顧問の登場曲
今回は完全に与太話。いつもそうだと言われたら反論できないが。
皆さんは麻雀をご存知だろうか。
白い牌を4人で囲み、ポンだとかカンだとか言いながら手元の役を揃え、ロンとかツモだとか言って上がるあの遊びである。私はチャイニーズポーカーと呼び親しんでいた。和訳として正しいとは思わないが、まあその程度の知能レベルだと思ってくれていい。
高校時代にこれが私の周囲で爆発的に流行った。
その頃『咲 ―saki―』だとか『ムダヅモ無き改革』だとかがアニメでも漫画でも盛況で、我が文芸部の部室では
まあそんな流行りようだったので、誰かが部室に麻雀牌を持って来るのにそう時間はかからなかった。
ちなみに言っておくと私の母校は比較的校則が厳しく、その線引きも絶妙に難しかった。例えばトランプは文化的側面があるのでOKだがUNOはゲームだからダメとかいう謎ルールがあった。中途半端な進学校にはよくある話である。
では麻雀牌はどうか。
無論一発アウトである。
停学・退学とはいかないまでも卒業まで没収されることは明らかだった。
だからその麻雀牌セットは部室の鍵がかかるロッカーに仕舞われていたし、麻雀をする時はその牌が奏でるジャラジャラ音を掻き消すために大音量でアニソンメドレーを垂れ流していた(CDラジカセの使用はOKだった。理屈は謎)。部室の壁はペラッペラだったので、本当に隣の写真部には悪いことをしたと思う。
そこまでの対策を取ってはいたが、我が文芸部の顧問は学年主任で忙しくて部室に来ることは本当に稀だったため、対策に余念を欠かす必要はなかったのだが……対策があれほど仇になるようなことがあろうとは、当時は思わなかった。
ある日授業を終えてメンツを揃えた我々は、いつものように大音量でアニソンを流しながら雀牌を握っていた。
ここまで読んで察する方もいるだろうが、大音量すぎて我々も外の音が聞こえないのである。迂闊すぎる。
だから顧問の足音にも気づかなかった。
白熱しすぎて扉の外に気を配るのを忘れ、CDが次曲へ切り替わる瞬間。突如怒声と共に扉は開かれた。
「あなた達!! 何をしているんですか!!」
年配のマダムのお咎めに全員が固まった、その最悪のタイミングでラジカセが流し始めたのは――『恋のミクル伝説(涼宮ハルヒの憂鬱より)』だった。
ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆
ミ・ミ・ミラクル☆ ミクルンルン☆
朝比奈みくるの舌足らずな声が、静まり返った部室に響き渡る。
我々が興じていたのは金銭を賭けない、いわゆる競技麻雀という奴だったが、そんな些末な違いなど解さない顧問の目は怒りに燃えていた。なんたってUNOがダメな堅物である。
いや、そんなことは今どうでも良い。
誰かあの音楽を止めてくれ。
祈りは届かず、軽快なリズムと共に朝比奈みくるは歌い続ける。
素直に「好き」と言えないキミも
勇気を出して(Hey Attack!)
恋のまじないミクルビーム
かけてあげるわ
「部室で賭け事だなんて――
「……すみません」
空気は地獄だった。
曲を知らない方はyoutubeででも聴いてみてほしい。絶望感が伝わると思う。
あろうことか、よりにもよってこの曲をBGMに内申に響きそうなお説教が展開されている。
顧問は私を真っ直ぐに見据えてギャンギャン怒り狂っている。だが、みくるのアニメ声もサビに向かって熱を帯びる。
未来からやってきたおしゃまなキューピッド
いつもみんなの夢を運ぶの
夜はひとり星たちに願いをかける
明日もあの人に出会えますように
――絶対に笑ってはいけない。
その一念の下、私は唇を噛んで俯いていた。はたから見たら反省しているように映ったと思う。そう見えていてくれ。そうして顧問の溜飲が下がるのを待つしかない。そして腹筋が耐え切れなくなる前に早く出て行ってほしかった。
隣をそっと見ると、同級生の編集長は両手で顔を覆い、ブレザーの肩を震わせていた。絶対笑ってやがる。
幸い顧問の怒りは全て私の監督責任の無さに向いているため、耐えきれず笑う彼女には気づいていないようだった。ズルい。
Come On Lets dance! Come On Lets dance! Baby――
そこで救いの手が伸ばされた。一番ラジカセに近かった先輩が停止ボタンを押したのである。みくるの熱唱はサビの頭で途切れた。
「やっと曲が止まった」という安堵と「ヤバいバレた」という気まずさでそれ以降は何があったのか記憶が曖昧だが、多分麻雀牌は没収された上で関係者全員に反省文とかそんなので済まされたのだと思う。
麻雀牌を見ると、十数年経った今でもあの光景が浮かぶ。もう完全にトラウマだ。
恋のまじないミクルビームの罪は重い。
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