第6話 死体に生えたカビ【side.ファブリス】
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春が近いとはいえ、やはりまだ陽が伸びたとは言い難い。それほど長い滞在でもなかったはずだが、すでに空は夕暮れに染まりつつあった。
「チッ……!」
「主導権、握れませんでしたねぇ」
「うるさい」
馬車の中でも僕の苛立ちと怒りが収まることは無かった。あの無礼な令嬢は一体なんなのだ。三番目とはいえ、僕は王子であり、彼女の婚約者であり、将来の夫だぞ。まさかあそこまで深く、辛辣な皮肉で返してくるとは思わなかった。
だが、それ以上に許せないのは、自分の失言だ。
『……世間では君を死体のようだと嘲笑っているようだが?』
『ええ、実に面白い例えですわ。笑えますわね』
「……くそっ。何が主導権だ。完全に失態だ」
頭に血が上ったとはいえ、あれはどう考えても僕が言い過ぎた。誰が死体のようだって?僕があの屋敷に行った目的は顔合わせであって、世間一般の差別意識を再認識させるためではなかったはずだ。
後日改めて謝罪しなければならないだろう。……それにしても。
「あれが死体なものか。あんな……」
あんな、昏くも強い眼力を持つ娘が、まるで死んでいるなどと。どこを見たらそのようなことが言えるのだ。彼女を揶揄する者たちは、そして昨日までの僕は、彼女の何を見てそんなことを言っていたのだ。
「殿下、大丈夫ですか?お加減が優れないご様子ですが」
「いや、本当になんでもない。大丈夫だ」
「そうですか?それにしてもあのご令嬢、中々強烈でしたね。魔力が無くてあれだけの迫力と胆力を持ち併せているなら、もし彼女が一人娘で魔力があったなら、彼女が公爵家を継いでいてもおかしくなかったかもしれませんねえ」
側近の冗談は、もはや冗談の域を超えていた。だが僕も半分同感だ。
「そんな強烈な少女に言い負かされた僕は、死体に生えたカビと言ったところかな」
「上手いことをおっしゃいますね」
「そこは否定しろ、馬鹿」
もう怒る気も起きないな。だが不思議と頭の中は先ほどよりもずっと涼やかで、むしろ不快からは遠い所にあった。僕に真正面から挑発してきた人間は、少なくとも彼女以外に居なかった。もしかしたら彼女ならば、僕の退屈な日々を払ってくれるのではないか。
「石ころ以下の死体もどき……セーレ・カヴァンナ……か」
灰色で彩られた王城生活。学園生活もその延長だと思っていた僕の中に、不安にも似た期待感が燻っていた。
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