第42話 大好きなファイナ✖対✖大好きなアスリコット。


「ぬぬぬっ。山田一平の洗脳がかなり強力なようですっ。まさかファイナに魔法まで使わせるとは、ですっ!」


「アスリコット、止めてっ。私は洗脳なんてされていない。今のは私の意思であなたの魔法を防いだの」


「ぐぬぬぬぬっ。なんていうことなのですっ。自分の意思だと思わせるほどの悪魔的な洗脳術ッ! 人間ごときがなぜっ!? こうなったらまずはファイナを閉じ込めるしかないのですッ!」


「アスリコット、止めてっ」


「ロックフィンガーッ!!」


 ファイナの制止。しかし聞く耳を持たないアスリコットがまたしても岩の魔法を発動する。


 榛名ロゼの足元から、岩でできた五本の指が現れる。どれもが俺の背丈の倍以上ある巨大な五指。それがファイナを掴むような仕草を見せた。が、麗炎の女神は捕獲される寸前で指と指の間から外へと飛び出す。


 しかし、それを読んでいたように新な岩の指がファイナに襲い掛かる。

 だがファイナも予測していたのか、危なげなく切り抜ける。その繰り返しが五回くらい繰り返されると、痺れを切らしたようにアスリコットが叫んだ。


「ゴーレムっ、お前もぼさっとしてないでファイナを捕まえるのですッ!」


 ぼさっとしていたらしいゴーレムが、我に返ったようその巨体を起動させる。

 ファイナを捕縛せんとロックオンする、ロックフィンガーとゴーレムの多重攻撃。これにはさすがのファイナも焦りを感じたのか、


「精獣イフリートよ。汝の主たるファイナローゼの名において命ずる。その身を我が眼前にて顕現せよ――ル・インッ!」


 と詠唱し、俺に変態属性を付与したイフリートを召喚した。

 だがその姿はディフォルメされた可愛らしいものではなく、ゴーレム同様に〝そのものの姿〟だった。

 

 向かい合う姿は、まるで〝ゴジラ対キングコング〟そのものだ。俺はともかく、こんな光景を見せられているほかの生徒や先生はどう思っているのだろうか。呆然として立ちすくんでいるに違いない。

 俺は顔を上げて校舎の窓に目を向ける。

 

 全員が全員、聖獣に対して嬉々とした表情でスマホを向けていた。

 

 あとで映像が大量にSNSに流れるだろう。間違いなく日本、いや世界は驚愕し、舞台となった丹鳴町に人が殺到することになるだろう。そうなれば丹鳴町は、単なる町ではなくなってしまうに違いない。


「イフリートっ、ゴーレムの攻撃を防いでっ! あなたから攻撃はしちゃだめっ」


 命令を忠実に守るイフリート。

 明らかに当てる気のない緩い攻撃を繰り出すゴーレムだが、イフリートと友達なのかもしれない。ファイナとアスリコットが友達なのだから、充分にありえることだ。

 迫力がなさすぎて超重量級同士の戦いとしては失格だろう。現にスマホで撮っている生徒達からは、ブーイングが起きていた。


「ぐぅぬぬぬぬっ! 洗脳されているとはいえ、さすがはファイナ。動きが機敏すぎるのですっ! こうなったら、こうなったら……っ」


「アスリコットっ、もう一度言うわよ。私は洗脳なんてされていない。あなたが疑問を抱いた通り、人間が女神である私を洗脳するなんてできるわけがないわ」


「こうなったら、こうなったらっ、こうなったら――ッ!」


 明らかに冷静さを失っているアスリコット。

 こういう猪突猛進な奴が追い詰められると、やることはだいたい決まってる。


「アスリコットッ!」


「こうなったらもう、最強の轟石ごうせき魔法で町ごと崩壊させてやるのdeathですッ!!」


 ほらみろっ、やけくそ攻撃っ!

 しかし町ごとって――っ!!


 あたふたする俺だが、すぐにあたふたしても仕方がないと悟り、二人の決着を見届けることにした。


 アスリコットが両手でステッキを握り、前方へと出す。

 ぶつぶつと何か唱えるアスリコット。するとステッキの先端が黄色く光り出し、バチバチと稲光を発生させる。間違いなくヤバい魔法だ。


 アスリコットが大きく口を開く。

 魔法の名を唱えるのだろう。だが、そうはさせないとばかりにファイナがアスリコットの横に立つ。ファイナの表情が見えた。悲しみに満ちていた。


「アスリコット――」


「ファイナ……?」


 ファイナが思い切り、アスリコットの頬を平手打ちする。

 黒いとんがり帽子が飛んだ。よろけるアスリコット。そのまま地面に倒れそうな彼女だったが、ファイナに抱きしめられて事なきを得た。


「ごめんね、アスリコット。私のせいだよね。私が一平との同居を決めたとき、するって報告しただけだから怒ってるんだよね」


「あ……」


「アスリコットが何かをするとき、いつだって私に相談してくれた。だから、私も同居を始める前にあなたに相談すべきだった。大事なことだからなおさら」


「あ……う……」


「私が間違っていたよね。ごめんなさい、アスリコット」


「う、うう、うううぅぅ……っ」


「私の大好きなアスリコット。叩いてごめんね。どうか私を嫌いにならないで」


「う、うわあああああぁぁぁぁんっ、な、なるわけないじゃんがでずっ。ぜっじゃもファイナのごとだいずぎなんでずでずぅぅぅぅ、うわあぁぁぁぁぁんっ」


 せきを切ったように号泣するアスリコット。

 そんな彼女を力強く抱きしめたままのファイナ。


 ――そういうことか。

 アスリコットは大好きなファイナが、自分に相談もなしに人間と同居するなんて考えられなかった。だからこそ、俺が洗脳して拉致監禁したあげく連れまわしていると思うことにした。それが自分の心を救済する唯一の方法だったのだ。

 

 俺を本気で殺そうとしたアスリコットだが、そこに怒りはない。あるのは、ある意味で彼女からファイナを奪ってしまったという罪悪感だけだった。

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