第一章第2話・世界の日々と、私と汀と。

 私が生まれてしばらくして。初夏深緑の季節。

今日も命が生まれたと、新たなる世界に歓喜し町の男たちは宴を開く。

女の子が生まれたそうで、名前は汀(なぎさ)。

 夕闇の際、海と陸との境目の波打ち際に夕日が向こう側に消えていくあたりに生まれた。渚や渚沙、凪咲の名は海側ならではの名であるが、汀の名はまだ無い。

そんな理由で彼女は汀と名付けられた。

 汀の父は浩太。母は美郷(みさと)。二人は洋平、陽子と幼馴染。

結婚した頃合いも子供出来た頃合いも双方合わせたわけでもなく、でもお互いの暮らしは気になる。気になるから今まで付き合ってこれたし、これからもそうだろう。

 洋平と浩太はそんな話をしながら、お前と友でよかった、うちの子にも同じように家族のように暮らしてほしい、まぁこんな町だから、望まなくてもそうなる等と酒の肴にして飲み語る。

 周りは久しぶりに今年は子供が生まれる年だ、子は町の宝だと騒ぐ。

そういや剛志と涼子のところも今年だなと誰かが言った。先程までは賑やかだった父たちはしらけるように、剛志は下戸だし、涼子は病弱だから、と少しばかりうつむく。

 老人達は、この町は弱者も強者もない。皆がいてこそ町は町であることが出来る。洋平と浩太に宜しく頼むと言い、二人は家に帰り陽子、美郷とそんな事を伝える。

 陽子と美郷はお互いに見合い、フフフと笑う。

大丈夫よ、子供で深まる仲もあるのよと二人で息を合わせていう。


 剛志は昔からこの町でも珍しい程に寡黙で、真面目な性格で。昔から酒もたばこも嗜んだ事はなく、仕事が終われば家路へと急ぐ。剛志の家は母一人子一人の母子家庭で、母は朝早くから漁の手伝いをし、昼間は加工工場に向かい、夕方は旅館を手伝い、家には夜遅くに帰る働き者であった。その分、剛志はいつも洋平や浩太、時には陽子や美郷の家に預けられるのが日々であった。


 預けられる側とすれば、小さな町の小さな家族の出来事だから、近所さんの困りごとだからと我が子のように迎え入れるわけだが、剛志の心情とすれば計り知れないものがあるだろう。それでもひねくれる訳ではなく、彼なりにひたむきに大人に向かって進んだ姿だと皆は感じていた。

 一方の涼子はこの町には異質な移住者である。彼女は小さいときから病弱で、病気療養の為にこの町に移り住んだ。彼女の両親は共に役所の役人だったので、働き口も支所の役人だった。望月村の本所は山の向こう側にあって、そこそこ都会に近く、世界観も近未来な世界。こちらの世界になじむには相当な気苦労もあっただろうが、涼子の病状は少なからず万般の物事を一通りこなせる程まで回復した。

 両親は、この町こそ涼子にとっての安住の地であると確信を得、そしていつしか歳を重ね、この地にて生涯を閉じた。

 

 今でこそ涼子は異質ながらに町に溶け込んでいるが、当時は町でも忌み嫌われていた。町の者達にとって移住者は初めて。まして他の文化を少しながらも取り入れるということは町そのものを変えてしまうという事。小さい町を守る側からすれば、異質なものは時として破綻を生み出すことを、町の皆がわかっていた。


 そんな涼子を支えていたのは、誰でもなく剛志だった。

そして、剛志が支える様をみて、洋平や浩太、陽子や美郷も剛志と共に涼子を守る事に専念したという。

 町の人たちの意識を変えるのに、彼らは学生という身分を存分に発揮した。

学校通信で、涼子や両親の意識的な受け入れを地域に訴え、学校の先生とも話し合って今後の町の在り方を幼いながらに議論しあい、やがてそれらを町の議会にも持って行った。

 今後だって有りうる話で、この町の皆で出来ること、この町だから出来る事を訴え続けた。結果、大人たちは子供たちの熱意に負けた。

 剛志にしてみれば同級生達が力を貸してくれるとは思ってもみなかったことだったようで、でも出来るだけ友人達に負担が大きくならぬよう、ほぼほぼ発案は剛志からのものであった。

 涼子からしてみれば、正義の味方で、頼りになる存在だったようで。


そんな剛志が、陽子と美郷の元を訪ねてきたと。

涼子が無事に子供が産めるよう、力添えをお願いしたいと言ってきたそうだ。

 洋平と浩太には言いづらい面があるようだ。女性にしか、母親にしか分からないことがあるだろうと、そんな事も言っていたようだ。


散々飲んできたが、そんな話を聞いて二人は一気に酔いが冷めてしまっていた。

 二人とも、行くぞと言うか否かの合間にも剛志の自宅に駆け込む。


剛志は相変わらず寡黙なまま二人を迎え入れた。少しぬるめの緑茶を用意し、まぁ座ればいいと男三人、縁側にどっかりと座る。


 剛志からは、すまん。いつもながら酒にも付き合えなくて、とぽつり。

二人は茶をすすりながら、水臭いじゃないか、女達だけで。俺たちもお前の仲間だぞ、とぽつり、ぽつりと伝える。

 あぁ、そうだな。また、頼むよと改めて目を二人に合わせる。

洋平と浩太は目を合わせると、大笑いして剛志の肩を両側から掴む。


なに、酒飲めないなら今度は、男同士でお茶会でもやろうか。

お茶なら菓子が必要だな、魚でもお茶とあうのかなどと話しはじめた。


遅れてきた陽子と美郷。それぞれ私と汀を抱いて。

 家の奥からは涼子が身重で腰に手を当てながら出てきた。

あらあら、剛志さん。今日はなんだか、懐かしい人達が勢揃いね、と柱に手を当てる。

 貧血が酷く、週に二回ほど通院してはいるが、母子共に良好だそうで。

剛志がただただ、心配性なのだ。


そんな話を涼子がするもんだから、今度は皆で大笑い。

 大丈夫、元気な子供が産まれるわよ、と美郷。

私たちのように、仲良しな子供たちになるといいわね、と陽子。

陽子に抱かれた私はぐっすり寝ていて、汀は目をぱちくりさせてその場を見ている。

 

 それからはしばしば、男だけのお茶会が開かれるようになったのは言うまでもないだろう。


 しばらくもすれば、女の子が産まれた。

名を司沙(つかさ)。剛志のような正義感ある女の子に育ってほしいとの、涼子の想いが込められた名前だそうだ。


 司沙が産まれた時はさすがに、剛志も宴に呼ばれた。

下戸なのに、酒も飲んでいないのに、寡黙な男は珍しく、その日はとにかく陽気だったそうだ。これもまた、語り継がれる物語の一つとなった。


 この町はこうやって、日々が過ぎ去っていく。

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