第3話 兄として【side.エクトル】

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「父上、お呼びですか」


「ああ、エクトル。どうだ、セーレの様子は」


 妹と父上のごく短い話し合いを終えたあと、俺は入れ替わるように父上の執務室にいた。


「何も。学園での心得を確認しただけとしか言っておりません。特に様子も変わってませんよ」


「そうか……やはりな」


 何かを悔いる父上を俺は傲然と見下ろした。その姿には強い苛立ちを抱かざるを得ない。


「妹は魔法不能者だから、社会に出た時の荒波に飲まれぬよう家でも不能者として扱え。そう言ったのは父上ではありませんか。今更後悔されているおつもりですか?」


 父上は真面目過ぎた。公爵家である以上、国の規範とならねばならない。だからこそ、自分の娘が魔法不能者であるならば、自らが規範となって強い娘に……いや、強い魔法不能者として育てようとした。


 その結果がこれだ。妹は俺以外には心を閉ざし、他人には何も期待せず、自らの力と知識だけを頼るようになってしまった。目に見えない魔力ではなく、目に見える過程と結果だけを拠り所とするようになった。魔力など無くとも、セーレは可愛らしく、そして賢い子だったというのに。


『にいさまっ、おねがいしますっ、わたしにまほうをおしえてくださいっ!わたしは……わたしは、死体じゃありませんっ!!』


 涙を流しながら私の服を掴んだあの日のことを、今でも鮮明に覚えている。結局、その日から魔法の使い方や原理を教え続けたものの、やはり魔力がないセーレに使うことは叶わなかった。だが今でも魔法書を読むあたり、まだ諦めていないのかもしれない。


 お茶会で魔法不能者だと虐められていると知った時、陰でその首謀者を制裁したこともあった。だが今思えばそれがセーレと子供達の距離を、却って開かせてしまったのかもしれない。俺も俺で、やはりまだ子供だったと言うことなのだろう。


 あるいはまだ子供なのか。


「ああ、後悔している。今日セーレの目を見て分かった。あの子は恐らく、私達があえて突き放していた事を理解しているのだ。理解した上で、私達を責めるでもなく、そうされる自分のことを無価値だと確信しているに違いない」


「確信させたのは我々です」


「そうだ。私はあの子をただ娘として扱うべきだった。自分の家で、差別意識に晒させるべきではなかったのだ」


 今更もう遅い……その言葉をかろうじて飲み込んだ俺は、右手を痛いほど握り締めてこの場を耐えた。そうしなくては、俺は父上を殴り飛ばしていたに違いない。そんな簡単なことに気付くのに10年も掛かったと言うのか。


 クソくらえだ。俺も、父上も。魔法が使えない者を蔑ろにする世の中も、それを創り上げることに貢献してきた我が家も。


「殿下との顔合わせの際は、私も同席します」


「そうだな。長兄として挨拶してくれ」


 ああ、もちろんだとも。せめて兄として妹の幸せを願わずして、どうするのだ。




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