第41話

「くそッ……【瞬影シャドウブリンク】ッ!」


 俺は即座に瞬間移動ブリンクスキルを発動。ラクアナの攻撃を回避した。

 先ほどまでいた場所は、彼女の振り下ろした脚によって大きく地面が捲れ上がった。


『お馬鹿さんね。私の目は一つだけじゃないのよ!』


 瞬間移動ブリンクした場所に、今度は無数の体毛が銃弾のように飛来してきた。

 全てを回避しきる事ができず、いくつか被弾してしまった。


「痛っ……⁉」

『猛毒に抵抗しました。鈍足スロウの抵抗に失敗しました。AGIが30%低下します』


 ログが流れると同時に、途端に身体が重たくなった。

 名前からして状態異常効果のありそうな、この毒針スキル。

 そこに含まれる鈍足スロウの状態異常によって俺のAGIが低下してしまった。


『うふふっ』


 俺に状態異常が入った事を確認したラクアナは、今度は糸を吐き出す。


(くっ……糸がッ……⁉)


 鈍足効果で速度が遅くなった俺は粘着性の糸に足を取られてしまった。

 

「捕まえたわよっ……飛ばれる前に始末してあげるわ!」


 俺の足が止まったのを見たラクアナは、蜘蛛脚をシャカシャカと動かして高速でこちらに詰め寄ってきた。

 そして狭角を剥き出して俺に喰らいつこうとするが、そんな彼女の脇腹に矢が当たった。


「ケイさんに、近寄らないでくださいっ!」


 攻撃力不足であるアオイの矢は、ラクアナに突き刺さることはなかった。


『あらあら、そんな攻撃じゃ……あ?』


 だが、アオイにとってはそれは些細な問題だ。

 彼女にとって重要なのは1でもダメージを与えたという事実のみ。


『あぎぎ……』


 ラクアナはぐるんと白目を向いて硬直した。


『ほう、【気絶矢スタン・アロー】か。やるな、あの女。気絶の状態異常に抵抗レジストの概念はねぇ。抵抗力に応じてされるだけだ』


 ステータスで劣るアオイが発動させた気絶スタンは、たった二秒も維持できなかった。

 だが、俺にはそれだけあれば十分だった。


『がはっ……⁉』


 ラクアナが、その意識を取り戻した。

 だが、既に彼女の視界に俺の姿は無い。


『ど、どこに……ッ⁉』


 クールタイムの明けた【瞬影】によって、俺はヤツの背後に回り込んでいた。


「──【黒欲魔爪ゲレスヴァルト】」


 俺はヤツの柔らかそうな腹部にマモンを突き刺した。


『ぎゃあああああッ⁉』


 黄色い体液が吹き出し、ラクアナは苦痛の叫びをあげた。

 彼女は振り払うような動作で脚を横薙ぎに振るう。俺は後方に跳躍してそれを難なく回避した。


『おのれ、人間風情が……ッ⁉ 許さない……まずはそこの小娘から殺してやるッ!』


 アオイの状態異常スキルを脅威と判断したのか、ラクアナの視線がアオイに向いた。

 そして彼女は全身の体毛を逆立てて攻撃動作に入った。


『えっ……? ど、どうして……⁉』


 ──だが、肝心のスキルは発動しなかった。


「残念だったな。しばらくスキルはお預けだぜ」


 慌てるラクアナに俺はそう告げた。

 それから瞬間移動ブリンクによって瞬時に懐に潜り込むと、黒銀の刃を煌めかせた。


「──【黒欲烈閃ファヴニル】」


 怒涛の剣撃は、ラクアナの体力をみるみるうちに削っていった。


『ぎぃぃぃぃッ⁉』


 追加で発動した感電効果により強制的に硬直させ、反撃の隙を与えない。


「ケイさん、援護しますからっ!」


 さらにそこへアオイが矢を放った。高い耐性によって感電が抵抗レジストされても、彼女の《気絶》がラクアナの反撃を防いだ。


「──終わりだ」


 最後に俺はもう一度【黒欲魔爪ゲレスヴァルト】を放った。

 俺の剣閃はラクアナの上半身を真っ二つに両断──そして光の粒子が舞い上がった。


『アイテムを獲得しました:女王蜘蛛の上銀糸✕11』

『アイテムを獲得しました:女王蜘蛛の眼✕3』

『アイテムを獲得しました:女王の羽織✕1』

『アイテムを獲得しました:強欲の痕跡✕1』

『称号:〝蜘蛛はイヤー!〟を獲得しました。STRが永久的に10ポイント増加します』


 視界に流れる数々の戦利品。その中に〝強欲の痕跡〟とやらもあった。

 気になった俺は、早速アイテムの詳細を表示させる。


 アイテム名:強欲の痕跡

 説明:強欲なる者が遺した意志の残骸。


(アイテム説明を見てもさっぱりわからねぇな)


 マモンに関連してそうな説明文ではあるが、正直よくわからない。

 それに特別な効果も無いようだ。これはちょっと期待外れだな。


「やりましたね、ケイさん! 討伐成功ですよっ!」

「い゛っ……⁉」


 アイテム画面を開いていたところ、アオイが抱きついてきた。

 彼女の予想外の行動に思わず変な声が出た。


「本当にありがとうございます! お陰様でソウルギアも覚醒できそうです!」


 俺に抱きついたまま嬉しそうに話すアオイ。

 恐らく無意識なんだろうが……これはちょっと良くない。

 なぜなら不覚にもドキドキしてしまったからだ。


「そ、そうか……そりゃ良かったな」


 落ち着け、俺。お前は生涯をウルちんに捧げると誓った漢だ。

 女友達のボディタッチにときめくなんて、決してあってはならない。


(……こういう時はウルちんを思い浮かべるんだ。そして気持ちを落ち着かせろ)


 動画のように万病に効く訳ではないが、動悸くらいは治せるはずだ。

 俺は目を瞑り、ウルちんの笑顔を頭に浮かべて瞑想状態に入る。


「……? どうかしましたか?」


 俺の行動を不審に思ったのかアオイが胸元でそんな事を言う。


 ──その瞬間、俺の耳に衝撃が走った。


(どこかで聞いたことある声だと思ったら、ウルちんに声がのか……)


 今の「どうかしましたか?」なんて、イントネーションまでそっくりだ。

 目を瞑ってウルちんの顔を想像してたせいで、目の前にウルちんがいるように錯覚してしまった。


「あ、あっ、あっ、その、そんなに、くくくっつかれると、ここ困るんだが……」


 声が似てるだけだと理解しつつも、錯覚した脳が俺を勝手に限界ヲタク化させてしまう。

 俺はしどろもどろになりながら答えた。


「あっ……!」


 自分がとんでもない行為に走っている事に気付いたのか、アオイは慌てて俺から離れた。


「ご、ごめんなさい……」


 そして耳を真っ赤にしながら、ぼそぼそと呟いた。


「……」


 その囁くような謝罪の声が、これまたウルちんに激似だった。

 同時に、俺の視界に赤い警告が表示された。


『鼻孔から出血しています。また心拍数が異常に上昇しています。至急ログアウトしてください。30秒以上無操作の場合は強制的にログアウトした上で医療期間に自動通報されます』


 俺は天を仰ぎ見ると、無言のままシステム画面を操作した。


「……悪い、現実リアルの方が体調不良みたいだ。警告アラートが出てるからログアウトする……」


 そう言い残して、そのままログアウトを選択した。

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