第二章第2話・世界を岐路に立つ時

 汀と私は旅館を出ると旅館の裏手の丘の上へと足を運んだ。

 小さい町でもこの辺りはあまり村人たちすら来ない場所で、穴場なんだよと汀は言った。

 汀は座ると昨日からの神事を話はじめた。

 実は凄く緊張していたそうだ。練習すらなくちょっとした打ち合わせした位であれだけの神楽雅楽を奏上出来た事が凄いよと話をした。

 私は汀の歌が良かった、とだけ伝えた。本当は凄く綺麗で透き通った歌声で、月夜が照らして汀が光って見えた、なんて間違っても言えないが、後々これも言わずして伝わる事になる。

 汀は汀で、私の舞がいつもよりも光っていた、と話はじめた。汀が言うには、帰幽奉告の前までは辺りがちょっと暗くて、いつもの夕闇とはまた違っていたそうで、寒いとは違うひんやりとした空気が辺りにあったそうだ。

 ひんやりとした空気が笛の音で切り裂かれて、太鼓の音で大地が震えたのを汀もまた感じていて、私が神楽の一歩目を踏んだ時、春の陽に包まれたような感じになったのだそうだ。私はそんなことよりも汀の歌こそ女神そのものでむしろ汀は女神だ、なんて思ったけど言わないでおいて、でも空気を切り裂く感覚、大地が震える感覚は私も感じたと言った。

 汀はみんなすごい、陽の神楽はもっと凄い、いつも見ているけど陽の神楽は温かくて包み込んでくれると、急に何言いはじめてるんですかこの子はという感じで言い始めた。


 こんな時だけどさ、陽知ってるかな。私がどれだけ陽を見てきたか。陽を感じてきたか。私たちは小さな町の、小さな仲間の幼なじみだから、いつも一緒だから、陽は私を見てきてくれている事も知っているよ。もう来年にもなれば3年生になって、私たちは違う道を歩むかも知れない。だから、今伝えておくんだ。陽、私はずっと、陽が大好きだよ。

 

 私は、あぁ、こんなにも真っ直ぐに汀が気持ちを伝えてきてくれているのに、私の気持ちを伝えないままなのはあってはならないと思った 。

 私は汀に、昔から汀は男神楽も女神楽も歌も雅楽も、誰にもまね出来ない汀らしい物があって、私はいつも汀が隣にいてくれるから舞えるんだよと伝えた。

特に昨日の歌は本当に素晴らしくて、私は汀の歌にあわせるように舞えたと伝えた。

 いつも隣にいるほどの馴染みで、でも私たちはいつしかそう、思いあっていたのを不思議なほど気づかないふりをして過ごしていたのか。

 これからの先、岐路に立つ時には一人じゃないと私は言った。私は、汀をずっと照らして行きたい。汀が大好きだと伝えた。


 賑やかな旅館からさほど離れていないわりに、周りも静寂に包まれている。湾の水面は鏡のように空の月を映し、落ち葉が一片。小さな波が水面の月を揺らしている。


 汀は水面の月に照らされてほのかに赤らめた顔がよくわかる。あまりじっと見ないでよとおでこを合わせてきたものだから、私は驚いて、草むらに倒れ込んでしまうと、汀もそのまま倒れ込んできて。。

 

 初めての口づけは、少し甘い御神酒のような香りで、柔らかくて。


 私は汀をじっと見ながら、そろそろ帰ろうか、康平たちも不思議がるだろうと言ったが、汀はふふん、と私の口にもう一度口づけすると、康平と司沙は今もっとあっちの方にいるからと北の岬の方を指さした。じゃあ沙耶はと聞けば沙耶は一つ上の先輩と、だそうで。

 

 久しぶりに汀とてをつなぎ、町の丘の上をゆっくり歩く。寒いというほどではなく、風も時折ふく程度で。湾は穏やかに波を打ち、汀は私と視線をあわせ、微笑む。

 とても美しく、愛おしい時間だった。


 私たちがそこそこにして旅館に戻ると皆もそれぞれ帰ってくる。康平は平然としている風を装って、司沙は・・触れないでおこう。上の空である。沙耶は少し大人びて話し始めてくるし、あぁ、これは皆親にわかっちまうだろうなぁと目線を流すと、やっぱり皆ニヤニヤしている。どうやらお見通しのようだ。こうして今日という日は過ぎ去っていく。


 そこから五十日も過ぎる頃には五十日祭が行われ、長の催しは幕を閉じた。

 名月祭と日が近くて町は慌ただしくその年は人の動きも多く感じた。そう言っているうちに大晦日、正月の催しが行われ、年を越すと洋平も役を退く頃合い。しかしながらその年の解散総会がいつもとは違った。


 解散総会は年度の収支報告をし、新年度の役員選出をし、解散式をして終了とする内容だ。だが今年は収支報告にて歳入が大幅に減った事が議題として上がった事から始まった。

 この頃隣町の坂田はそのまた隣町小宝寺町との共同都市宣言を採択するかという話題になっていた。共に大きく住民が少なくなってきており、都市への人口流出と共に産業が著しく減った事で、歳入より歳出が減った事に加え、年代別人口比率が50代を境に若い者たちが極端に減り、50代より年上が7割を超えた。様々な管理維持は、財政としても人員不足としても厳しくなり、2都市間で共同運営、管理をし歳出を折半していかなければ町として機能していかない、というものであった。またこの話は、望月の産物である漁業・林業・天然ガスの買上先がほぼ無くなってしまう事を意味していた。

 望月の産物の行き先を一か所にし続けていたのが仇となってしまう事態が訪れたのだ。そうかといって販路を別にすることもままならない事情が望月にはあった。


 まず一つはこの坂田以外、産業物の行き先がとてつもなく遠く、故に結局坂田の販路に頼らざるを得ないという事。

 もう一つは、そもそもの漁業・林業の需要自体が国内において乏しくなってきているという物。つまり、海産物の消費低迷、価格の下落、林業においては海外からの輸入がコスト安となっていて、天然ガスは販路探す程の量は見込めず、鉄鉱石はアルミ・スチール等のリサイクルできる資源物への転換加速。つまり望月のみならず坂田、小宝寺共に、大きくこの国は供給過多で産業物の価値が低迷していたのである。これは望月以上に坂田、小宝寺の方が影響が大きかった。あらゆる業種が町から撤退をしていき、所得税、法人税等の地方税、歳入額は見るも無惨な数字であった。


 望月ではそう言った現状を踏まえ、議会で選択肢を複数案村民に提示して村民説明会と村民投票を行う事とした。

 先ず望月の議会で提示する案の考案を練った。

 要約すると、1つ目は現状維持。歳出額が一定の額を超えたときまでは歳入積立金から崩していく、というもの。2つ目は望月も共同都市宣言に加わる、というもの。リスクとすれば歳入積立金も共同都市宣言内容に加えられる事から、まずほぼ無くなる。メリットがあまり見いだせないが、議会としては坂田に丸投げする内容なので肩の荷は村民から無くなるであろう。

 3つ目は新しい産業の開発。数年かかるだろうが望月として新たな独自路線を築くにはこれしかない、というもの。問題あるとすれば歳出が歳入積立金を上回る前に産業開発は成功まで持っていかねばならないというもの。

4つ目。廃村。歳入積立金は現在村人達が人数毎に均等配分したとして約十年近くは村人達は他の地域でも生きていけるだろうというもの。

 村民への歳入積立金配分については既に金額が確定している。数年前より、村民が外への移住を申し出た場合、積立を人口で割った金額を一人当たりの配当金として歳出しており、それは毎年算出して収支報告をしている。つまり村民としては村から出ていく形をとったとしても、常にその後の生活資金を生活基盤に入れて計画出来る形である。

 

 議会からの提示案が決まると早々に村民説明会が学校の体育館で行われた。

 村民の出来るだけ多くに説明を行いたいとの議会の思いがあり、参加者の年齢制限は一切取らないで行った結果、全ての村民がわらわらと来た。所狭しと場所を取り始める村民と、構える議会。議会は望月の現状と隣町の現状、収支報告や歳入積立金、配分金表などを資料として用意しており、村民は資料を見眺める。

 村民は数年に一度は議会村長議長の何かしらをしている為、およその内容は把握していた。議会からの提示案が示され、これを元に村民投票を数日後に行うと話をした後、質問意見を村民に聞いた時。村民は無言になっている中手を挙げた人物が一人いた。涼子である。


 涼子はこういった。提示案はどれもメリットもデメリットも存在しており、皆はそれから一つを選ぶというのは少々酷ではないかと。では段階的に物事を動かし、かつ提示案を複合させてみてはどうだろう、と話しはじめた。

 涼子は資料に目を落としながら、先ずは新たな産業を生み出す事を優先させて、その生み出されるまでは現状の生活を行う。この町は町の皆が飲み食いするにちょっと足りないくらいの自給自足が成り立っているから、隣町の切迫した事態になるまではまだ余裕があると思う。ただこの町は隣町の協力無くして次の産業は生み出されないだろうから、隣町も潤うような大きな産業を隣町と行うのがいいのではないか。そこまでの物事をするには大きな出費も伴うやも知れないから、共同開発共同運営という形で話をしていけばいい。具体的に何をどうするかは模索していく中で数年かけて決めていくのはどうだろう、という内容だった。

 村人たちは目を丸くしながら聞いていた。が、続けて涼子はこうも言った。

 この町の人たちはもっとこの町の良さを他の皆に知ってもらって、行き来してもらうのがいいと思う。私はこの町の出身ではないからよくわかるけど、他の人たちはこの町の風景、この町の文化、伝統、そしてこの不便さ。全てが美しく映るはずなの。

 都会に行けば行くほどに、この町にないものがあって、なんでも溢れてて、でも不自由で、風景も文化も伝統もさほど無い、若しくは感じられない世界で生きている。

 でもここは違う。全てが温かくて、包み込んでくれる。限られたもの、限られた事を楽しんでいて、自由で、毎日が新しくて。少なくとも私はそう感じている。

 今すぐに出来る事ではないかも知れないけど、探すのよ、この町の新しいあり方を。


 村人たちは、静まり返っていたが、やがて小さな拍手がなり、あちらこちらと拍手をする人が増え、やがて満場一致の拍手が鳴り響いた。涼子は少し照れくさそうにしていた。

 

 議会は改めて村民に言った。では隣町との共同開発共同運営の産業発掘を中心とした歳費運営という形でよろしいでしょうか、と。村人たちは大きな拍手で賛同した。

 次に議会の運営についての話が出た。一年に一度の議会解散、役員の選定という流れがあるが、議会として提示した内容を一年一期で動かしていくにはあまりにも短い。議会を二年一期制にし、前期と後期で役員を二部制としてはどうだろうという提案が村民からあり了承された。これにより今までは村長含め議長1名、議員3名の5名の役員会だったのが前期役員会と後期役員会2部になる事で役員は最大10人、という事になった。村長が2人というのは可笑しいから後期は副村長として村長同等の権限を有するという議事録も増えた。とは言え議会における村長の役割はさほど議員と変わりないのであまり意味を持たない。議長は後期議長が副議長という議事録も増えた。前期役員会が解散した際は後期役員会が前期役員会という立場になり後期役員会の任命を行う、という取り決めも増やし、後期役員を任命しこの村民説明会は終了した。


 実はこの時涼子が思い描く望月の新しい形というのは頭の中で出来上がっていた。

ただそれを今持ち上げるのは草々であると涼子は考えていた。だが、剛志にだけ相談するには大きな話でもあり、涼子だけに留めるにはあまりにも大きな話であった。


 数日後、天候も悪く林業が休業という日に涼子は陽子と共に議会のメンバー、といっても顔なじみの者たちといつものお茶会に混ざる機会があった。

 皆からは涼子の発言が私たちを救ってくれたと賛辞を受けたが、涼子はこれからよ、大変なのはと釘を刺して自身の考えを話す事にした。

 涼子の世界観はこうだ。今の世の中は、飢えている。全てが満たされているしある程度の稼ぎさえあればそこそこに生きていける。けれど生きている実感を持てない人たちは大勢いる。都会に行けばいくほど、染まる程、実感は薄くなり、生きているという事さえ感じなくなるような世界だ、と。

 そんな時に人が求めるものは何だと思うか、という質問に皆は答えられない。それはそうだ。この町に住む人はその答えを持っているから、分かっていないのだ。

 涼子は続けて言った。それは癒し。包み込むような優しいもの。五感であぁ、生きている、生かされているっていう、実感。

 それを、村のみんなは誰にでも分け与えられる、というのだ。

 陽子はこのなぞなぞのような問答に何か感じるものがあったようで、旅館・・かしら、とボソッと言った。涼子はそう、とうなづくと、でもちょっと違うんだな、大きさがといった。

 陽子はなんだろう、と首をかしげると、涼子は、つまりね、町そのものをリゾート地にしちゃうってのは、どうかな、と言い始めた。

 皆が目を見開いた。町の皆の思い描くリゾート地はとにかく大きくてとにかくあちらこちらと手を入れる、自然を壊すものだという認識があったからである。

 涼子はすかさず、そうじゃないのよ、という。そうだけど、そうじゃない、と。

 涼子は一枚のラフ画をもって来ていた。そのラフ画には、町はおよそがそのままで、浜辺真ん中のお社より更に浜辺寄りに大きな宿泊施設、宿泊施設の向こう側には遊覧船乗り場があり、湾の中心部には大きな水族館があった。加工工場には加工販売所が設けてあり、雑貨屋はコンビニエンスストアとなっている。旅館もそのまま、だけど囲み線があり、リニューアル、と記載してある。採掘場は探検場と矢印で書いてあり、山の伐採地辺りにはキャンプ場、アスレチック、釣り堀と書いてある。町の中心部には公共浴場というものも記載されていた。これを見たみんなは口を揃えて「あっ!」と叫んだ。陽子は、これ、私たちが小さいときに語った望月の夢物語じゃないの、と。涼子はそうだよ。思い出しながら描いたの。懐かしいでしょ、と笑った。

 

 つまり、子供の頃に皆で描いた夢を具現化したものだったのだ。

 よく覚えていたなと驚く、絵がうまいなと褒めるのは剛志。みんなの前で神楽を舞うのよねと陽子。あの時は夢物語で終わっていたが、今からなら出来るような気がする、と誰もが思った。


 一つ懸念があった。いったいこの夢物語、実現するのにいくらかかるんだろう。

 涼子は加えて言った。これだけだと、無理よ。ほかの所から来てもらうなら、来るのに不便ではない環境を整えないと、ね。と。つまりそれは、旅客船と鉄道、車道の利便性を向上させる、というものであった。


 洋平は浩太と剛志とでお茶をすすりながら、明はポカーンとしながら、さてどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 陽子はなによ、みんな。今日はまだ答えを出す時ではないのよ、と助け舟を出す。

 そうだな、と言いながらもラフ画に食いつきながら、お茶をすするのであった。

 

 


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