第42話
──翌日、俺はいつも通りソウルブレイドの世界に降り立った。
ログインするとダンジョンの入口前にいたので、とりあえず帰還石で即座にアルレの街に戻ってきた。
昨日は色々あったが、ウルちんのアーカイブ配信を見たらすぐに症状は収まった。
やはりウルちんの動画は万病に効くのだ。
そろそろ医学論文で発表されてもいいと思うんだがな。
『よう、主。昨日は色々とやらかしたな……ククッ。まさか女をダンジョンに取り残してさっさとログアウトするなんてな?』
ログインして早々にマモンが鞘の中から俺の事を誂い始めた。
「仕方ねぇだろ。
当然ながら、アオイにはメッセージできちんと謝罪した。
向こうも快く許してくれた、と言うか、むしろ俺の体調を気遣ってくれたくらいだ。
「つか、俺の事よりも重要な事があるだろ」
そう言って俺はインベントリから例のアレを取り出した。
そう、ラクアナからドロップした謎のアイテム──欲望の痕跡だ。
アイテムを具現化すると、外観は色んな色が渦巻く宝玉だった。
とりあえず手のひらに置いてみたが、特に何も起こらない。マジで謎すぎるアイテムだ。
「コイツの使い道はお前しかわかんねぇんだ。何か心当たりは無いか?」
『ううん……何か知っているような……知らないような……』
「どっちだよ」
『だぁ! そう急かすんじゃねぇよ⁉ 俺様だって必死に考えてんだ!』
俺がツッコミを入れるとマモンは刀装具をカチカチと鳴らして怒り出した。
「ちっ、わかったよ。とりあえず待ってやる」
へその緒を曲げられても困るので、俺は我慢することにした。
何かを思い出そうとしてるのか、その間もマモンはうんうんと唸っていた。
「……そうだ」
しばらく待ってみると、マモンが何かに気付いたような声をあげた。
「お、何かわかったのか?」
『俺様に課金すれば何かわかるかもしれねぇ!』
「……」
『そうとわかれば、さっそく俺様に課金だ! 次の課金額は1000万……今のお前なら余裕だろぉ?』
マモンはカチカチと音を立てながら嬉しそうに言った。
刀剣なので身振り手振りは無いが、声色からしてスキップでもしてそうな雰囲気だ。
そんなヤツに俺は白けた視線を送りながら俺は呟いた。
「……お前それ適当に言ってるだろ」
『そ、そんな事は無いぞ⁉ 俺様の勘がそう言ってるんだ!』
「勘とか言っちゃってる時点で適当なんだっつーの⁉」
ただ単に課金して欲しいだけだろ。コイツ。
ったく……何かにつけて金を欲しがりやがって。
「チッ、バレたか。だが、よく考えてみろ。このアイテムが俺様と関係しているのは明白だが、現状は何も起きない。ここから何か変化を引き起こすとしたら、俺様の強化以外に方法は無いだろ?」
「まぁ、お前の言う事も一理あるがな。けどな、それにしたってお前の強化費用高すぎなんだよ⁉ せめて動画の収益が入ってからにしろよ」
動画の制作はこれからアキラに依頼していく予定だ。
ブラックリリィに所属した事も相まって、一本動画を上げれば相当に儲かるだろう。
安定した収益を得る仕組みが整えば、マモンをさらに強化するのはやぶさかではない。
「まずはウケるような動画を取ってからだな」
とはいえ、肝心の動画がまだ撮影できていないのだ。
まずはそこからスタートしなければならない。
『はン、だったら尚更俺様に投資すべきだ』
「あ? どういう意味だよ?」
『いいか? 現状のお前は大半の人間が知っているんだ。同じような戦い方を動画にしたって目新しさは半減だ』
確かに俺は、ダークネス戦で大半のスキルを見せた。
エンターテイメントとしての鮮度は半減したと言っても過言ではない。
だが、他のプレイヤーのスキルを複製できる事はまだ公開していない情報だ。
それを動画にすれば十分話題になりそうな気がするが……。
『それじゃパンチ不足だ。既に上位ランカーに〝相手のスキルを一時的に奪う能力〟を持つソウルブレイドを保有するヤツが存在している。珍しい能力だが唯一無二って訳じゃねぇ』
「そうなのか……」
『それに保有してるのが上位ランカーなら、当然多くのプレイヤーがその存在を知っている。その時点で話題性を掻っ攫うほどじゃない』
相手の能力をコピーするなんて超ユニークじゃねぇかと思ったが……。
意外とそうでもなかったのか。
ま、コピー系能力ってバトル漫画だとド定番だし当然か。
無論、俺の場合は一度複製すれば完全に自分のスキルになるという違いがある。
だが、細かな違いを万人に動画で理解してもらうのはハードルが高いな。
『そういう訳だから俺様に課金しろ。そうすりゃ記念すべき最初の動画に相応しい能力をお前にくれてやるさ……!』
「……」
何だか甘い言葉に騙されているような気もする……。
だが、ヤツの提案はそれなりに魅力的だった。
大衆があっと驚くほどのスキルが手に入れば、大きな話題になる。
そこを起点に多くの視聴者を獲得できれば、莫大な収益をもたらしてくれるのだ。
(借金の返済をしたから若干足りないが、保有してる装飾品を売れば何とかなるか)
現在の手持ちは800万ほどしかない。
だが、これは灰の牙から奪った金と騎竜クエストの報酬分で得た金で、回収した盗品やドロップした装飾品はまだ売り捌いていない。
それらを取引所で売却すれば1000万を用意する事は可能だろう。
『ククッ、心は決まったようだな。今までだって実質的に無課金だっただろ? 何も心配はいらねぇさ』
──数時間後。
「ステータス強化だけとか、映えないパッシブスキルだけとかだったら恨むからな⁉」
マモンに誘惑された俺は、1000万円相当のゴールドを手に強化画面を開いていた。
『安心しろ。何だか飛んでもない事が起きる──予感がする』
「予感かよ⁉」
『この間は次の強化で手に入るスキルが確認できたが、今回は見れないからな。だが安心しろ。俺様はお前に損させた事は一度も無い」
いや、確かにそうなんだよな。
何だかんだでコイツは俺に大きな利益をもたらしてくれているのだ。
だから俺も少しだけ期待していた。
次に強化したら、今度は何を俺にもたらしてくれるのだろうかと。
「お前の事を信じるからな」
そう告げた後、俺は課金ボタンに触れた。
いつものようにマモンの刀身が光に包まれた。
その後はステータス上昇や獲得スキルに関するログが流れるはずだ。
──そう思っていた。
「……は?」
だが、今回の強化に関しては俺の予想の斜め上を行く結果だった。
目の前で起きたとんでもない変化に、俺は開いた口が塞がらなかった。
『ほぅ、これはこれは……クク、良かったじゃねぇか。こりゃソウルブレイド界で最も有名なソウルギアを持つ男になれるぞ?』
驚愕で言葉を失う俺に、マモンはにやりと笑った。
口の隙間から顔を覗かせるギザギザの歯は何ともマモンらしい。
「……」
さて、この状況はいったいどういう事だろうか。
驚くべきことにヤツは──いや、彼女は。
『なんだ? そんなに俺様の事をまじまじと見つめやがって。ははぁ、さては惚れちまったか?』
──なぜだか知らんが、人の姿へと変化していたのだ。
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