第二章第3話・岐路の先にある世界を見据えて

 年度も変わり、私たちが中学3年を迎えた頃にもなると、隣町の坂田と小宝寺での共同都市宣言の採択に向けた動きが望月にも伝わってきていた。

 新しい体制となった望月の議会は早々に対策を練らねばならない事柄があった。

 望月はあくまでも坂田の管理下であるという事が、今後望月の歳入積立をも蝕んでいく可能性は否定出来ないのではないか、という話題が持ち上がった。

 望月の者たちとしてはそれは面白くもない話である。望月にしてみれば独自の歳費運営を隣町に金銭的な貸し借りないのにこちらの積立を持っていかれるとすれば、望月にとってはデメリットしかない。議会は早急に歳入積立金を隣町に介入されない方法を思案した。

 議会はあれこれと話し合った結果、望月の住民に歳入積立金の全てを形成上配分し、その時点で村に残留する村民で合同会社を設立する。設立資金は村民が積立金から形式上支出し、株式会社は村営として運営していた漁業・漁港・農業・旅館業・加工販売業・畜産業・雑貨店を中心とした収入を得る。鉄鉱石採掘はこれ以上を断念した。さほどの収量も見込めないという事もあっての決定だ。

 村民は全員会社の社員という扱いにし、費用・生活費は会社から支出し、当面は現状の生活をしていく。所得税・法人税・その他租税はその年から支出。保険も国民健康保険から社会保険への適用とし、保険料も全額会社が請け負う。その他鉄道・定期船・その他インフラの運営も会社が行う、というもの。

 土地の問題と発電所の問題は会社が村から買い上げる形での案が提議されたが、書面上でのやり取りのみで金銭の受け渡しが実際は行われるわけではないとの理由で、村から会社への譲渡案で提議された。

 議案は早々に村民説明会という形で提案され、早々に満場一致にて可決成立。

 成立後に一つだけ質問が出た。ところで会社という事は社長は誰がなさるのでしょうかと。議会村民皆が静まった。。そこを考えていなかった。

 そこで町民の一人が言った。今まで村長も代わる代わるだったから、社長も代わる代わるでいいんじゃないか。だとすれば今の村長が社長でいいんじゃないか。その一言を皆が待っていたかのようにそうだそうだ、それでいいと簡単に言うもんだから、結果、現村長である洋平が社長という運びになった。今になって考えてみると、なんて安易な決め方なんだろうと思うが、皆が納得したならそれでいいのかと思う。結局10年以上洋平が社長の座に座る事になるのはその後の話だが。。

 会社の役員も村の前期役員会のメンバーがそのまま会社役員につく形になり、後期役員会が村の議会役員に移行する形になった。村の村議会が前期後期の2部制となってわずか2か月の事だった。だが村の役員会の役割は会社の運営を支えるにも無くてはならない存在になった。


 数日後、これらの成立した内容を村と会社が締結した旨の書面も作成し、村民すべてが賛同した旨の署名・捺印を村民全てから集め、正式な文書として望月の議会は坂田に提出。

 坂田は懸念を表明はしたが反対することはせず、坂田町議会は承諾。結果さほどの障壁もなく会社設立の運びとなった。

 

 村民説明会からさらに1ヶ月。歳入積立金が割り振られ、村民は移住するもの残留するものに分かれる時。移住者は数世帯程度であった。ほぼ全員が残留を選択し、歳入積立金は村民に配分され、配分された積立金を資金に洋平を代表取締役社長とした会社が設立された。会社の名前は「望月」。会社は暫定的ではあるが旅館の一室を使用する形を取った。

 望月の会社には役場・加工会社・旅館に勤めに行っている女性陣が数名づつ、経理と人事と総務を担ってもらう事にした。早速約款を作成し、村民に提示された。とはいっても形が変わっただけで今までと変わらぬ生活であり、それらを文面にしたものは約款というよりお約束事のようなものであった。が、洋平達はそういった堅苦しい文章が兎角苦手であり、女性陣に半ば押し付ける形になった。この女性陣達は洋平たちの妻連中であり、洋平たちは家に帰ればくどくどと説教受けていたのを私も見ていた。あぁパピー、またやっちまったんだな。。。


 この動きは隣町坂田にも大きく反響を呼んだ。口出しの出来ぬうちにしてやられた、というのが正直なところであった。坂田にしてみれば少々の人材を投入して産物を入れる事ができる、ドル箱的存在であったからだ。額面から言えば微々たる金額になるであろうが、歳入が著しく減っている坂田にしてみればおいしかった。

 とはいえ懸念を表明したものの採決までの際に受け入れるべきだとの一言が坂田の議会多数からも出た為、反対派は一転せざるを得なかったのも事実だった。

 坂田の議会の超党派の党首が賛成派を掌握していた。この超党派の党首は一町村の地方政党の党首であり、坂田の土建会社の社長で敏腕の人だ。坂田の繁栄の裏にはこの社長一族が必ず担っているといっても過言ではない。町長も社長の息子がしており、賛成派のほぼ全員は一族の親戚縁者であった。


 会社が設立されて1か月もしないうち、この党首が隣町望月の視察を行うと言ってきた。党首は町長と共に行きたいと要望し、承認され党首は町長と足早に望月に向かった。昼過ぎには到着し、洋平たちが迎え入れた。洋平はなんだおやっさん、今日はどうしたんですか、息子さんも連れて。と一言。


 この土建会社の社長、工藤は採掘場の採掘を委任されていた社長でもあった。

土建業もここ近年は下火になっている中で採掘場の仕事はとても心地よかった。金銭的な話ではなくて、村の人たちが心温まるおもてなしをしてくれて、まるで自分もそこに移り住んでいるかのように錯覚するほどだったのだ。議会の合間合間を縫ってたまに採掘の仕事をし、たまに息子をつれて村を満喫するのが何よりも楽しかったようである。

 工藤はあぁ、そういえば言ってなかったな。息子は坂田の町長だ。俺は町議会の議員ってやつでよ。なんて言い始めたものだから洋平たちはびっくりした。いや、ほんと、聞いてないっすよ。って。


 立ち話もなんだから、といって旅館に連れていき、洋平はお茶でもしますか。それとも飲み始めちゃいますか。と言い始めた。

 社長は、いや、今日はちょいと真面目な話しできたんだ、と言い始めた。

 洋平たちは構えたが、いやいや、取って食うようなはなしなんかじゃねぇんだと安心させてから切り出した。

 お前、社長になったんだって。村から独立させたのか、皆を。えらいなぁ。と言い始めた。工藤は洋平たちより20歳は離れていて、洋平たちの小さい時からを知っている。息子は洋平より少し若い程度で、望月に来るとよく遊んだ仲である。

 でよ、今日は道路の話で来たんだ。と社長。町長である息子はこう続けた。


 現在坂田・望月を繋いでいる交通網は三つ。1つは定期船。1つは鉄道。1つは道路です。このうちの道路、これだけは町営の道路となってまして。と言い始めた。

 洋平たちはハッとした。そうか。気づきもしなかった。俺たちのものではないものに。望月にとって交通網は生命線そのものでもある。。。

 工藤は青ざめていく洋平たちにこう切り出した。

 村営のうちは言い出せなかったが会社になった以上俺も気を使わないで言える事がある。この町道は細い。狭い。走りずらい。今日も車で来たが蛇か龍でも這ったのかと思うほどの蛇行した道だ。鉄道も然り。しかも舗装もがたがたじゃねぇか。坂田はほぼ間違いなく手を加えてこねぇぞ。これ、おまえらこのままでいいのか。と。


 洋平たちは食い入るように社長の目を見ながら息を飲み込んだ。


 つまりよ、おまえら、新道路の開拓申請しろ。それをこの馬鹿息子に提議してやる。息子は議会に提出するだろ。そうすりゃ町は賛成するしかねぇからよ。そしたら新道路作ってやる。道路の策はもう頭の中で練っているからよ。で、議会採択の場を・・そうだな、この旅館でやろうか。そんときの飯と寝床は出せよ。

 でよ、俺は委託受けて道路つくる。道路開拓中の宿泊施設はここだぞ。俺たちの条件はそれだけだ。

 あ、金か。金はそうだな。坂田に出してもらえ。坂田からすりゃここの村も坂田の人間だからな。現町道の老朽化に伴う新道開発事業、ってやつだな。名目なんざ俺が取ってつけてやるから、おまえらさっさと申請しろ。


 洋平達は呆気に取られながら話を聞いていた。もうこのオッサン急に何言い出すんだと言わんばかりの気持ちであった。そう、坂田にとっても社長にとっても全くメリット無く、デメリットだけの話だからである。


 洋平はこういった。社長、いやおやっさん。何故そんなメリットのない話を持ちかけるんですか。こちらにしかいい話でないと思うんですけど、と。


 工藤は、お前たち。あの絵を覚えているか。そう、お前たちが描いたあの絵だよ。目をキラキラさせやがって、俺にこう言ったんだよ。おじさん。こんな町にしたいんだ、ってさ。どうせあれだろ。会社立ち上げたってことは、あの絵を叩き台にした観光業を見据えているんじゃないのか。多分そうだと思ってよ、俺はそいつに坂田も乗っかろうと思ったわけよ。

 でな、俺たちがその一端をやりてぇって思ったわけよ。俺たちは採掘場の仕事あったけど、ここ数年はからきし採掘量も減っちまったから人的投入も厳しくなってきたろ。そのうち採掘事業も終焉を迎えるのは目に見えていたからな。次の仕事が欲しいってのが本音でもある。だけどそれだけじゃねぇ。先ずこの村に、町に来る機会が減るってのが何よりも辛い。もうよ、家とはまた違うもんがここにはあるからな。

 それとよ、ここは観光業ひらくにはもってこいの条件整っているのよ。自然豊かで、風情もある。四季折々の風景に加えて町をあげての催しもあるだろ。俺たちは見るだけだけどな、ありゃいい。美しさに満ち溢れている。だからよ、見せたくなるじゃねえか。ここをよ。


 洋平たちはどうもこちらの思惑を手に取られたような感覚で、更に言えば自分たちの絵に描いた餅のような世迷言にも聞こえる夢物語を30年も覚えている事を、そんな人が目の前にいる事を何とも言えない思いにもなって、もはや何も言えなくなっていた。

 いつの間にか出された茶に皆手を出した。少しぬるくもなっており、時間がいつの間にか過ぎていたことを湯吞みは伝えてくる。


 洋平は皆に目を流した。剛志や浩太達皆は、目でうなずく。

 洋平は言った。おやっさん、いや、社長。是非ともよろしくお願いいたします、と。工藤は、おう、任せろや。ついでに一つ提案有るんだが、いいか。と切り出した。洋平はどうぞと言うと工藤に目を配る。工藤は、お前たちの会社のよ、バックを俺たちつけろ、と言ってきた。続けて、つまり、なんてのかな、社外取締役ってほどじゃなくて・・そうだな、顧問ってやつだな。俺たちの会社を顧問につけるイメージか。俺とこの息子が専任になってもいいぞ。報酬はいらねぇ。俺たちがしたいのはお前らに口を出せる立場そのものだからな。ただし、俺たちは言うだけだ。決定権は放棄する。望月に関することを決めるのはお前たちが決めるってのでどうだ、という内容だった。洋平は即座に願ってもない、手探りでの状態だから鬼に金棒だと喜んだ。


 この瞬間、望月の村に坂田の大きな後ろ盾がついた。


 町長である息子がところで、と言い始めた。父が言っているのは道路の話でしたけど、私からもご提案があります。と話始めた。

 町長は、あの旅館ですが、リフォームを道路事業と並行で行いませんか、と言ってきたのである。もちろん、手がけるのは社長の会社と関連会社である。

 町長は、望月を観光業で潤わせていくための一つが道路です。ですが、道路が大きくなっても受け皿が現在一つの旅館、しかもそこそこに古い旅館しかない。そこで旅館を増改築して大きな受け皿を作るのです。これは坂田にとっても利になります。ここの魅力を坂田としても発信していくことは、望月の玄関口となる坂田も潤う事につながりますからね。その基盤づくりを坂田が請け負うのは当然の話だと思います。ですが、望月が会社となっている現状、町である坂田が民間の会社にあれこれと手を加えるのはなかなかな誤解を招きます。はたから見れば談合ですからね。まぁ、今日の話題もほぼほぼ談合なのでしょうが。

 息子は流暢に話しながら、少しそこで笑い始めた。

 それで、ですね、と続ける。現在坂田が町づくりの推進事業で行っている、リノベーション事業の補助制度を望月は坂田に申請するんですよ。そういたしますと坂田は補助金を審査し受理し、交付致しますので、其れを元に望月の皆さまは父に増改築事業の要請頂けますと物事はすんなりいきますし、父の会社のほぼ全員がこの町に来れますしね、私も顔を出しやすくなります。なんたって公費使ってやる事業ですからね、視察しやすくなりますでしょ。


 洋平たちはまたまたあんぐりと口を開いたままであった。

 そしてこんな話をしているうちにもすっかり望月の西には太陽が沈もうとしており、男たちは漁でとった魚をもって来ていて、女たちは炊事をはじめるころ合いになり、工藤と息子と洋平達とで酒を酌み交わしながら更に腹をわって話をしようという事になった。


 岐路の先には大きな世界が待っているような、そんな話になっていくのであった。

 

 


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