
「さてな。さあ、行こうぜ」
それが合図になったかのように。
彼らは不死者の群れに突っ込んでいった。
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