第18話 油断【side.セーレ】

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 前期末の筆記試験は基礎知識しか問われない、入学前に学習済みの内容ばかりだった。元々魔法の基礎知識に関しては誰にも負けない自信があったので、この結果は私も満足できるものだった。


「試験結果の1位はセーレ……498点。ほぼ満点ですか。流石ですね」


「殿下だって495点、私とほぼ同じ点数ですわ。事実上、成績最優秀者の筆頭は殿下ということになります」


「おや?どうしてですか?」


「この後に行う実技試験で、私は魔法による加点を得られないですから」


 これは現実として受け入れるしかない。筆記試験の後で行われる実技試験では、模擬戦闘を通じた身体強化と戦闘能力の両方を審査される。詠唱魔法が解禁されるのは後期からなので、戦力差で考えるとまだマシと言えなくもないが、それでも身体強化の習熟度を評価されない分、他の生徒よりも得点を伸ばしにくいのだ。


「そうかもしれませんが、少なくとも筆記ではあなたに敵いませんでした。今は"参りました"と言っておきましょう」


「殿下がそういうのでしたら、私も今は勝ちを誇りましょう。ですが、それよりも……」


「ええ、そうですね。これは少々意外でした」


 私と殿下は、その間にある名前に注目した。ドロテ・バルテル……平民にして特待生である彼女が、私と同じ498点で同点タイという成績を収めていたからだ。


「彼女は体力と魔力だけが自慢なんだと思っていました。セーレを挑発していた時は本当に特待生なのかと疑っていたものですが……まさか学力面で僕を超えていたとは。これは僕の勉強不足を恥じるべきですね」


「……」


 ……それはわからない。殿下が休日も政務に励んでいて、学業に打ち込み切れていないのは貴族であればだれでも知っていることだ。ただ、そこを指摘して慰めたところで殿下は喜ばれないだろう。私に出来ることがあるとすれば――


「……ふふっ、その通りですわ。彼女が殿下の代わりに王位継承しても知りませんわよ?」


「これは手厳しいですね。そうならないよう、取り急ぎ貴方を超えることを目標にしましょう」


 ――こうして殿下を奮起させるために、浅ましい挑発をすることくらいだ。


「カロリーヌ嬢は463点ですか。トップ勢からは離れていますが、上位には違いありませんね。そういえば、実技試験での模擬戦闘では、彼女を指名したのでしたか」


「ええ、彼女も受けてくれました。身体強化魔法を使えない者同士、仲良く戦わせて頂きますわ」


 この時の私は筆記試験こそが本番だと思っていたので、あまり実技試験の事を重視していなかった。でもその甘さは、すぐに訂正せざるを得なくなる。




 筆記試験が終わった翌日、私達は校庭に集められていた。もちろん、実技試験を行うためである。


「実技試験は生徒同士の模擬戦闘で審査いたします。事前に説明した通り、前期末ではペアを自由に組んで良いものとします。得意の獲物を使って、自分なりのスタイルで模擬戦闘を行ってください」


 刃を潰された武器の数々が校庭に運び込まれた。ここで行う模擬戦闘はあくまで実技を見るためであって、勝つかどうかは重要ではない。また怪我を防止するため、重さで敵を叩き潰す鈍器の類は一切用意されていなかった。


 私は少し考えてから、キドニーダガーを手に取った。元々は瀕死の兵にトドメを刺すために使う親切キドニーなダガーであり、決闘に使う武器とは言えない。本当は手製のサバイバルナイフによる奇襲戦法が一番得意なのだが、流石に決闘形式の模擬戦闘では使わせてもらえなかった。


「せんせー!ナックルガードは無いんですかー?」


「ドロテ君、申し訳ありませんがそれは後期末までお待ちください」


「はーい。じゃあ、これにしまーす」


 ドロテさんは体術に自信があるらしい。恐らく後期ではナックルを使うことになるのだろう。そんな彼女が選んだ獲物は、奇しくも私と同じダガーだった。


「セーレ。治癒魔法が効かないのですから、怪我はしないでくださいね」


「相手はカロリーヌさんです。お互いに怪我をするような危険なことにはなりませんわ」


「あ、あはは……お手柔らかにお願いします」


 カロリーヌさんは……サーベルを選んだのね。ちょっと意外だわ。もっと軽くて細身なレイピア辺りを選ぶかと思っていたのに。


「では、最初はセーレ君とカロリーヌ君から始めましょう。お互いに身体強化の魔法は使っていいものとし、勝負ありと判断できた際は私が止めます。他の方々は二人の戦いをよく見ておいてください」


 ギャラリーからは失笑が溢れていた。魔法不能者と、まともに魔法を制御できない二人に何を言ってるのかと言わんばかり。


 良いわ、私達の戦いぶりをよく見ておきなさい。酒の肴にはなるでしょうから。




 校庭の中心に、私とカロリーヌさんが対峙した。私はすぐさまダガーを抜き放ち、腰を低く落とした。野盗や山賊が選ぶ下品なスタイルとされているが、瞬発力を発揮するためにはこうするのが一番理に適っている。


 短剣の利点は、その軽さから素早く動けること、そして取り回しが利くことだ。堂々たる姿勢を選び取る理由はない。その姿勢を見たギャラリー達から、さらに大きな失笑が漏れ出ていた。




 だがそんな失笑は、カロリーヌさんがサーベルを抜いて構えた時にすべて消え去った。私もその姿に戦慄を覚える。


「お二人とも、始めてください」




 …………隙が……無い……!?




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