第17話 平民にしては【side.ドロテ】
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「あら、ドロテさん。今日も走り込みをしますの?もう遅いですし、お帰りになられた方がよろしいのでは?」
「はい。私は皆様と違って血が不出来ですので、人一倍の努力を必要とします。クラスメートとして、皆様にとって恥ずかしくない人間でいたいのです」
「まあ!殊勝な御心がけですわ。先の体力測定ではトップの成績を収めましたのに、まだ高みを目指していますのね」
「頑張ってくださいまし。私達、心から応援していますわ」
休日だと言うのに貴族令嬢からお茶会に誘われた私は、挨拶もそこそこに焼き菓子を頬張り紅茶をすする貴族令嬢どもから離れ、吐き気をこらえながら走り込みを開始した。反吐が出るとはこのことを言うのか。
あいつらの考えていることなど分かっている。成績優秀者である私を手駒として加えておけば、いざという時に役に立つ。それくらいの浅ましい考えに違いない。
貴族は嫌いだ。あいつらは私達平民から税を徴収し、贅を尽くす。彼女たちが食べている菓子も、飲んでいる紅茶も、全て私達平民が身を粉にして働いて稼いだ税によって調達されているのに、それが当たり前みたいな顔をしている。例え成績で負けていたとしても、身分差まではひっくり返せないと分かっているからだろう。
「たまたま貴族に生まれただけのくせに……!勝手に私達を平民にしてるくせに……!私達のおかげで贅沢出来ているくせに……!!」
お父さんとお母さんが必死になって働いても、成果の半分以上は一方的に奪われる。お母さんが病気になった時も、お父さんが事故で死んじゃった時も、あいつらは何もしなかった。「税を納めてくれてありがとう」の一言も無い。税を免除するでもない。
困窮する私達へ賜った一言は、「税は納められそうか」という、ただそれだけだった。まるで
もしも私が治癒魔法の習得に手間取っていたら、お母さんはあのまま死んでいたかもしれないのに。
いつか貴族を打倒してやる。平民が人間扱いされる国を作ってやる。そう思って特待生待遇で入った一流学園で出会ったのが、魔力を一切持たないあの女だった。
『セーレ・カヴァンナ。魔法戦士の名家と名高い、カヴァンナ公爵の長女です。得意属性は無し。得意魔法も無し。そもそも魔力が一切無いので魔法は全く使えません。体が金属で出来ているのかもしれませんね?』
自己紹介を聞いた時、耳を疑った。平民の中にも魔法不能者はいた。だけど金属みたいに魔力が全く無いなんて聞いたことが無い。魔法が得意じゃなかった私のお母さんでさえ、ちゃんと魔力はあったというのに。
生まれながらに私よりも劣っている貴族がいると知って、昏い喜びに打ち震えた。無条件に見下せる貴族と初めて出会えた事に、初めて神に感謝した。きっとこれは頑張ってきた私に対するご褒美なんだと思った。
それなのに……!
――30分ほど走って身体が温まってきた。しかしまだだ。まだ足りない。無意識に使いそうになる身体強化魔法を強引に抑え込んで、私は自分の身体だけを使って走るスピードを速めた。あの貴族はこんなものじゃなかった。アイツはこの程度では息切れすらしていなかった。
あの女は魔力無しで私と対抗していたのに、魔法を使う他の貴族を圧倒していたんだ。第三王子でさえ、彼女には及ばなかった。
「貴族の癖に……公爵令嬢の癖に……恵まれて生まれてきた癖に……!!」
『すごい……魔法って、こんなことができるの……!?』
思わずこぼしてしまったあの一言。屈辱だった。魔力を一切持たないはずのあいつが、よりにもよって私の魔力を使って魔法を使ったことが許せなかった。しかも私の魔力が人並みよりも強かったものだから、まるであいつの魔法陣が優れているかのように評価されてしまった。
税を貪るだけでなく、平民の魔力まで搾取するというのか!!
……だけど、あいつはそれだけじゃなかった。
『……疲れて足がもつれただけです。一人で戻れま……っ!?』
あの時、私はもう限界で負けると思ってた。端にたどり着いて足が動かなくなった時になって、ようやくあいつが転んでいたことに気付いた。思ったよりもたくさん流血しているのが見えた私は、考えるよりも先に心配になってつい歩み寄ってしまった。
そして震える足を引きずりながら駆け寄った時に、私は気付いてしまった。不自然に盛り上がった地面。遠くから笑っていた数名の女子生徒。こいつは、あいつらに妨害されたのだと。
貴族の最上位であるはずのこいつも、貴族達から搾取される側だったことに、気付いてしまった。
しかも、あいつは魔法が使えない事を気にしていないばかりか、魔法によって妨害されたことでさえ当たり前のように受け入れていた。悔しそうにしていたのに、あいつらのせいにするでもなく、言い訳をするでもなく、ただ転んだという事実を受け入れようとしていた。
そして私は、貴族の誰からも称賛されなかった。
勝ったのは私だったのに、皆あいつの方しか見ていなかった。
最初から他の連中は、あいつが無様に負ける姿を見たかっただけだった。
私が勝つ姿を見たかったわけじゃなかったから、転んでいるあいつを見られたら、私はもう用済みになっていたんだ。
「はあっ……!!はあっ……!!あっ!」
転んだのが草むらだったのは幸運だったのか、それとも草むらがあった事にさえ気付かなかったのが間抜け過ぎたのか。私はそのまま転倒し、仰向けになって夕暮れを見上げることになった。
……綺麗な茜色だ。最後にこうやって寝そべりながら空を見上げたのは、まだお父さんが生きていた頃だったかな。
「……う……ううっ……!!」
私はどうしたら良いのだろう。平民だから搾取されているのかと思っていた。だけど学園に入ってみれば今度は逆で、貴族に媚びる
なんなのだ、一体。どうしてこんなことになっているのだ。
「なんで……なんでよぉ……!私達が搾取されるのは平民だったからじゃないの……!?私が悪いっていうの……!?私が何をしたって言うのよぉ……!」
どうして私は、こんなにも満たされないでいるのだ。どうして辛さだけが、残っているのだろう。
その疑問に答えてくれる人ですら、私の隣にはいなかった。
「おはよう、ドロテさん」
休日が明けた翌日。私はあいつから挨拶された。公爵令嬢様の方から平民に挨拶するとは思わなくて、思わず固まってしまったけど、あいつは気にした風もない。そんなところも気に入らない。
「……おはようございます」
「体力測定では結局私が負けてしまったわ。完敗よ。だから、約束を果たすわね」
……!?待って、何をするつもり!?ここは教室だ、周りにも人はいる!確かにあの約束事は周りも承知しているだろう、堂々とお互いに宣言したのだから。でも、だからってこんなところで――
「白旗は上手く作れなかったから、白いハンカチで代用させて頂戴。……参りま――」
「駄目ッ!!やめてくださいッ!!」
こんなことで、私に頭を下げてほしくない!!
「何を本気になってるんですか……!?あれはあなたを本気にさせるための方便ですよ!本気のあなたに勝つための挑発です!セーレ様だってそうでしょう!?そんなことで……あんな結末で、負けたなんて言わないでください!!」
「え……ドロテさん……?」
むかつく……!!なんて卑屈で、立場を弁えない女なんだ!!公爵令嬢のくせに、すぐそばに第三王子だっているのに、平民に向かって膝を付き、手を付いて降参することに負い目は無いと言うの!?
私達平民と、貴方が対等だとでも言いたいの……!?
馬鹿にして……!!私と貴方が対等な訳が無いじゃない!!
「……勝負は預けます。次に勝負する時は、絶対に負けません。その時こそ本当に手を付いて、白旗を振ってしてもらいますから」
「……分かったわ、貴方がそう言うのなら。次こそは勝ちますからね、ドロテさん」
「望むところです。……失礼します」
くそっ!腹が立つ、イライラする、胸が焼ける!!黒々とした感情が胸から離れない。あいつの顔が頭から離れない。あの優しくも羨ましげな笑顔が、胸を搔きむしりたくなるほどの苛立ちを喚起した。
貴族なんて嫌いだ。貴族は貴族らしくしていればいいのに……!
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