第二章第4話 広がる新しい世界

 飯場ではそろそろ食事時ともなろう頃合い。洋平達と望月の村長、議会議員が一斉に旅館の広間に集まり、陽子たち女性陣達と食事の準備を始めた。

 工藤と町長には一室づつの部屋を用意し、少しくつろいでもらっている間、自分たちの分も含めて準備をしていく。こういった時でも皆はまるで自分たちの自宅のようにどこに何があってどのように用意していくかと四苦八苦する事は無かった。宴の折には皆で用意もするし、男女問わず料理から片付けまで一連の流れのごとく行っているからであった。 

 一通り準備が整うと、工藤と村長に声をかけ一同に席に着く。町長が本日はこのような席を設けていただき・・などと話を始めると工藤が、お前はそういつでも固いのが難点だなと一言。工藤が改めて、今日は固くなく腹をわって話したいから皆そのつもりでと盃を挙げた。皆も習うと工藤が乾杯の発声をし、盃が交わされた。


 工藤が一口飲むと、村の村長、議会議員に昼間の話を要約して話をし始めた。

 道路にしかり、旅館の改装にしかり、議会の面々はあっけにとられてはいたが、議会としてのなすべき事はもう決まっているとでもばかりに、酔いも回らぬうちにと各々が手記に収める。村長は三日もしないうちに申請させて頂きますよと鼻を若干荒くして工藤と町長に言った。二人揃って任せろと言わんばかりに盃にて答えた。今日の酒は一杯分だけ、お神酒を用意していた。工藤は幾度か飲んだことがあったが、息子である町長は初めてで、お神酒の風味や味にえらく感動していた。 


 工藤は突拍子なく、酒もそうだな、この村の特産品に組み込めないだろうかと言ってきた。望月では酒を作っていない。いや、正確にはある。あるにはあるが、外に出せるものではない。神事の際に使われるお神酒が村で育てられた米で作られているものがある。米・米麴・水でのみ作られ、発酵したものを綿でこしたものを使用している。今日の一杯がそれにあたる。豊穣祭の時は綿でこさないでそのままのにごり酒を使っている。

 村の者たちで神事の際に一人一杯程度わたる程度しか作っておらず、普段は坂田や小宝寺の酒蔵のものとビールとこってり銀龍という地元の芋焼酎を飲んでいる。

 工藤の会社は一年のうちの半分以上をこの村で過ごし採掘の事業をしてきたので、お神酒を飲む機会も多くあったからこの存在を知っていた。

 工藤は、坂田や小宝寺の酒も俺は好きだし、飲む量からすればそちらの方が断然多い。だがここのお神酒、これは格別だ。仕込み水もきれいだからなのか、神事の際のみの稀少品だからなのか。特別なものがある。これをよ、もっと多くの人に飲んでほしいよなぁ。いや、最初はこちらに宿泊する人に特別だす酒って感じでいいと思う。

そうすると人は家でも飲みたいと思うだろ。まぁ、特別なものだからそう軽々に判断する事でもないんだろうけどよ。

 洋平は少し難色を示した。お神酒は神の為に作るもので、お神酒は清らかなものであるから利を求めるものではない、という考えがあったからである。

 とは言え望月のお神酒が特別で格別なのは自分たちがよく知っている。透き通る味わいの中に米の甘さと荒々しさもあり、どの酒よりも旨いと洋平も思っていたからである。

 町長はまぁまぁ、すぐに取り掛かれる内容でもないでしょうし、この町の場合もう一つありますでしょ。ネットワークの構築という問題も、と話しはじめた。

 浩太がそれはいったいなんでしょうかと聞くと、町長はこう話しはじめた。この望月の最大の弱点は、情報の受発信です、ときっぱり言い切った。つづけてこう話をした。現代においての情報は需要を促す最高のツールとなっております。写真・動画・様々なSNS。この時代は口コミがSNSで成り立っていると言っても過言ではない。そんな中で観光業を営むと仮定したときにですよ、SNSどころかネット回線が普及していないところはリアリティに欠けてしまうんですよね。と。

 工藤はネットなぁ。俺は嫌いなんだよな。とボソッと言ったが町長はそれが坂田の為にもなると言ったでしょう、と釘をさした。

 町長はこう話した。今回の事業計画の話は坂田にとっても利がある話です。望月の交通網は坂田を経由してのみしか往来が出来ず、坂田は望月に行く側から見れば玄関口そのものです。望月の繁栄は坂田にとっても繁栄を意味します。仮に望月が観光で栄えた時、望月は町全体で考えてもキャパシティが限られます。人を多く入れてるほどの面積を有しておりませんからね。宿泊施設を大きくしてもせいぜい今の倍まで増やせるかどうか、という所がありますから。であれば、往来がしやすい環境と設備を坂田でも準備しておきさえすれば望月は人の往来が増え、坂田も観光の拠点として栄えます。この時に今必要なのが道路・旅館。ここについでに回線設備も整えちゃえってな話ですよ、と淀みなく話す。

 洋平達はネットとかSNS等、とにかく疎かった。というより望月は現状ほぼ無いに等しい。学校と役場で使用する程度で、普段は連絡手段も無線。スマートフォンは隣町に通う連中が持っている程度だし、望月は電波が入らない。町長は喫緊の課題ですよと強く言った。

 洋平は、それで、具体的にどうするのですか、と聞いたら、工藤が話し始めた。

 

 先ずは俺たちの事務所を構える。流石に道路と旅館と両方だからな。こっちにも事務所ねぇと色々不便だ。旅館の敷地内に小屋建てる。これは二週間あれば用意出来る。今はやりのユニット工法ってやつだな。出来次第は旅館な。旅館の大広間と反対側、今なんもねえとこに大広間を今より大きく作る。そして客室は丁度建物半分までの部分をリフォームする。天井・床・壁・とにかく大元の骨組み以外をぶっ壊す。この旅館は木造だからな、弱くなってる部分は補強して、ばらした木材も使えるものは一回かんなで削ってまた使う。足りない木材はここの林の木材のみ使う。・・あぁ、土台も見てかなきゃな。でよ、今二階建てだろ。それを三階建てにしていく。部屋数を1・5倍にしていくんだな。こんな感じで左右を増改築していくんだ。最後この大広間の向こう側は玄関と階段と受付部屋だろ。そこは三階までの階段になるんだが、吹き抜けにして天窓つくっちまう。せっかく月が差す町なんだからよ、月が見えるようにしても面白いと思ってよ。でな・・・・。

 と、旅館の増改築の全貌を今日獲れた魚食べながら、酒を飲みながら話をしていく。洋平達は既に目を輝かせていたが、旅館の主人と翔環は特に聞き入っていた。

 

でよ、この間に坂田側の鉄道のトンネルあるだろ。あの鉄道のトンネルの山側に、鉄道と全く並行でトンネルほっていく。トンネルは坂田側から掘る。重機があっちにあるからな。望月側とつながるのに半年かかるかな。つながったら、鉄道と道路をつなぐ非常口を何個か用意する。これでどっちかに何かあってもどうにか出来る。あ、言っておくけどこの間は鉄道使えなくなるからな。今ある道路は使えるから、坂田と望月を鉄道で行き来しているやつの為に臨時バスでも手配しておこう。時間が鉄道より倍かかるからそこはちゃんと言っておけよ。それで、鉄道は今のディーゼル式から電気とディーゼルの両方使えるバイモード車両に切り替えて、望月の風力発電を元にした電気で走行させる。走行用の電気ともう一つ、送電用の電気を鉄道側のトンネルに這わせて、今ある鉄塔の系統を廃止する。もうだいぶ古いからな、あれ。送っているのもずっと向こうの町だ。なんかあったらどうしようもなくなっちまう。その点、山の中に組み込んじまえば非常時にも耐性あるし、系統を坂田の町中に持ってくると坂田も電気強くなる。坂田も発電設備あるし、電気系統もしっかりしているからな。その方がいい。でよ、そのトンネルに太いケーブルも引いて望月までネット環境持ってきちまう。もちろんトンネル内にも電波の中継地点数か所作ってよ。そうすりゃ望月もネット潤うって感じよ。どうだ。


 洋平は思った。なんか昼聞いた内容より話大きいんですけど、と。盛大に心の中で叫んだが相手はそう、おやっさん。こういう人だったぁ・・・と心の中で叫びを納めた。話は更に大きくなっていきやいのやいのと盛り上がり、結局いつもの宴になってその場は盛大に事を終えた。


 翌日にもなれば町長は飲みすぎて青ざめており、工藤はまだ酒臭く、洋平達は漁に出て帰ってきていて、町長と工藤を見送った。


 数日後には望月の議会から道路と民宿の申請が坂田に提出された。申請書は宛名が工藤の名になっており、工藤は受け取ると議会への議題提議案として町長に提出。町長は粛々と町議会にて議案を草案とし提議を議会へ提出。

 議案提議は町長からの提案で望月の旅館で行おうと話が出た。望月の現状を、実際に車で行ってみながら、皆で感じてみてもいいだろうと町長は言った。

 町長は望月に日時を指定し、それから間もなく坂田の議会一同と望月の議会の者たち、そして会社を立ち上げた望月の面々で旅館の大広間で行われた。

 望月はいつもより多めのもてなす料理と酒と客室を用意し、議会は始まった。

 町長が議題の提案をし、根回しを予めしていた工藤が賛成意見を述べて議会の大多数が賛成にまわり議案は可決成立。至って出来レース。今回は大きな予算を動かす事もあり、議会の議員の関係会社が仕事を請け負えるように便宜も図った。バランスを取りながら仕事を事前に配分していたこともあり、議員たちも潤う、町としても公共事業として各業種に振り分けることが出来た。望月の歳入積立金を模倣した形を坂田でも取り入れたのだ。よって誰しも文句を言わなかったし、事実上の談合だったが誰しも何も言わない内容となったのだ。

 この事業にはとにかく多くの事業が携わる事になった。道路整備の専門業者・土木・土建・建築・木工・鉄鋼・電器・電気・通信・製造等々。公費は直接携わる者たちのみではなく、間接的に携わる全ての業種にも公費を充てると坂田は公言。坂田はこの事業に全てをかける事になった。

 話のおよそがまとまった頃。望月の浜は霞が浜と言うに相応しい程の桜並木になっており、春の神楽を捧げている真っ最中で。坂田の議会の人達にも見てもらおうと、北のお社まで村長は連れていった。ちょうど日が暮れる頃合いで、浜に沿って咲き誇る桜並木と、西に落ちかける夕日と、北のお社あたりからぼんやり灯るかがり火とで薄紅色の桜は茜色に染まっていた。波打つ音と雅楽の音色、やがてはっきり見えてくる神楽と歌声は、それはそれは坂田の皆に鮮やかに美しく見えたそうで。誰も言葉を発せぬままにひと時を過ごした。やがて旅館へと戻れば、わっと坂田の皆が称賛しはじめ、これが町長達の残したいものかと皆頷いた。党首でもある工藤は議会の皆に力強く言った。これは必ずや坂田・望月の新しい世界を生み出すものになり得る、と。

 議会の皆は拍手喝采。今まで望月を見ようともしなかった人達もいたそうだが、皆が望月の一端を見た事により、一気に期待が高まっていった。


 翌日には坂田議会の面々は帰路についた。数日後には町の広報やらニュースで取り上げてもらい、大きく町民説明会を開く形をとった。これも望月の手法を取り入れたものであり、坂田は今まで説明会を開いた事はなかった。だが今回は町長自らが町民に説明をし理解を得たいとの思いがあった。


 そして町民説明会。町民の中には町の公費を大きく充てることに対する不満も当然出たのは確かだが、町長は一蹴。坂田の町には既に大きく収入を得れる程のものが無いに等しく、全ての業種業界は下降線で、民間の大企業は撤退し、中小企業は廃業に追い込まれる事もしばしばあった。農業や水産業なども同様で、いくら作ろうが育てようが、安く叩かれるか門前払いを食らうか、本当に厳しい状況であった為、ほかに何があるのかという問いに対して町民は何も言えなかった。


 こうもなってくると坂田の人達も生き残りの為に尽力をつくすと腹をくくった。もう坂田は風前の灯火であることは明白であったためだ。町の若者たちはどんどん都会へ行ってしまった。戻るにも懐を温めてくれるほどの生業など坂田にはなかったのだ。どんどん寂れていく町の様子を、町の大人たちはただただ見ているしかできなかったのだ。町の人たちがこの事業に何か新しい、今までにないものを感じていたのは確かだった。社長は改めて、この事業を成功させていく決意を胸に抱き、詳細な事業計画を提出したのであった。


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