第2話 家族【side.セーレ】

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『セーレよ。お前は魔法不能者なのだから無理をするな』


『ごめんなさい、セーレ……私が、あなたをまともに産まなかったから……!』




『魔力が無いことを言い訳にするな!立て、セーレ!あいつらを見返してやるんだろう!?』




 あの忌まわしい洗礼の儀式から10年の時が経とうとしている。


 魔法不能者。


 無能。


 石ころ以下の死体もどき。


 お茶会では陰でそう呼ばれ、表面上は私に話題を振られることすらなかった。公爵家の令嬢でありながら、私は幼少期を苛められて育ったのだ。幸い家族からは何も嫌がらせを受けなかったが、魔法不能者扱いであることに変わりはなく、それが却って私を惨めにさせた。


「ああ、そこにいたか。セーレ、父上が呼んでいるぞ」


 長兄エクトルからお声が掛かった。あの日から、私は家族からはセーレと呼ばれている。本名であるはずのセレスティーヌと呼ぶのに相応しくないからだろう。


「あら、珍しいこともありますわね」


「もうすぐ学園生活が始まるだろう。その前に話しておくことがあるんじゃないのか」


 入学前のお小言かしら?まあ、言われることと言えば、「精々死体と間違えられるな」とかその辺でしょうね。名門カヴァンナ一家の恥部ですから、私は。


「わかりましたわ。すぐに向かいます」


「急げよ」


 兄上はそれだけ言うと、忙しそうに自室へ入っていった。跡取り候補の筆頭ですし、実際に忙しいのでしょうね。私もお手伝いできたら良かったのだけど、誰かに手伝ってもらう類の仕事ではないのだとか。残念だわ。


 私は一人肩をすくめると、父上の執務室をノックした。


「父上。セーレです」


「入れ」


 ドアを開ければ、広々とした執務室の壁を覆うように、高い本棚がずらりと並んでいるのが見えた。本当、いつみても壮観だわ。


 本に囲まれたこの部屋が、私は好きだった。今でも好きだ。幼い頃は何を読んでも全くわからず、逆に全然わからないで頭悩ます時間を楽しんでいた。


 出来ればこれからもずっと、知らなかったことを探究していきたいものだ。学園にそれがあるとは、到底思えないけれども。


「セーレ、来週から学園生活が始まるだろう。その前にお前に対する誤解を解いておきたくてな」


「誤解?なんの話でございましょう」


「自分に価値が無いと、そう考えていないか?」


 ……この家にとって価値があるとでも?


「愛されるに値しないとは思っていますわ」


 銀の剣を向けられ、路地裏から石を投げつけられるだけの価値はあるだろうけども。


「やはりな。いいかセーレ、私達はお前を特別扱いしなかった。魔法が使えないお前を、平等に接したつもりだ。だが学園ではもっと苛烈な環境に置かれることになるだろう。味方を作り、隙を見せぬようにな」


 ……失笑すらも浮かばないわ。私は魔法不能者として扱ってほしいだなんて一言も言ってない。ただ家族として、魔力の有無なんて関係なく、一人の女の子として育ちたかった。いじめられた事を相談できるだけの、家族との距離が欲しかっただけなのに。まあ、兄上だけはそうしてくれていたけれど。


 父上はあれで今まで愛してたと言うの?だとしたら随分と不器用で、大人向けの愛情だったのでしょうね。


「お話はそれだけですか?」


「いや、もう一つ。お前の婚約者についてだ」


 え、初耳なんだけど。


「私、結婚するんですか?」


「当たり前だ。お相手はファブリス・フォン・アンスラン第三王子殿下となる。王家には王女がおらず、エクトルでは婚姻による結び付きを得られないからな。お前が選ばれたのだ」


 これは……流石に笑うしかないわ。名家とはいえ魔法不能者を充てがわれた第三王子殿下が実に不憫ね。きっと内心、面白くないことでしょう。しかも第三王子ということは、第一、第二は拒否したってことでしょうし。


「学園が始まる前に顔合わせをする。失礼の無いようにな」


 失礼の無いように、ねぇ……。私の存在自体が失礼そのものとしか思えないのだけど、流石にそれを言うのは親不孝過ぎるわね。


「承知しました。カヴァンナ家の栄名を損なわぬよう、最大の努力を致します」


 父上の表情が固まったのは、私の言葉を皮肉と受け取ったからか、それとも魔力も無いのに動く私が気味悪かったからか。どちらなのかしら。


 どうして私は、どちらなのかわからないのかしらね、父上?




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