ぼっちはどこに行ってもぼっち
3人いれば1余る。
教室のプランターに勝手に植えた花が話し相手。
飲み会に参加しては物言わぬ空気と乾杯する。
それが私だ。人生のどの場面でも、集団の中ではどうもあぶれがち。
しかし別にそれが苦ではない。状態異常だとも思ってない。ただいつもひとりでいるだけだ。人と長時間一緒にいると帰りたくなるまである。
そんなだから見かねた上司にはサバゲーに連れて行かれるし、先輩達は気を遣って「悩みでもあるの?」と相談に乗ろうとしてくれるのだが、私は「そんなうらぶれたメンタルじゃないんだけど。まあいいやラッキー!!」と思いながらタダ酒をかっくらったりしていた。人の良さにつけ込むとんだクソ野郎である。そんな20代の話。
社会人大学校、というものが世にはある。
経営学やリーダーシップ、思考法からマーケティングに至るまで、ありとあらゆるビジネスにおけるなんかすごい勉強をするところだ。
適当に「社会人」「MBA」とかで検索すれば、それらしいものがいくつか出てくると思う。ついでに「スキルアップ」「スタートアップ」なんかもおまけに付いてくることだろう。
そこへ通う人間は労働意欲・出世欲に溢れているのはもちろんのこと、「会社はおろか国を、世界を変えてやろう俺達の力で!」と心の底から信じており、そのために一緒に学ぶ同志を「仲間」と呼ぶタイプの人種であることは間違いない(好きで通っている方がいたら申し訳ない)。
基本ひとりでぽつねんとしていたい私にとっては地獄のような空間である。ああいうのは大勢で海賊船に乗ってウィーアーしたい人が行くべき場所だ。
しかしどういうわけか、私はそうした社会人大学校の体験授業に参加することになった。
他部署の先輩がそこに通い、深く感銘を受けたとのことで私に声をかけたのだ。
まあ分かりやすく勧誘にあったのである。
断りたかったが、あろうことか彼は私の直属の上司の前で勧誘したものだから、上司の方が乗り気になってしまい、話が「いいじゃない、行ってきなよ」的な方向に転がったのである。さすがMBA現役生、断れない勧誘の仕方を心得ている。
次の週末の仕事終わりに、私は会場となるオフィス街の貸会議室に足を踏み入れた。
30名ほどだろうか、同じように仕事終わりであろうスーツのビジネスマン達が名刺交換に勤しんでいた。年齢層は20~40代と幅広い。
授業開始まで時間があったから、空気に流されて私も名刺を取り出すことにする。
あっはじめまして、■■の
そんな薄っぺらい自己紹介と相手への興味を持っている風のポーズでジャブを繰り出し続ける。
ようやく席に着いた頃には貰った名刺の人物について何にも思い出せなくなっていた。
仕事の予定もないし何なら業種業界も違う、この会合の後には一切関わりがなくなるであろう名刺の山を抱え、トレーディングカードゲームでもできそうだなんてぼんやりと考えていた。花札だったらカスで何回か上がれそう。こいこい。
もうこの時点で体力を使い切っていたので帰りたい気持ちでいっぱいだったのだが、メインイベントが待っている。体験授業だ。
ビジネスにおける思考方法に関する授業で、5つほどのグループに分かれて答えのない問い(架空の会社の業績を上げるにはどうしたらいいか的な)に取り組むという内容だったと思う。答えがないというか、答えの範囲が膨大なタイプの問い。
この手のフレームワークを用いた思考に不慣れな私は、思いつくままに案を口に出して他の参加者に鼻で笑われるなどしたのだが、まあ知らないものはしょうがない。他の参加者が繰り出すカタカナ語はほとんど理解できなかった。ポケトークを持っていけばよかったと思う。
2時間ほど己の無知を恥じる時間があり、すっかりくたびれたところに授業後の懇親会というものが開催された。
授業の感想を持ち寄って参加者同士の交流を深め、会議室にジュースとピザを用意して乾杯するというものだった。
もうこの時点でスイッチが切れていた私は、部屋の隅でオレンジジュースの紙コップを抱えてぼんやりしていた。
夜も22時に差し掛かろうとしているのに、多くの参加者はピザを片手に今後の日本経済への憂いやSDGsへの取り組みがどうの、ダイバーシティがどうのと熱い論戦を繰り広げていた。元気そうで何よりだ。日本の未来はギラギラしている。
相変わらず部屋の隅でぼっちを極めていた私は、どうやったらこの空間から抜け出せるだろうかとばかり考えていた。
電車の時間を調べようとスマホに目を遣った時、声がかけられた。顔を上げると、すぐ隣に小柄な女性が立っている。
「なんかすごいですよね、この空間」
彼女はそう困ったように笑った。年齢は不祥だった。20代にも見えるし30代にも見える。
私も曖昧に笑った。彼女は加藤(仮名)と名乗った。
どうやら彼女もこの空間に馴染めずにいるらしい。ぼっちの勘がそう告げていた。
加藤とはそれなりに話が続き、一緒に会場を抜け出して帰ろうということになった。
最寄り駅までの帰り道、そういえば名刺交換をしていなかった、と私は名刺を差し出したが、彼女は名刺を切らしていると断ってそれを受け取った。
社名も仕事内容も分からなかったのと、聞いてもはぐらかされるのでそれとなく業種を伺うと、加藤は「教育系の仕事です」とだけ言って笑った。私も似たような仕事をしていたので、彼女は「共通点多いですね、私達」とまた笑った。
ぼっち同士の私達は別れ際にLINEの交換をした。まあ若者においては名刺交換と同義だよなと思いつつ「新しい友だち」欄の加藤のアイコンを眺め、彼女とは改札口で別れた。
体験授業は散々だったが、こうして誰かと話ができたこと自体が収穫か、と私は疲労感と満足感を抱えて帰路についた。この時は。
翌日、加藤からLINEが来た。「次の週末にお茶しませんか」とのことだった。
ハイパー鬼億劫な提案だったのだが、せっかくの縁だし、と了承した。
すると数秒を置かずに以下の長文がトークルームに投げ込まれた。
『あ!文川さん、すみません(>_<) 〇日の午前は友達が主催するカフェ会に誘われていたんでした💦 ごめんなさい(>_<) その日は午後が空いてなくて💦 あ、もしよかったら、一緒にカフェ会参加しませんか?? ”多様性”というのをテーマにしているカフェ会です(^^) 多様性を受け入れ、活かせるようなチームプレイをしたい!って思いで立ち上げています。ざっくばらんに語ったり、コミュニケーションゲームを少しやったりと、かなり面白いです(^^) 文川さんと一緒に参加したら楽しいかもと思って(^^) 詳細、これです。どでしょ??』
以上ほぼ原文ママである。これに続き、カフェ会の詳細URLも投下された。
私は凄まじい胡散臭さを感じていた。カフェ会って何だ。語り口と内容の薄っぺらさも、コミュニケーションゲームで仲良くなるという怪しさにも、私の心は身構えてしまう。
咄嗟に加藤のフルネームでFacebookを検索した。大体の社会人はFacebookをやっている時代だったから、何かしら引っかかるだろうと思った。あった。
そこにはいくつかの所属する団体名が書き連ねてあった。死ぬほどぼかすが、どれも「日本超再生計画」くらいのお政治の香りがする団体名だった。団体名でGoogle検索すると、新興宗教系の勧誘団体であることが分かった。
私は光の速さで加藤をブロックした。
トーク内容のスクショは撮った。面白すぎたのと、今後への戒めとして。
ああいう人の集まる空間でぼっちでいることこそ、宗教系の団体にとっては格好のカモであると判断されるのだろう。失礼な話だ。
しかしだからこそ、集団でいるときほど気合いを入れて陽キャにならなければ、見た目の孤独につけ込まれてしまう。
ぼっちはどこに行っても大体ぼっちだが、自衛のためにもその心をかなぐり捨てなければならないこともある。
だから少しでもハードルを下げるために、同じようなぼっちを探して話しかけることにしている。陽キャのペルソナを被って。
やり口が宗教勧誘と変わらないのは内緒である。
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