箸休め① ふたりの昼ごはん
「アキの世界にはこんなに美味い物があるんだな……」
1口味見をしたベリィが呟いた。その物足りなさそうな目線はずっと鍋の中のカレーとナンに注がれている。
「多めに作ったから、お昼ごはんに食べても良いわよ?」
バッ、とベリィが顔を上げる。暁子を見つめる琥珀色の瞳が爛々と輝いた。
「いいのか!? よし食べよう。今すぐ食べよう。実を言うと腹が減って仕方無かったんだ!」
「分かるわぁ、カレーの匂いはお腹空くわよね」
カレーの日は給食室の前に匂いにつられた子供達が集まってきては「アキコさん、俺のクラス大盛りにして!」「あ、ずるい!」などと盛り上がる。あの光景を次に見られるのはいつになるのだろう。
……今考えてどうなる事でもない。
ふるふる、と首を振り、カレーを盛り付ける。
「さぁ召し上がれ。コルタリも足りなかったらお好みでどうぞ」
私の世界だとこうやって食べるのよ、と、手でナンをちぎりカレーに浸して見せる。材料も台所も普段と勝手が違う為全く同じ物という訳にはいかなかったが、これはこれで美味しく出来た。
ベリィも暁子の真似をしてナンをちぎって浸し、口に運んだ。数回の咀嚼の後、目を見開く。もぐもぐと口を動かしながらうんうんと頷き、何も言わずに次の1口を食べる。
そんなこんなで彼女はあっという間に1皿を平らげ、恥ずかしそうに暁子を見上げた。
「おかわり……してもいいか?」
「ふふ、もちろん!」
あまりにも美味しそうに食べるものだから暁子もついつい大盛りにしてしまう。結局合計で6皿分をベリィ1人で平らげてしまった。
ナンで綺麗にカレーを拭い取り、最後の1片を口に入れた後、ベリィがはたと何かに気付いたような表情をした。その表情を見た暁子もはっと我に返る。
――リートと一緒に食べる為に作ったのにほとんどベリィに食べさせちゃった!
ベリィが恥ずかしそうに笑った。
「悪い、あたしとしたことが……今更なんだけど」
「いえ、私こそ――」
「このカレーに合いそうな食材を思いついたから、ちょっと準備させてくれ」
「そっちかぁ」
まぁこれだけ美味しそうに食べてくれるなら本望だわ、と1人笑う暁子をよそに、ベリィは棚をごそごそと漁る。取り出したのは……
「……お米?」
「そうだよ。もしかしてオコメもそっちの世界にあるのか?」
イントネーションこそ違えど、見た目も色も元の世界の米に瓜二つである。呆気にとられる暁子を尻目に、ベリィは鍋を取り出した。
鍋に米と水を入れ、蓋をする。指を1つパチンと鳴らし、火がついたままの
と、5分ほど経ったところでベリィは鍋を火から下ろしてしまった。まだ湯気も上がっていないというのに。
「まだ炊けてないわよね?」
思わず訊ねる。鍋で米を炊こうとすれば20分はかかる筈なのだが。
「いや、これが実は大丈夫なんだよ」
「何か魔法でも使った?」
「鍵を閉じる魔法の応用だな。理屈は分からないけど、蓋と鍋をぎゅっと密着させて湯気が出ないようにすると早く炊けるんだ」
成程、圧力鍋と同じ原理だ。蒸気で鍋の中の圧力を上昇させる事で、高い温度で調理ができる。魔法とはなんと便利なのだろう!
10分程蒸らしてから、ベリィはまたパチンと指を鳴らした。閉じ込められていた湯気がぷしゅうと音を立てて溢れ出す。その湯気に乗って嗅ぎ慣れた匂いが漂ってきた。
「このパンも勿論美味いけど、オコメも合いそうじゃないか?」
「それはもうお墨付きよ。私の国でもよくカレーとお米を組み合わせるからね」
「やっぱりな! こういう時のあたしの見立ては間違いないんだ」
ベリィはニヤリと笑いながら皿にご飯を盛り付けると、それを暁子に差し出した。
「アキも勿論食べるよな?」
「もう……当たり前じゃない!」
炊き立てご飯とカレーの匂いの組み合わせにつられない人間なんているのだろうか?
そうして結局、大鍋いっぱいに作ったカレーは綺麗に空っぽになってしまった。余ってもアレンジが効くし……と8人分くらいの量は作ったつもりだったのだが、未だ食べ足りなさそうな表情を見せるベリィにとってはおやつのような量なのかもしれない。
その後、暁子が最初の2倍の量のカレーを作った事は言うまでも無いだろう。そして、1度目よりも美味しく出来てしまったそれを、ベリィが味見と称して3皿平らげた事も。
【続く】
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