第2話 仕返しすら出来ないヘタレな俺
「あはははは。先輩、今みたいなのをアンカリング効果っていうんですよ?」
やや背伸びをしながら、その白く細い指が俺の唇に触れた。
こんなことですら、恥ずかしいと思う俺がおかしいのだろうか。
少なくとも亜由美はいたずらっぽい顔をしているだけで、ドキドキはしていないように見えた。
部活の中でも亜由美はいつも人気者だ。
マネージャーという立場もそうなのだが、一番の人気は誰にでも優しく差別をしないということだ。
メインメンバーだけでなく、補欠や怪我で参加出来ない部員などにも、必ず分け隔てなく接している。
そのため、皆が亜由美のことを狙っていると言っても過言ではない。かく言う俺だって、ずっと亜由美のことが……。
「って、触っておいてなんだよ。そのアンカリング効果って、どういう意味だよ」
「知らないんですか~? 今日習ったんですよ。んと、初めに通らないような大きな要求を言ってからその後に小さな要求をすると、これぐらいならばいいだろうって人間の脳は思ってしまうってやつです。実践、してみたかったんですよね」
「ちょっと待て、じゃあ俺は実験台ってことかよ」
「えへへ。でも、唇柔らかそうって思ったのは本当ですよ、先輩」
アンカリング効果なんて、んなこと、去年俺も習ったか?
うちの学校はただの普通科だぞ。
それにしてもなんだかなぁ。
小学校からずっと同じ学校に通い、ほとんどと言っていいほどずっと一緒にいた。だけど亜由美の中での俺の位置は、どこまでいっても仲の良い男友達くらいなんだろうな。
こっちの身にもなれよ。いや、ドキドキするだけ馬鹿だってことは分かっているけど。
分かっていても落胆している自分がいた。
それは一瞬、距離が縮まったような感覚があったから余計にかもしれない。
「ん-。不公平だって思うなら、一回先輩もやってみます?」
初めに大きなことをふっかけて、次に小さいか。
「不公平か。そうだな。……じゃあ、そうだな。俺と付き合ってくれよ、亜由美」
「え?」
亜由美の真顔を見て、いかに自分が馬鹿なことを言ったのか理解する。
いやいやいやいや、いくらふっかけろって言ったって、これはないだろう。
俺、今自分でなんて言った? 馬鹿じゃねーか?
いくらずっと片思いをしてきたからって。さすがに馬鹿すぎるだろう。
この後の展開考えてから言えよ。こんな風に一緒に帰れなくなるだろうが。
ただ隣にいるだけで、満足してたっていうのに。
これは自分でもアウトだと分かる。ああ、時間を巻き戻してくれ。
馬鹿すぎて自分でもびっくりする。
ああ、どうすればいいんだ。そうか、次の小さい欲求を言って、相殺すればいいんだな。って、何も思い浮かばねーよ。
ぐはっ。穴に埋めてくれぇぇぇぇ。
「……っぱい……しょーくん。ねぇ、聞いてる?」
すっかり自分の世界に入っていた俺を、名前を呼んで亜由美が引き戻す。
俺の右手を両手で掴み、ブンブンとそのまま横に振っていた。
俺が全然話を聞かないことに怒ったのか、その頬っぺたを膨らませている。
その頬は、艶やかな夕焼け色に染まっていた。
先輩という固有名詞ではなく、名前で呼ばれたのはいつぶりだろうか。
高校で初めて顔を合わせた時には、すでに先輩呼びになっていた。
そう、その他大勢と同じ、ただの先輩に。
「悪い、聞いてなかった」
「もー。しょう君は、いつもそうなんだから。で、次はなんて言うつもりだったの? 一個だけじゃアンカリング効果にならないし。ただの告白になっちゃうよ?」
「あ、いや、それが……」
キスしたいと言いかけ、必死に思いとどまる。
ダメだ、このままでは俺は変態になってしまう。落ち着け、落ち着くんだ俺。
せめてこの帰り道に一緒に帰れる距離感だけは、手放せないだろ。
みっともなくたって、一生ただの男友達だって。
なんでもないただの近所の人ランクに落ちるよりはマシだろ。
考えろ、考えろ!
せめて亜由美が引かないレベルのお願いを。
「そ、そうだ。このまま亜由美と手を繋いで歩きたい、なんてな?」
「……なんだ……意気地なし」
「え、今なんて?」
ささやくように小さな声で紡いだ亜由美の言葉は、風でかき消された。
「なんでもなーいです」
怒ったように、亜由美は歩き出す。
しかし手は繋がれたままだ。
あの角まではあと少し。
恋の正解なんて分からなくても俺は、このままもっと道が長く続いてくれればいいと心から思った。
*~*:,_,:*~*:,_,:*~*:,_,:*~*:,_,:*~*:,_,:*~*:,_,:*~*:,_,:*~*:,_,:
昔書いたラブコメ?を引っ張り出してきて、ざっくり書き直ししてみました。
基本全然書かないジャンルで正解かわかりませんが、なんとか合格点いただけましたら★入れていただけると、泣いてそのうち踊り出します。
たぶんきっと。。。
まだまだカクコンのお祭りは始まったばかり。
あと気力で数本出す予定ですので、ぜひそちらもお立ち寄りいただければと思います。
小悪魔な幼馴染と彼女いない歴=年齢な俺。 美杉。節約令嬢、書籍化進行中 @yy_misugi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます