第43話 彼女への正直な気持ち✖ラノベの主人公✖感謝。


 俺は落ちているトンガリ帽子を拾う。

 それをアスリコットの頭に乗せてあげると、言った。


「俺からも謝るよ。俺に異世界に行く気がないばっかりに、ファイナに同居をさせることになっちゃってるわけだし。なんかごめんな」


 涙目のアスリコットの視線が俺に向けられる。何か返してくると思ったが、彼女は黙ったままファイナの抱擁からそっと離れた。すると涙を手の甲で拭ったあと、トンガリ帽子のつばを下に引っ張り俯く姿勢をとる。まるで顔を隠すように。


 ああ、そうかと俺はアスリコットの気持ちを汲み取る。

 俺に対する暴挙に対する反省の気持ちはあるが、素直に謝罪できないもどかしさからくる照れの仕草なのだろうと。

 

 思い込みが怖すぎたが、可愛いところもあるじゃないか。うんうん。


「謝ってすむ問題では――ないのでぇすっ! ロックフィンガーッ!」


「え――?」


 俺の四方に現れる岩の指。その五指は俺を掴むと、そのまま急上昇。学校の屋上ほどの高さになるとようやく止まった。


 汲み取った気でいた五秒前の俺の浅はかさよっ。

 って……え? もしかしてここから落とす気かなっ!?


「アスリコットっ、なんで――」


「安心するのです、ファイナ。山田一平には危害を加えるつもりはないのです。ただ、山田一平には、どうしても聞いておかなければならないことがあるのですっ」


 地上で聞けばいいと思うけどっ!?


「一平に何を聞くって言うの? もしかして、なんで異世界に行かないのかとか? だったら――」


「そんなことはどうでもいいのです」


「だったら何を聞くの?」


、なのです」


「私のことを……? 一平が……?」


「そうなのです。だって同居なのです。♂と♀が同じ屋根の下で暮らす間柄なのです。だったら、それは絶対に聞かなければならないのです。そして拙者のファイナを奪ったからには絶対に答えてもらうのです。おい、山田一平っ、――お前はファイナのことをどう思っているのです?」


 アスリコットが俺を見上げる。

 その瞳の中にあるのは、嘘やあいまいさを許さない真実のみの追求。こればっかりは汲み取れた。


 ファイナも同様に仰視している。その双眸にあるのは不安、だろうか。あるいは願望? いや、恐怖……? 分からない。


 ――ファイナのことをどう思っているか、か。

 同居を始めて四日目になるが、ちゃんと考えたことはなかった。ファイナに同居を押しかけられたときは、美少女の女神だという理由で断ることはなかったが、それは多分に邪な気持ちがあったからだ。


 では今はどうだ? そんな、ある種の不善な気持ちのみでファイナと同居しているのか?


 ……。

 …………。

 ………………違う。


 そうだ。違う。これは言い切れる。

 ファイナは、モブの迷宮から逃れられないはずの俺に、出口であり入口をを与えてくれた。


 ファイナに魔法で燃やされそうになって、

 ラッキースケベで体に電流を流されて、

 幼馴染かのようにファイナに起こされて、

 ファイナと一緒に学校行って屋上で飯食って、

 酔うと人格の変わるアイシアに驚いて、

 アイシアのでかすぎるおっぱいに驚愕して、

 イフリートやシヴァという聖獣の存在を知って、

 俺がスーパー勇者だということが発覚して、

 魔界の魔神にマジで殺されそうになって、

 女神対魔神のバトルファンタジーを見せられて、

 ファイナがナクドでバイトとか始めだして、

 顔文字を多用するボクっ娘女神が登場して、

 アフェクション波とかいう謎の音波を知って、

 女神三人と一緒に晩御飯を食べたりして、

 校庭にばかでかいゴーレムがあらわれたりして、

 聖獣と女神同士のバトルの中心に俺がいて――、

 

 そうだ。今の俺はまるでラノベの主人公じゃないか。

 異世界に行きたくないと言っておきながら、どこかで望んでいた、物語の主人公。俺は今、ファイナのおかげで労せずしてそれを手に入れているのではないか? ならば答えはこれだ。


「俺は――


 アスリコットがキョトンとした顔を浮かべたのち、複雑な表情へと変える。まるで求めていた答えとは違うかのように。


「か、感謝なのですか。なるほど、なのです。それはそれでいいのですが、でも、ちょっと、うーん……」


「おい、ちゃんと答えただろ。さっさと下に降ろせ」


 アスリコットがしぶしぶといった感じで、岩の指を地上に下降させていく。もしかして手を開いて落とすんじゃなかろうかと思ったが、杞憂だったようだ。

 俺の両足が大地をかみしめる。地上ばんざい。人間ばんざい。


「感謝ねぇ、なのです。いい言葉なのです。大事なことなのです。でも、やっぱり……」


「でも、やっぱり、なんだよ?」


「う、ぐぬぬぬぬぅぅぅ。……はあ、もういいのです。その答えで一応のところ納得してやるのです」


「おう、納得しろ。俺の嘘偽りないファイナへの気持ちだからな」


 当のファイナだが、なぜか黙りこくって俺に背を向けている。


「ファイナ、どうした?」


 背中に声を掛ける。ファイナの肩がビクっ動く。でもそれ以上の反応がないので、俺はファイナの前に回り込もうとする。すると、そんな俺から逃げるように再び、背を向ける。それをなんどか繰り返す。


 なんの遊びだよ、これ?

 だったら、よぉし。


 俺は右からいくと見せかけて、左側へと回り込む。

 うまくいった。俺はファイナの目の前に立つことができた。そしてその光景に唖然とした。


「あ……」


「え……?」


 ファイナの瞳が潤んでいる。すると片方の目から流れる涙が頬を伝った。

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