第4話 主導権【side.ファブリス】
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「……はあ」
「殿下、先程から溜息ばかりですね」
馬車の小窓を覗きながら、側近の皮肉を無視して僕は何度目かになるかわからない溜息をついた。この先に待っているものが暗い未来だと分かっていれば、誰だって溜息をつきたくなるものだ。
王城での生活は退屈を極める。分かり切った規範、分かり切った貴族としての常識、そしてわからざるを得ない人間の暗部。上位貴族の頂点に近しい王子は、それらを毎日確認し、発見し、学習し続ける作業を繰り返す日々を強要される。そして時に、望んでもいない結婚をも強要される。
もちろん、人間がそんな後ろ暗いだけの醜い生き者であるならば、政治が存在する意味など存在しない。欲望のまま、獣のまま過ごすのが一番楽に違いないのだ。その楽な生き方を否定してでも、弱い存在を助け、時に助けあうことこそが幸せに最も近いのだと人々が信じたからこそ、政治を生み出した。そしてより強い存在から守ってもらうために、貴族という存在を作り出したのだ。自らが傷付かないために、そして責任を被らないために。
だから僕が貴族として産まれた理由は、貴族でない人々を護り、弱い者たちを守り、幸福に導くためだ。そう信じなければ、僕が第三王子を続ける理由などない。可能であれば王族である自分など捨てて、他国に亡命してでも自由を手にしたいくらいだ。今でもその気持ちは変わらない。
それなのに、僕は兄上達よりも先に自由を失おうとしているのだ。結婚という名の枷をはめに。
「……カヴァンナ公爵家が名門であることはわかっているさ。あそこは誰もが類稀な魔力を持ち、私兵である魔法戦士達も国内最強だ。土地運営も健全だし、政略結婚によって結びつきを強める利点は十分に理解しているつもりだよ」
「でも納得されているようには見えませんねぇ」
当然だ。いくら家と家の結びつきを強めるためだからと言って、魔力が一欠片も無い出来損ないの令嬢と結婚することに納得できるやつがどこにいる。だが――
「――兄上達に重しを着けるわけにはいかない」
「重し、ですか……」
「ああ。……何か言いたいことでもあるのか?」
「はい。会う前から相手の印象を決めつけるのは、些か性急かと。政略とはいえ、公爵家が差し出すからにはそれなりに自信があると見るべきでしょう」
自信、ね。ただの親バカという可能性だってあるだろうに。
だが一理ある。それだけに腹立たしい。
「はあ……お前はいつも正論しか吐かないな」
「お褒めに預かり光栄の極み」
「嫌味か?」
「滅相もありません。それで、如何しますか?」
如何も何も無いだろう。今から馬車を城に戻せとも言えないのだから、会うだけ会うより他にない。
「全く、結婚後は苦労しそうだな。魔法が使えないということは、日常生活にも支障が出るに違いない。メイドよりも出来ることが少ない令嬢との結婚生活だぞ!円満な結婚生活が待っているとは思えないな」
当然、光と炎の属性を得意とする僕の気持ちだって理解できるはずが無い。
「……どうせなら、最初のうちに主導権を握っておくか」
「あら……殿下も慎重な方ですねぇ」
普段は絶対に考えないような悪辣な発想をもって、ついに僕はカヴァンナ公爵邸に到着した。
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