特別な、日常を描く時

 散会となり対策室を出た私たちを、課長が呼び止めた。

 課長は時計に目をやり、もう定刻を過ぎておりますから、今日はこれをもって帰宅としなさい。明日、明後日は公休ですから、ゆっくり体を休めていただいて、また週明けに。教授たちの解読作業もしばらくかかるでしょうし、復興までのみちのりもまた長いです。歴史文化の解明をしていくのもまた、相当の時間と労力を必要と致しますから、焦らず地道にいきましょう。

 

 私たちはわかりました、と返事をし、お先しますと挨拶をすると早々に帰路につく。帰宅すると、一気に疲れが出て、今日はお風呂に入ってゆっくりと寝ようとの汀の提案により風呂に入り、いつもの総菜屋のおかずとご飯と汁物を食べ、いそいそと布団に入り、二人とも泥のように眠った。


 翌日には二人そろっていつもよりは遅くに起き始めた。まだぼうっとする汀の顔が可愛い。汀は私に買い物に行きたいといい始める。そうだね、と私が言うと、私は布団を畳はじめ、汀は昨日そのままの食器たちを丁寧に洗い始めた。

 お互い終えると、ささっと着替えを始め外にでる。すっかり日は上がっており、差し込む光は眩しい。雲が大きく浮いていて、周りの山々は新緑に覆われている。風はとても穏やかで、町往く人たちは互いに声をかけあい、笑顔で満ち溢れている。

 少しでも早く望月の町にもこんな景色が帰ってくるといいね、と汀は私の手を握る。私は握り返すとそうだね、と言い、繋いだ手を引いて買い物に出る。


 向かった先は大きなショッピングモール。食品だけではなくコスメ・衣類・下着・靴・雑貨、美容室、呉服屋も入っており、花屋と季節限定のお焼き屋、自転車屋が外に設営されている。さほどの高望みをしなければおよそのものはここで揃うと、事前に課の人たちに言われていた。

 汀は既に瞳をキラキラさせている。大きな遊園地にでも連れてきたかのようだった。隅からじっくり見ようと、今度は私の手を引いて歩き回る。

 まずは自転車屋。望月には自転車がない。皆目的地までは歩く。たまに車で移動もするけど、基本は歩きか循環バスで目的地近くまで、である。

 汀はこれが自転車かぁ、と興味深々。色々あるんだねぇ、とゆっくり見て回る。自転車屋の店員が何か気に入った品はありましたかと声をかけてきた。私がこれはどうやって乗るのですか、と問いかけると、店員がひどく驚いて、お客様方、乗ったことないのですか、と聞いてきたので、汀は見るのも初めてのようなものです、と答えると店員がさらに驚く。店員が一台の自転車を押して外に出すと、見ててくださいと、そのあたりを軽く乗り回した。汀は凄い凄いと手を叩き、私はひたすらおぉ、と感嘆する。店員が降りて自転車を元の場所に戻すと、ここまで感激されたのは初めてですよ、と私たちに言った。店員がどちらからいらしたのですか、と聞いてきたので、汀は望月です、と答えると店員はピンと来ていない。私が指をさし、あの山脈の向こうにある小さな町です、と答えると、あ、あの幻の町と呼ばれているところですか、と返した。そんな呼ばれ方をしていたのを知らない私たちを横目に、幸せの国と呼ばれているのはブータン、という感じで、あちらの町は幸せの町と呼ばれてもいるんですよ。最近ですかね、SNSで話題になってきたのは。それまでは知る人も少なかったから、幻の町、だそうですよ。少し画像も上げている人たちもいるから、あとで見てみるといいと思いますよ。と私たちに話をした。

 自転車は一般的に幼少期に練習用の補助用具をつけた状態のものか、ペダルの無いものを足でけりながらバランス感覚を養い、徐々に乗れるようになるものなので、乗れないのでしたら乗れるようになってからいらしてください。最近は大人でも乗れない人も増えてきてはいますから、そこは気にしなくていいですよ。自転車を見るのが初めて、という人は私も初めてですけどね、と笑った。

 汀はまた来ます~、とまた私の手を握り次へと行く。ふふ、幸せの町、幻の町だってさ、とご機嫌のまま化粧品屋へといく。

 化粧品屋は大きなブースを担っていて、私の知らない色んな化粧品を扱っていた。

汀は手持ちの化粧品は母親から社会人になる時に身だしなみとして揃えられたものばかりだから、ゆっくり見たかったんだよね、と私にいう。店員が近づき汀に話しかけると、まずおかけください、と席を用意する。

 今日はどうしたのですか、と言う店員に、どんな化粧品を揃えたらいいかなって考えてました、と汀。化粧品を買うのは初めてかしら、と店員。どこか清楚ながらに艶やかさを兼ね備えている。汀も店員の容姿にうっとりとしている。母が買いそろえてくれた化粧品を少し、というと、今あるかしら、と店員が促す。汀は小さなポーチから数点の化粧品を出す。店員は化粧品を見ると、あら、うちのメーカーのものだわ、お母様にお礼いわなくちゃね。でも、お客様には少し、地味な色合いかしら。といいながら、汀の顔をじっと見る。赤面した汀の顔を見ている私はすでにニヤニヤしていたに違いない。

 店員はあら、旦那さん、にしては若いわね。女の子がどうきれいになるか、見ててごらんなさいというと、汀の顔が見える側に小さな椅子を用意して私を座らせる。

 店員は、今日は化粧していないのね。唇にグロスを塗った程度、かしら。と言いながら顔に化粧を施していく。汀はそうです、と顔をさらに赤らめる。店員は、お客様の肌、とても透明でくすみが全くないから、ファンデーションはもっと明るめがいいわ、と話す。目も大きくて、まつ毛も長いから羨ましいわね。目の上に少し、明るいチークを乗せると、ほら大人びていいわ。目尻のところは少し黒を入れて、横に長さを見せて・・あらやだ、思った以上に美人だわ、と半ば楽しそうに化粧をしていった。

 10分もしないで、いいわ、素敵よ、という店員。化粧を終えた汀は、先ほどよりも大人びている。ちょっと名の売れた女優なんかよりよっぽど綺麗で、でもどこか、可愛らしくも見える。店員がほら、自分の目でみてごらんなさいと鏡を差し出すと、映し出された自分の顔に汀は感激し、写真を撮ってと私にせがむ。いやいや、もうさっきから自分の記憶にしっかりと焼き付けてますよ、という心の声を後目に、何枚か多角的に写真に写す。汀は取れた写真にも満足したようで、店員においくらですか、と聞いていた。店員は目を丸くすると、笑いはじめ、あなた良い子ね、持って帰りたくなっちゃう、と汀を抱きしめてた。店員はここまではサービスなのよ、化粧品を売るための販売戦略の一つなの、といい、化粧品を三つほど用意した。

 私が使用した化粧品はあなたが持つ化粧品とこの三つ。使った物と順番は覚えているかしら。汀はうなずく。私はこの三つで、あなたでもこういう化粧ができるという提案をするのが仕事、買うのも買わないのもあなたの自由なのよ、と汀にいう。

 汀は私に目をやる。いや、もう目が欲しいって言ってる、そう思うといいよ、とだけ言って化粧品を買い求めていた。5千円にも満たない買い物だったが、満足する汀をみて私も満足をする。店員は、しばらくはその化粧品でバリエーションも少し楽しめるだろうから、また飽きたり肌がくすんで合わなくなってきたらいらっしゃい。

それにしても、ふふ。本当にあなた、綺麗ね。久しぶりに綺麗な人を手掛けたわ。ありがとうございます。と私たちに言った。汀はまた来ます、というとその場を離れた。

 その後は靴屋、雑貨屋、服屋とめぐる。服屋では入るなり店員が数名つきっきりになって、え、かわいいんですけど、何か芸能のお仕事なさっている方ですか、とか女優さんじゃないの、こんなに可愛くて綺麗なのに、とちやほやされている。売り文句だろうとも勘ぐっていたりもしたが、ブース内に私たち以外のお客さんがいないのを確認をすると、店長のプレートつけた女性店員がブース外に(準備中)とかかれたチェーン付きの案内板をかかげ、店員とともに汀を囲む。

 何が始まるんだと構えると、店長は、この子しかいないわ、みんな、どう思う、と突然話を始めた。従業員たちは断然この子よ、といい、とある従業員はあぁ、もう女神にしか見えない、と祈りを捧げる始末である。

 私は店長に、すいません・・。何が何だかよくわからないのですが、というと、店長は、あ、そうですね、すいません。と概要を話はじめた。

 一枚のビラを差し出した。「貴女が私たちのPR女優に」というキャッチコピー。

店長は、簡単にいえば、この服屋のPRキャラとしてお客様を募集して、採用されると隣の美容室利用料を無料で進呈するから、この服屋の服をきてPRの写真撮らせて頂戴、というイベントですね。募集条件は募集する際の服はここから購入した服を着る、という条件。すでに何枚か来ているんですけど、どの子も普通、でして。

 私ははぁ、と緩い相槌をうつ。店員のうちの一人が数枚の写真を奥からもってきて、差し出す。店員が、ほら、この子。この子なんかのコーデはこの店でも一推しのコーデなんですけど、服に負けちゃっている、というか・・。

 店長は、締め切り明日なんですけどね、この数枚の子たちからは選べないなぁ、というのが本音なんですよ。ここの看板になるわけですし、費用もこちらもかかってますし・・。言えば言うほど、店員たちが落ち込んでいく。

 そんな中いらしていただいたのが貴方。そうあなたなんですっ。と汀の手を握る。

汀はうぇぇえぇえ、と今までにない反応を示す。私はそれで、つまり、どうしたら、いいのですか、と聞いた。

 店長は、そんなの、決まっているじゃないですか、とにやりと笑う。汀はピーンと来たようで、つまり、この紙に書いている、女優っていうやつに、私がなればいい、ということでしょうか、というと、店長は涙してうなずく。そうです、さすが女神様、ご理解もお早くてらっしゃる、と言うと、それで女神様、やっていただけますか、と汀に問いかけた。汀は簡単に、はい、私でいいなら、と請け負った。

 店長と店員数名は汀に土下座して歓喜の意を伝える。汀はちょ・・、そんなことしないでくださいよぉ、と困っている。私は冷静に、思った。あぁ、別の意味でやべぇ店に入っちゃった、と。


 店長と従業員はその店の一推しのコーデ一式を持ってくる。初夏に向けての服は全身が純白のキャミソールワンピース。胸元にはかわいらしい蝶結びのリボンがあり、背中は大きく空いている。腕と胸元はふわりとした作りで、首元から鎖骨もしっかり見えるよう。もう一つは白のストールで、背中と肩口を覆いながらも、キャミソールを邪魔しないように手掛けられている。

 

 一人の従業員が手際よく試着室へと持って来る。もう一人はブース外で周囲の警戒をし、店長は隣の美容室へ。汀は小さなバックを私に渡すと、試着室へと連れていかれて、皆によろしくお願いします、と礼をされると、歯がゆそうにカーテンを閉める。来ている間、店長は従業員たちと雑談をする。私はそこいらにある服を見ながら、時間を待つ。

 やがて試着が終わったと、カーテンが開けられた。まるで女神。もう、女神。

 一人の従業員は吐血するしぐさをみせ、もう一人は大丈夫よ、傷は浅いわ、と子芝居を始めた。店長は肩を震わせており、一言。尊い。もはや、尊い、とだけ言うと従業員たちは女神様、と崇め奉るように土下座をする。

 赤面の汀はもう言葉が出ない。この光景を、いったいどうして動画にでも収めていなかったのだろうと、後悔もする。


 店長は一言、決まりね。じゃあ行きましょうかと、隣の美容室に私と汀とを連れていく。美容室のオーナーは、なんだその子は、レベチクラスじゃないか、と驚嘆している。店長は美容室奥にある、撮影場へと連れて行くと、私にスマホがあるか、と聞いてきたので私が差し出すと、写真数枚とるわよ、と写真をバシバシとっていく。あっけにとられる汀に、もっと向こう側を向いて、そう、遠くをみるように、いいよ、手も合わせてみようか、あぁ、かわいい、かわいいよと、変態レベルの写真撮影が行われる。美容室のオーナーは、こりゃしばらくこの子を超える子はでないな、と話をすると、写真を静止させて、店長にイミテーションのネックレスを差し出した。オーナーはそんなんじゃいい被写体もだいなしだろう、と、周りにあるスポットライトを汀に向ける。ライトは見ないで、そう、こちらを見て、いいね。ほら、ここにいる彼氏を見つめて。いいね、と2、3枚写真を撮り、撮影が終わる。

 店長はオーナーが撮った写真を私のスマホに転送させて、私のスマホの写真とオーナーの写真を、私のスマホから服屋のSNSアカウントに投稿させる。

 オーナーにサンキュ、と伝えると、オーナーは汀と私の名前を聞いた。聞くと名指しで、後で立ち寄ってくれ、とだけ言い、店長にはいいか、ビール3杯だぞ、といった。店長は1軒分奢ってもつりがでるよ、といい、オーナーはちげぇねえ、とその場を後にした。服屋に戻ると、警戒していた店員から、お客さんを数名、ちょっと時間を追って来てと話した、と報告された。店長は鎖と看板を外して、中に入る。中には既にアップされたSNSのデータがある旨を本部に報告していた。店長は汀に、今日は本当にありがとう、もう君以上の逸材はしばらく出てこないだろう、本当に君は私たちの女神様だよ、と真顔で伝えていた。汀は、いいえ、私と皆様が巡り会えました事、全ては神の思し召しです、と笑顔で答えた。従業員の一人は昇天しかけてます、私といい、もう一人は尊い、といい、もう一人は女神様、という。私は、なんだろう、この世界は、と思いながらも、きれいな汀をずっと見ていた。


 衣服を返そうと、汀は試着室に赴こうとした。店長は前に立ち尽くすと、紙袋を汀に差し出す。紙袋にはきれいに畳まれた汀の私服が入っている。汀はどういう事ですか、と尋ねると店長は一言。その服は、店のディスプレイとして、店舗が本部から取り寄せたもの。商品はすべて売り切れているし、今あっても仕方がないもの、でもある。次は真夏の服へと切り替えられるし、その服は貴女が来ているのがふさわしいと私は考えた。従業員たちも同じ意見でね、さっき試着室にいるときに、私の考えをこの子達に伝えたのさ、あとは試着室から出たら行動で答えを出しな、ってね。

 こちらに帰ってきたときに、すでに試着室の衣服は片付けられていて、紙袋にまとまっているのも見えたからね。もしも試着室に私服が残っていたなら、着替えていってもらう、という流れさ。ディスプレイとはいえ、しっかりとした作りだ。素材もシルク100パーセント、地元の産業物さ。ぜひ、着て行ってほしい。

 私は、店長、キャラブレしてますよ、と思ったが、汀はありがとうございます、と涙を浮かべた。せっかくだから、数着服を買う、と汀はいい、女神様と崇拝者の戯れ、のようなひとときを、私はゆっくりと堪能した。


 服屋を後にすると、隣の美容室へと足を運んだ。ちょうど一人のお客さんが帰るころで、オーナーと従業員一人が見送りをした頃合いであった。

 オーナーはおぉ、陽と汀。お疲れ様。お、あの服、もらったのか。そりゃ仕方ねぇな、汀は女神様みたいだもの、なぁ、陽、と一人で話し、同意を得ようとしている。

 私は、そうですね、月から舞い降りる女神様は、汀程に美しいでしょうね、と笑って見せた。汀は私から聞くそんな言葉に涙を浮かべている。

 オーナーはへぇ、面白い事いう青年だな。ところで、二人とも歳はいくつだ、と聞いてきた。私たちはそろって、18です、と答えると、オーナーは、あと二年か、と言う。なんのことだろうと考えていると、オーナーは一枚のパンフレットを見せてきた。着物屋と美容室のコラボイベントで、成人式にむけた写真イベントのようだ。

 オーナーは、坂田の成人式は年々人が少なくなっていて、男女ともに写真で収める事も少なくなってきていて、と話し出した。それで着物屋も販売とレンタルを開始して、こちらは着付けと髪のセット、それに写真を2部、さっきの撮影室で撮ったのを額に入れてのセット販売を手掛け始めたんだが、昨年今年とPRが弱くてね。美容室はいくらでもあるんだけどさ、着付けと髪セットだけ、というのが主流だろ。一方の着物屋ってのは年々少なくなってきているんだけど、着物を着る子達がそもそも少なくなっている、というのも背景にあってね。ここいらで奇麗な子と清涼感ある子でPRの写真撮ってみようか、と話しがでていたんだよ。ところがそんな子、普段いないだろ。そこで悩んでいた所に服屋のイベントだよ。俺は絶対服屋の店長が可愛い子を連れてくる、と賭けてたところに君たちが来た。もうこの子達しかいない、って思ったよ。汀はさっき言った通りの感想だが、陽。陽は凄く爽やかなイメージあるな。この二人なら着物似合う、と踏んだんだよ。そんな話だった。


 汀は、陽の着物姿、かっこいいんですよ、と言い始めた。私は着物なんか来た事・・と思っていたが、汀はスマホを取り出すと、四季祭で舞う私の様子をいつの間にやら写真に収めていた。

 オーナーはへぇ、初めて見る着物だな、というと、汀は春の纏、と私たちは呼んでいるとオーナーに伝えた。オーナーはなんかあれだな、神がかっているな、というと、私はそうですね、神事の催の纏ですから、と答える。

 オーナーは神事・・と、いまいちわかっていないようだったので、簡単に、村は四季折々に神事の催しがあり、催しと冠婚葬祭には必ずこの纏を着て、神楽を舞うのが風習です、と話をした。オーナーはへぇ、今流行っている、幻の村の話に良くにた話だな、と言われたので、私たち、その幻の村の出身なんです、と伝えると、おぃおぃおぃ、なんだって、まじかよ。おい、お前、この前俺に言っていたよな、幻の村、幸せの村、ってな話をよ、と従業員に話をする。奥で清掃している従業員がこちらにやってきて、オーナー、急にどうしたんすか、この前はそんな村あるわきゃねぇだろ、と一蹴していたのに、とオーナーにいう。

 いやいや、この子達、その村の出なんだとさ、この写真みてみろよ、と従業員に促す。頭を掻きながらこちらにきた従業員は、最初こそ面倒くさそうに見入ったが、数枚の写真を食い入るようにみると、言葉にならない感嘆をあげはじめた。

 なんか、俺たちの村って誇張されてないか、と汀にいったが、汀は幻ってのはそれこそ、こちら側からすれば幻だろうし、村の生活様式もこちらからすれば幸せの村に見えるんじゃないかな、陽や私はそう感じないだけの話で、と話した。

 オーナーは先ほどの服屋の店長を呼び、こちらに連れて来た。服屋の店長はあ、女神様達、こんなむさい男に捕まってどうしたのさ、と話をする。

 オーナーは幻の村の話をしはじめた。服屋の店長は当然のように知っていて、説明をするに汀のスマホを店長にみせながら、私たちがその出身だとしると、腰を抜かしていた。か・・・神・・様・・じゃん、もはや存在が。というと、私はすかさず、いやいやいやいや、さすがに言い過ぎです、汀の可愛さ奇麗さが神レベルなのは当然ですが、村はそこまでは~・・・と言ってから来る静寂さ。汀はみるみるうちに赤面し、私はやっちまった感を出しながらへたり込んだ。

 オーナーと店長、従業員は若いっていいな、と言いながら話を戻す。

 して、成人式は君たちの村はしないのか、と聞いてきた。私と汀は顔を向けると、それは元服の儀、という儀式です、と答えた。私は続けて、元服の儀は成人なる18の者たちが集まり、神に神楽雅楽を奉るんですよ、と話した。オーナーはこういった着物は着ないのか、と店先に展示してある成人式の着物を見せた。汀はこういった着物を着るのは隣町とかからの縁談がある場合、隣町の文化に合わせるに着物きた写真で紹介される程度と聞いた事がある、と話をした。

 そうか、君たちはそれじゃあこういった着物を着る機会もない、ということかと、含んで話をした。私と汀はあまりピンと来ない事をよそに、店長は先程オーナーに見せたスマホの画像を食い入るように見る。

 ねえ、幻の村って、もしかすると望月の事なの、と店長がいう。私と汀はそう、ですけど、と相槌をうつと、なんだ、望月の事かぁ、とまたまたへたり込む。

 おいおい、望月って・・。お前、知っているのかとオーナー。店長は、この着物、私の実家にあるんだ。私の爺さんと婆さんのもの。赤と、白の二色でさ。昔話のように二人から聞いていたんだよ。爺さんと婆さんの昔話だから、そこいらにあるおとぎ話だと思っていたし、着物も紅白だから、昔の着物はこんなだったんだろうってくらいしか思ってなかったけど。そうかぁ、望月の人なんだ。なんか、本当にあるんだねぇ。こういう事。としみじみと語った。なんか、ありがとうね、とスマホを汀に渡しながら返す。

 オーナーはオーナーで心当たりがあるようで、スマホを取り出し一本の電話をかける。相手はどうやらオーナーの父親のようで、二言三言と話をする。しばらく前から開発事業やら復興の話やらしていただろ、おやじ。そうそう。陽と汀って子達が今店に来ているんだけど・・・。そう。・・ぁあ。わかったよ。

 電話を切ると、オーナーはこう話した。工藤って、町の議会議員いるだろ。土建屋とかけもちの。あれな、俺の親父なんだ。

 私と汀は二人の望月との関係にただただびっくりをしながらも、こうも縁がつながる事にも感謝をしていた。

 オーナーはこう話した。親父とこの前話をしたんだけどよ、二人の産まれた町って、今大変みたいじゃないか。確か村全部避難して・・って聞いてるぞ。

 私と汀は頷いた。続けてオーナーはそうか、じゃあお前たち、その元服の儀っていう儀式はやったのか、と聞くと、今年の年末、冬の時にするんですけど、難しいと思いますねぇ、と私は答えた。汀は少し、悲しい顔をしてみせていた。

 オーナーは少しばかり考えた。服屋の店長とぼそぼそ話をすると、私たちに笑顔でこういった。お前たち、今年から村に帰るまでの間で、その元服の儀ってのをこっちでやってみないか。その時の纏って着物はこの店長が話をつけるからさ、どうだ。

 汀はやりたい、と話をした。私は父や村の人たちにも相談してみます、と付け加えた。オーナーは自分の名刺を差し出した。お前もだせよ、と服屋の店長にいうと、あんたの為じゃないからね、女神様のためだからね、と言って名刺をそれぞれ貰った。オーナーは見返りとしては、あれ、と着物を映した写真を見せる。つまり着物を着て写真を撮らせて欲しい、という事だろう。私たちは快く受けた。

 服屋の店長に、纏いは、出来るのでしょうか、今年は10人程おりまして、と話をすると、あの纏いっての、あれが私を服屋の道に導いたんだ。と話始めた。

 纏いの装飾が煌びやかと昔から思っていた店長は、纏いのほつれを見つけたのをきっかけに、あちこちの服屋に回った。やがて素材が見つかってね、それはこちらでしか作れない地元のシルクで縫われているのがわかったんだ。そのシルクがとてもとても綺麗で、地元のシルク素材を使用した服だけの服屋を作ったんだ。女神様が来ているその服も、纏いと同じ素材なんだよ。纏いの型は実家に実物あるからね、それを元に作れる。確か・・四色だったよね。後でその写真借りる事になるけど、もしもっと写真があるなら、さっきのSNSにあげて頂戴。みとくから。話は思いがけない方向に向かっていった。

 私と汀は二人に連絡先を伝えると、二人はじゃあまた、今日は色々ありがとうね、と手を振った。私は深くお辞儀をして、汀は大きく手を振り、美容室を後にした。


 時間は既に昼過ぎていた。あっという間だね、と汀は言うと、おなか空いちゃった、と指を差す。指を差した仕草は先程の私服よりも更に可愛い、という話をよそに汀は指を差した先のフードコートへ私の手を取り向かう。

 フードコートはフロアの中心部に近いところにあった。私たちの食文化にはない食べ物ばかりが写真で並べられどれもが美味しそう。

 汀はあれ、というと私の手をグングン引いて進む。列をなした先はハンバーガー屋で、並びながら掲示板を見てどれにしようか、あれも食べたい、これも食べたい、と子供のようにはしゃいでいる。着ているシルクの素材がはしゃぐたびに揺れる。光を浴びれば七色にも光り、化粧をしたいつもよりさらに綺麗な顔と、はしゃぐ様がもう女神そのもの、といった感じである。

 順番になると、ポンポン頼んでいく。おいおい、そんなに食べるの、というのをよそに、ジャンクな食べ物がなかなかな量で出てくる。

 空いている席へと運び、私たちは手を合わせて頂きます、と目の前の食べ物と対峙をする。汀はいつものように美味しいね、これ美味しいよ、と私に言い、私もそんな汀を見ながら美味しい、美味しいねと、結局しっかり食べ終わった。

 私たちの周りになぜか人が集まっているのは気のせい、という事にしておこう。。


 女神様・・人を・・引き付けすぎです・・。


食べ終わると食材を買い込んだ。明日も休みだし、今日は夜何にしようと、汀は鼻歌交じりで買い物を楽しむ。私はあれ食べたい、これ食べたい、という汀の注文通りの食材をあつめ、それでも二人分程度の荷物はさほどの量にもならなかった。


 買い物終えると、フロア中心部にある、大きな吹き抜けに目をやった。

2階は子供の広場となっていて、玩具と子供服と、遊び場とがそれぞれあるようだ。

 吹き抜けの中央部には、少し大きなステージがあり、近くに行くと、立ててある看板には(ご自由にお使いください)と記されていた。注意事項がその下に書いてあり、他のお客様のご迷惑にならないようご配慮くださいとも記載されている。

 陽、ここ、迷惑かけなければ何してもいい、ってどんな事をするんだろう、と汀は問いかけた。私はさて、なんだろうね、とやり取りをしていると、看板の隣のベンチに座っている老夫婦が、そのステージは例えばダンスとか、踊りとか、たまにピアノも置かれて、ピアノが弾かれたり、学生たちが歌をうたったり。本当に突然誰かが何かを見せたい、聞かせたいというときに使われる場所だよ、と話してくれた。私と汀はありがとうございます、と礼をいうと、老夫婦は照れくさそうにはいはい、と答えた。

 汀は店長とオーナーさんと、あと化粧品のお姉さんにお礼したいな、と話をしだした。この子はたまに突拍子もない事いいはじめますよ、それが今ですよ、と私は心で叫んだりもしたが、可愛いんだもの、要望に応えますと言わんばかりにじゃあ何でお礼をしようかと、汀に言う。

 汀は今日は私、こんな格好だから舞は舞えないけど、歌えるから、陽は舞を舞って欲しいな、と言い始めた。はい、フラグ回収ですよみなさ~ん。

 じゃあちょっと店長とオーナーと化粧品のお姉さんとこ行って、少し時間作れるか聞いてこようか、というと、私も一緒に行くと手を繋いでカートに買い込んだ荷物を乗せていく。先ずは化粧品のお姉さん。みるなりわぁ、凄く素敵な衣装。あそこの服屋さんのね。凄く・・・神々しいわ。と驚かれたが、あそこの舞台でお礼に舞を舞うから5分もしたら来てほしいと伝えると、あらあら、舞とはなんでしょうね、もちろん行くわと答えた。服屋に至っては女神様ご帰還、と更に崇め奉られたりもしたが、同じように話をすると、服屋にいた客もつれてでも必ず行きます、女神様と従業員達はバタバタと用意する。美容室いけばオーナーと従業員もついてくる、といい、セット中の客も一緒にいきましょう、料金は安くしますから・・って巻き込んだりもしていた。

 5分もすれば皆が集まった。買い物袋と汀の小さなカバン、私服の入った紙袋を服屋の従業員達に預ける。命をもって守ります、という事を言う人たち。ここの服屋さん、なんかいい。

 

 二人でステージに立つ。舞台には吹き抜けから差し込む光が集まり、汀の衣服は七色に輝く。汀の眼を見て、すうっと息を吸った瞬間。

 私は大きな拍手を打ち、一歩目を力強く踏む。その場の空気が弾け、一気に静寂が訪れたとき、光の真下で私は舞い、汀は歌う。


 舞の一節も終わる頃合い、二人の男女がステージへ飛び込んできた。見たこともある、洋介たちより幾分若い二人は小声で、もう一節いきましょう、と言うと、3人の神楽と一人の歌い手は先程より更に力強さをみせ、加えた一節は終わりを迎えた。最後の一歩で終わりを告げると、差し込んでいた光は更に強くなり、やがてすうっと光は引いていった。

 私たちが一礼をすると、大きな歓声が舞った。飛び込んできた二人は望月から旅館に来ていた村人で、たまたま旅館の買い出しを頼まれてここに来ていたそうだ。久しぶりに汀の歌が聞こえたから来たら、舞が舞われていたから飛び込んだ、と話をした。二人は汀に、汀ちゃんの歌声は本当にきれいだね、服もすごく素敵だわ、と褒めるだけほめると、陽の舞も最高だったよ、また会おう、と颯爽と去っていった。

 ステージから降りると、オーナーがすげえな、初めてみたよあんなの、と興奮気味に言った。化粧品のお姉さんはなんか泣いちゃっているし、服屋の従業員達は湿疹寸前だ。服屋の店長は何かをいいかけたが、まずみんな、美容室に逃げ込むよ、といいうと、汀の手をとり美容室へと走り出す。服屋の従業員達は汀の手荷物と買い物袋乗せたカート毎持ってきて、化粧品のお姉さんは古典的にあ、あの人、と真逆を指を差して後を追った。美容室の従業員はカット中の客を連れていき、オーナーは一番最後の殿としてゆっくりと美容室へ向かう。

 どうやら、私たちは追っかけを作ってしまったようであった。


 美容室に逃げ込むと、最後、オーナーが扉をしっかりと閉めて施錠した。

 みなさほどの距離を走っていないながらに息をきらしていたが、やがて服屋の店長が笑い始めると皆で笑う。私と汀は啞然としている。

 化粧品のお姉さんはあら、私までこっちに逃げる必要もなかったじゃないの、と言ったが、オーナーはいやいや、好都合かもしれないぞ、と話をする。

 従業員は客のカットをし始めると、お客さん、しばらく帰れそうにないっすよ、どうやら、と客に言う。客はいや、すごいもの見れたし、みてよこれ、もう上がっているわ、とSNSからピックアップしていく。

 ショートムービーとして挙げられたSNSの多くにはこう記されていた。


 女神と守護神降臨。

 

 挙げているのは見ていた来店客のうちの数人程度だろうが、みな撮影にエフェクトも用いていて、汀はより女神のように翼をつけられて、私は拍手の時の場面で空気が弾ける様をエフェクトで表現されていた。動画はどれも最後までを撮影されていて、最後の静寂まで見事に一つの作品としてアップされていた。

 動画の再生回数は徐々に増えて言っているようだ。これは落ち着くまでは大変だぞ、とオーナーが言うと、服屋の店長が美容室の外をゆっくりと除く。

 ここの美容室はしっかりと外野から見えない設計になっている。近年はオープンな美容室が主流だが、オーナーは客が切られている様をどうして他から見られなきゃならないんだ、という古い考えの人。

 美容室の周りはさほどの人はいない。隣の服屋にも人気は感じられない。

 ただ気掛かりなのは、先程から行き来しているひとが、いつもより多い、という事であった。店長は、こりゃ、女神様たちを探している人が数名いる、という感じだね、と言った。そりゃこんなにきれいで可愛くて素敵な子があんな感じで歌うだけでもバズるものを、更に青年の舞。あれは本当に神々しいよね。見つかれば悪いことをされはしないけど、知らない子達に写真せがまれたり連絡先交換されたり、結構大変かもね。さて、どうしようか。と悩む。

 オーナーは作戦を考えた。先ずは化粧。丁度化粧落としのサンプルがあるから、化粧品のお姉さんに化粧を落としてもらう。次に隣の撮影室で元の私服に着替えてもらう。今髪をセットしている従業員と陽の背が似ているから、服を取り換える。帽子があればなおいいんだが・・と言うと、服屋にサンプルのキャップならあるから、それでごまかせるかも、と言うと、オーナーは決まりだな、と話をした。

 大きなシャワー台に汀を座らせると、お姉さんはコットンでしっかりと化粧を落としていく。いい、落とす時は手間でもこうやってコットンに一度洗顔料落とすのよ。折角の透明感ある肌が台無しだからね。落とし方も丁寧に教えると、オーナーはお湯加減を見極めて、汀に申し訳ないが、このまま直接顔にかけてくれ、とタオルを用意する。ゆっくりと洗い流すと、オーナーはタオルを汀の顔にあてる。タオルで拭き取ると、いつもの顔が覗かせる。化粧が落ちた事を確かめた化粧品のお姉さんは、じゃあ、皆様、ごきげんよう。と、美容室を去る。出るときも解錠から用心深くし、ゆっくりと扉を開けて出ていった。

 続いて服を着替える。化粧落としたら天使が舞い降りた、という従業員達を店長は促しながら、服屋の従業員が店長除きで皆店にもどり、一人はいつの間にか閉ざしたチェーンを外し、さもいつも通りを演出する。もう一人はあたりを必要以上に注視をし、もう一人はそそくさとサンプルのキャップをもってこちらに届けると、店に戻り三人はいつも通りの業務に戻った。

 店長は汀が脱いだシルクのキャミソールワンピースを丁寧に畳み、汀の私服を入れていた紙袋にそっと入れる。ストールを上からフワッと入れると、紙袋につけていた雨よけのビニールを紙袋にかける。埃よけにもなるから、というと、サンプルのキャップを汀に被せ、ついでと言わんばかりに汀の頬にキスをする。また来てよ、女神様にあう服を用意しとくからさ、といい颯爽と出ていく。美容室にいる一人の客はキャーっと声をだす。

 オーナーと従業員は入れ替わり、さっさと着替えろと言うと、私と従業員はそそくさと着替える。従業員が来ていたシックな服は私の体にぴったりで、私が来ていた私服も従業員にピッタリとあう。オーナーはお前、爽やか系いけるぞ、と従業員をちゃかすと、私たちを美容室の外へと連れ出す。従業員と客はまたと言わんばかりに手を振って見送る。

 私たちの手荷物を乗せたカートと紙袋と汀の鞄をオーナーは私たちに渡すと、後で連絡するから早くいけ、あっち側から出ろ、と指を差す。モールに入ってきた方向とは真逆を差す指の先は、正面出入り口に比べて半分位の出入り口があり、そこから出入りする人の数は数える程もいない。私たちはオーナーに深くお辞儀をし、出入り口付近のカート置場にカートを置いて逃げるように外へと飛び出した。


 外へ出ると、すっかり夕暮れの装いを空はしている。今までの騒ぎが噓のように周りは静かで、遠くからは子供の笑い声が聞こえてくる。私は汀の手を繋いで帰る方へと歩き始めると、汀は肩をふるふる震わせている。私もなんだかこみ上げてきて、二人で大きく笑い出す。面白かったね、いい人に出会ったね、美味しかったね、また来ようね、と二人で笑いながら言いあう。

 帰れば買ってきた荷物を片付ける。化粧品はいつも持ち歩くポーチへと移し、数着買った服は広げてみせながら、ハンガーにかけ吊るしていく。服屋にもらったキャミソールワンピースとストールは、ハンガーにかけてから丁寧に大きなビニール袋に包み、部屋の一番目立つところにかけた。

 簡単に夕飯を作り、二人でご飯をたべながら、今日あった事を思い出しては笑い、笑うたびに光る純白な七色の服は、時折光を強くしながら、キラキラといつまでも光を照らしていた。

 

今日という特別な日常は、新たな日常に生まれる特別を描き出す。

 

 


 

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