第一章第3話・それぞれの世界の始まりと、世界の日常と。

 私と汀、司沙が産まれた年は出産ラッシュであった。

月に一度は産婆が走り回り、産婆が帰ると共に宴が行われた。


 旅館の主人は洋平達の先輩にあたる。洋平達と同期の翔環(とわ)に一目惚れして早々に結婚し、6年も前に一人目が産まれて以来は旅館業に勤しんで二人目は誰もが口にしなかったが、司沙が産まれて間もなく男の子が産まれた。康平と名付けられた。


 雑貨屋の明(あきら)は洋平達の一つ下で、奥さんは文子といって、洋平達の一つ上だ。明は昔っから雑貨屋の割には商売が苦手で、よく注文を間違えるもんだから、文子が見るに見かねて手伝いはじめた。明はそそっかしいから、惚れられたと勘違いして、文子を三日三晩口説いたらしい。文子はそんな気がまんざらでもなくって、今じゃ明は尻に敷かれている。そうは言いながら3人目が産まれて、待望の女の子だそうで、もう目尻が下がっている明はどうしようもない。文子は学校で先生をしながらたまに保育所を訪ねるようなお節介焼き。そんな二人の3人目は沙耶と名付けられた。一番上は旅館の長男と一緒の年の男の子で、2番目は三つ下の男の子。まぁ、にぎやかなのだろう。


 村ではその他にも10人近くの子供達が同じ年に産まれて、それぞれの世界を歩み始めていた。


 そうは言いながらもこの町の世界は広くなくて、女達は朝早い男たちの朝ごはんと昼飯を作り、見送り、自分たちの朝食と昼の弁当と夜のつまみを拵え、子供達と共に食べ、母乳を飲ませる。昨日のうちに部屋干ししてあった洗濯物を縁側の廊下に移し、支度をして加工工場か役場か、病院か保育所か、畑か養鶏場か牧場か、学校か旅館へと仕事に向かう。


 この町では専業主婦がいない。乳飲み子も首が座れば背負って仕事に行くのもごく普通で、仕事場で乳を与えおむつを替えるのもごく普通。

ある程度にもなれば子供達は保育所に預ける。預けた保育所の先生達もこの村の女達がいて、顔を合わせない日はない程の付き合い。

 保育所に預けられた子供達は昼飯食べて朝から夕方までひたすらに遊び、閉園時間ともなれば先生と共に隣の学校に連なる飯場(はんば)へ向かう。

 飯場に行くと漁を終えた男たちが既に今日獲れた魚を捌いていて、そこに女達が各々の職場から集まり始める。役所の男たちや学校の男の先生、病院の先生は広い飯場にずらりとテーブルを並べ始め、女達は調理を始める。畑仕事をしている家からは大根だ人参だと、ゴロゴロ持ち込まれ、養鶏場を管理している家からは卵が持ち込まれる。調味料は足りなければ雑貨屋がすぐに持ってきて事が足りるし、お米はこの学校に備蓄してある米を炊く。捌かれた魚は旅館の分がわけられ、そのあたりにもなれば隣町に通う高校生たちも集まり、そこで皆で食べる。それがこの村の夕食だ。

 

夕食も終わる頃になれば漁に出る男達は片付けはじめる。女たちは半分残り、残り半分は旅館へと捌かれた魚を持って行き客の給仕をして帰る。半分残った女たちと男たちで片付けが終わる頃にもなれば、近くの足の悪い老夫婦の所や、まだ産まれて間もなく飯場に行けない家や、たまたま家族が体調不良の家に今日の夕飯のお裾分けをもって各々が解散する。家につけば洗濯をし、一気に物干しにかけ、部屋干しをする。

 風呂にも一人一人なんて入らず、数人で一気に入り、そして21時にはもう町はすっかり静かになる。


 ここの生活は不思議なまでになりたっている。

 全ての仕事は言ってしまえば公務であり、大人たちは皆公務員のような扱い。

 例えば漁で得た魚は今日村で食べる分と加工工場に持ち込む分、そして塩漬けにして備蓄する分を残して隣の町まで運び込む。それらで得たお金は一旦村が預かる事になっている。

 養鶏場も同じだ。毎日卵は村で使う分以外は隣の町に運び込む。

米も、野菜も、畜産業も、全て村が全て管理してる。

 一方で村は、全ての費用を村でねん出するという取り決めをしている。

漁業であれば漁業の管理費・運営費。畑であれば肥料・資材代・燃料費。畜産業、養鶏場、全ての費用が村からの捻出による支出で賄われている。

 その他病院や保育所、学校の運営費、先生に至っては毎年村から先生が出るわけでもないという理由で隣の町からお金を払って来てもらっている。

 交通面でも船の定期便の他に鉄道、街中を周回するバス、そして各家庭に業務用と自家用の車を1台づつ、そのガソリン代。

鉄道はただ隣の町との交通手段としてだけではなく、冬の間は男達が林業で稼ぎを得る際に木材を隣の町まで運ぶ手段と、丘の上の山間から取れる鉄鋼を運ぶ為のものでもあって、この町は産業もそこそこに盛んである。

 旅館も村営、雑貨屋も村営という事になる。旅館は旅の客の他にも採掘場を春から秋まで隣町に委託して採掘する際の宿舎になる。宿舎としての使用料は村が持ち、委託料も村が払う代わりに採掘場にて得たものの全ての収入は村の収入という取り決めである。昔は採掘場も町の住民で採掘されていたが、隣町からの移民を受け入れたのをきっかけに、この町は隣の町からの文化を取り入れながら生活するのを選んだ。

 雑貨屋は各家庭や各施設の不足しそうな品を入れて各々に届ける他、学校の教科書参考書文具、ガソリン、軽油、箸からお椀から衣服だおむつだのお茶だコーヒーだ豆腐だ厚揚げ納豆、味噌、塩、しょうゆ、ソースだと、おびただしい品目を扱う。町民からは注文を受けるが、金銭のやり取りが無い。

お金を手にするのは隣の町から来ている先生やら採掘場の作業員が買い物に来た時のみとなる。つくづく明はよくやっていると思う。

 駐在所も一応あるが、この町の駐在所はさほど存在意義が無い。だいたいが年寄衆の愚痴を聞き、嫁姑問題を聞き、お茶を飲みすぎて腹が膨れ上がり厠が近くなる。

 駐在員は3年駐在所に勤務するのだが、だいたいが長くても半年もすれば男達と漁業に出てしまうか、家畜の世話をしに牧場養鶏場に向かうか、畑の手伝いに行くか、そんな毎日である。それほどにこの村は、毎日が平和である。


村の家々はすべて公営住宅で、家族が多ければ二階建てや大き目の平屋に、家族が小さければ見合った平屋に住む形になる。4人家族以上になれば二階建てになるが、その前に老夫婦は隠居暮らしを別宅でしはじめるから、大概は平屋である。老夫婦が平屋に移り住む程、平屋に空きはあり、その空き家は整備が行き届いている。月に一度の村の大清掃が功を奏している結果である。唯一旅館だけは自宅と兼用で使用している。旅館も月に一度が休館日で、その休館日は村の清掃日となっており、男達から女たちから、その日は一日とにかくあちらこちらと掃除に追われる。

無論終われば旅館で宴が開かれるのは言うまでもない。


 上水道は町の中心部に流れる小さな小川の源流が山間の奥にあり、その源流からくみ取り浄化して畑や養鶏場、牧場と平屋と加工工場に学校保育所、役所、旅館にそれぞれ行き渡す。

 下水道処理施設も小さいながらしっかりとあり、町を網目のように上水道と共に下水道が整備されている。処理された水は浄化され田畑用の溜池へと移され、汚物は充分に発酵されたのち土壌と混ぜ合わせ、田畑の肥やしへと使用される。

上下水道の管理も村の人が行い、週別に世帯に担当させ、北の世帯から時計回りにぐるっと担当させていく。管理とはいっても1日朝と昼と夜の見回り点検と、溜池への移転、発酵した土壌を溜池の隣の空き地に移転する作業を担当する最後の日に行うのみ。

 ガスは天然ガスが望月村にはあり、各家庭各施設に当たり前のように整備されている。町の街灯はガス灯。町の桜並木から街中から、家庭内にまで使われている。

天然ガスも望月では使いきれないため、隣町に売っている。


 上水道の他にこの村には温泉が湧いていて、上水道の水道とは別に温泉水も各家庭各施設に行き渡されている。

 電力は風力発電がある。山間の峰に、まるで町を囲みこむように発電機は立ち並んでいる。中心部、ちょうど役所から真っ直ぐ登ったあたりには変電設備があり、村で消費する分は発電量より少ないのがほとんどなので、残りは山間の向こうの隣町に送っている。大きな鉄塔はその為のものであり、また風力が乏しいときは電気をわけてもらったりしている。


 歳入と歳出ではだんぜん歳入の方が多いのがこの村の特色でもある。それだけの蓄えが金銭的にも産業としてもあるというのが村ながらに「町」と表現する理由でもある。


村には村長と議会と議員と議長と一応いたりするが金銭的にも資源としても豊かな町の村長、議会と議員をこの村は1年毎に変える。なんなら役所の所員も前期と後期に分けて1年毎に変えていく。

私腹を肥やさぬように、というのが理由の一つでもあるが、そもそもこの町には議会議員の存在意義があまりない。決まり事が確立している以上、新たな決まりが出来た事もないし、役所の仕事が住民票の発行を年に40部出すか出さないかという事と、印鑑証明書の発行は年に数部、後は出生届と死亡届の受理と、各施設の管理業務と歳入と歳出の管理のみで、1年で皆飽きて、何もなさそうだと途端に漁場だ工場だ畑だと役所を飛び出してしまうからである。それをだれも咎めない。この村はそうゆう世界である。


 唯一の難点は娯楽が無い、という事だった。が、ここの町の人達は娯楽に興味がまるで無い。花札とか麻雀とか囲碁将棋はあるが、そういう物は漁に出ない冬だけの嗜みで、後は今日の漁がどうだったとか、漁場をもう少し南に北にとか、息子が娘が今日はこんなだったとか、毎日が代わり映えなく、毎日が変化があり。

 そう、この村は毎日が忙しく、毎日が楽しくて、毎日が移り変わり、そして毎日が美しく感じる。


まさにこの世界こそ、娯楽であると言えるような生活であった。


 


 

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