第7話 宣戦布告【side.セーレ】

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 入学式を滞りなく終えた私は、お手洗いを済ませた後で教室のドアを開けて中に入った。気品よく静かに開けたつもりだったが、私の姿を認めた瞬間教室に緊張が走る。理由は明白。教室で口喧しくおしゃべりしていたのは、かつて私に対して陰口を叩いた子供達だったからだ。


「ご機嫌麗しゅうございます、皆さん」


「………っ」


 わかりやすい沈黙だわ。怖いのよね、死体もどきの私が動いているのが。でも公爵令嬢相手にその態度、学園で通用すると思っているのだとしたらお笑いだわ。


 そう内心では鼻で笑いつつ、突き刺さる目線を無視して事前に指定されていた机に座ろうとした時。


「ご機嫌よう、セーレ嬢」


「うひっ!?」


 あまりにも気安く、当たり前と言わんばかりに真後ろから声を掛けられた。ぎょっとして振り向くと、そこにはなんとファブリス第三王子殿下がいた。


 なんてこと……同じ教室だったのね……。


「一緒の教室なだけでなく、こうして席も近いとは。なんだか運命じみたものを感じますね」


 まるで内心を読んでいるかのようだ。そんなに私は顔に出やすいのだろうか。でも今回ばかりはありありと出ていたかもしれない。完全に油断していたわ……。


「……え、っと、ご機嫌麗しゅうございます、殿下。今日から3年間、よろしくお願い申し上げます」


「ん?はははっ!固いですよ、セーレ嬢。確かに僕らはだけど、ここでは同級生に過ぎません。お互い気楽に過ごしましょう」


 ニコニコと親し気にしつつ、婚約者同士という部分だけ強調する辺り流石と言うべきだわ。教室の中のどよめきが大きくなり、露骨な内緒話が始まった。今ので周囲の人間は、私に手を出しにくくなったに違いない。


 私を護るため……ではなく王家の体面を守る為だろうけども、それでもありがたい。嫌われるのには慣れているが、邪魔をされるのは迷惑だし、面倒事を楽しむ趣味もない。


「ええ、良い学園生活にしましょうね、殿下」


「そうしましょう、セーレ」


 殿下の目は笑っていない。もちろん私の目もそうでしょうね。




「お待たせいたしました。皆さん、席に着いてください」


 ちょうど挨拶が一区切りというところで、この教室の担任が入ってきた。長身瘦躯の青年だが、くたびれた制服を着ている辺り、教師を始めてから結構長いのかもしれない。入学式の日にくたびれた服を着ているのもどうかと思うが。


「皆さま、ご入学おめでとうございます。皆さまの担任を務めるアシムと申します。今日から3年間、よろしくお願いいたします」


 意外と丁寧な挨拶だ。学園の教師の中には生徒に対して「おい」とか「お前ら」と言った扱いをする者もいると聞いたが、どうやら腰の低い人に当たったらしい。こういう人ほど高位貴族の系譜だったりするのよね。


「さて、では簡単に自己紹介をして頂きましょうか。名前と地位、得意属性、得意な魔法を言ってください」


 ああ、魔法。得意属性。そうだったわ、魔法を使えることが前提だったわね。さて前提条件を満たしていない私は、どうしたものか……。


「カ、カロリーヌと申します。オフレ子爵の娘、です。得意属性は水で……と、得意な魔法は、ありません……」


 へえ……魔法第一主義と言ってもいいこの国の学園で、得意な魔法が無い娘なんているのね。私みたいな例外だけかと思ってたわ。


「よろしくお願いします、カロリーヌ君。では次の方、どうぞ」


「はい!ドロテ・バルテル、平民です!得意属性は光と火で、得意魔法は治癒魔法です!」


 教室内にざわめきが起こった。実際、私もちょっと驚いた。この学園は確かに平民も入学できるが、授業料がかなりの額なので平民には結構敷居が高い。授業料免除の特待生がいるとは聞いていたが、彼女がそうか。


「光と火の複合適性ですか、それはまた珍しいですね。では次の方――」


 それにたしか、その得意属性は――。


「……ファブリス・フォン・アンスランです。第三王子ですが、ここでは王族ではなく貴族子息として扱ってください。得意属性は光と火、得意魔法は……破壊と治癒です」


 そう、思いっきり第三王子と丸かぶりだ。伝説の勇者と、その伴侶であった賢者が得意としていた光魔法と火魔法、それを両方継承するのは勇者か賢者の血を引く者のみとされているが。


 ドロテさん……あの子もその血縁、ということか?だとすれば勇者か賢者の末裔である可能性が高いが、果たして。


「よろしくお願いします、ファブリス君。では次の方、どうぞ」


 ……あ、私の番ですか。はてさて、どう自己紹介したものか。


「どうしましたか?名前と得意属性だけでも大丈夫ですよ」


 うーん……取り繕っても仕方ないか。ありのまま言おう。


「はい。セーレ・カヴァンナ。魔法戦士の名家と名高い、カヴァンナ公爵の長女です。得意属性は無し。得意魔法も無し。そもそも魔力が一切無いので魔法は全く使えません。体が金属で出来ているのかもしれませんね?」


 事情を知らない者の困惑と、死体もどきの自傷行為に対する嘲笑が広がった。クスクスと不快な息遣いが聞こえてくる。だが私は入学する前に決めていた事があるのだ。今のうちに嗤っているがいい。


「――ただし、魔法と魔力の知識であれば、この場にいる誰よりも詳しいと断言できます。そして卒業する頃には先生よりも詳しくなるつもりでいます。なにせ自分が持っていない物や、知らない事に興味を惹かれる性格ですので。皆さま、よろしくお願いいたします」


 嘲笑の中に憎悪が混じり、驚愕の中に関心が宿る。私に対して良くも悪くも注目が集まったわね。これで敵意にしても善意にしても分かりやすくなるだろう。


 そう、これは死体もどきからあなた達への宣戦布告だ。魔法が使えない死体もどきよりも成績で劣ればどう見られるか、よく思い知ることね。




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