第38話 一本ならセーフ✖ファイナは俺の嫁✖悪鬼羅刹。


 そんな美人でいい女で料理も上手なわたくしが、あなたと同棲したいと申し出たらどうしますか――。


 そう言ったのか? アイシアが? だとしたら俺は……。


「ア、アイシア、それは……その、とても嬉しい申し出なんだけど、お、俺にはファイナがいるから、多分断ると思う。ごめん」


「こちらこそごめんなさい。冗談です」


 へ?


「じ、冗談? な、なんでそんな冗談を……?」


「なんででしょうね。自分でもよく分かりません。今のは忘れてください。さて、もうそろそろおいとまさせてもらいますね。明日も仕事がありますので――」


 と縁側から腰を上げるアイシア。

 その立ち上がり方が、なんとなくぎこちなく思えた。


「あ、ああ。でも今日来たのは晩御飯を作りにきただけなのか? なんか悪い気がするな」


「それは気にしないでください。料理を作るのは好きですし、一平、ファイナに会いたいというのもありますから。だからご迷惑でなければ、またきます」


 ん? 今、なんか……。


「迷惑なわけあるかよ。なんなら毎日来て晩御飯作ってほしいくらいだ。アイシアの作る料理はマジでうまいから」


「ふふ、ありがとうございます。シヴァ、起きてください。戻りますよ」


「ニャアァン」


 寝てたらしいシヴァがゆっくりと立ち上がる。すると聖獣の体の下に何かあるのが見えた。アサヒハイパードライと書かれた空の缶だった。ビールを一本飲んでいたらしい。どうりであんな冗談を言うわけだ。微妙な変化で分かりづらいのは、一本だったからだろう。三本、あるいは二本飲むと完全に人格が変わるのかもしれない。


 アイシアが足元に天聖陣を出して、その中にシヴァが入る。


「それでは戻りますね。ファイナにはよろしく伝えておいてください」


「分かった。また材料買って待ってるからな」


 ダメな俺である。


「はい。ああ、それと、。あの子はファイナが好きで好きでしょうがない子ですから。一平さんにファイナを奪われたと、一方的な恨みを抱いているかもしれません。それでは失礼します。ヒック」


 アイシアとシヴァが消える。

 なんだが、爆弾みたいなものを放り投げて。



 ◇



「おやすみ、一平。夜這いかけてきたらファイアウェイブ」


『おやすみなさい、一平さん。またあした(๑•᎑•๑)ノ"』


 そうファイナとウィンウィンと別れてから、もう一時間半は経ったか。

 時計を見れば、夜の一〇時四五分。明日も学校があるので、一〇時には寝るつもりだったが、なろう小説を読んでいたらいつのまにかこんな時間になっていた。


 それにしても最近のVtuberモノの勢いはすさまじいものがある。いつからこんなに増えたのだろうか。もうそろそろ俺も単なる読専から書く側にもなってみようと思っているのだが、Vtuberものでもチャレンジしてみるか。とりあえず、流行りのものに便乗しておけば読まれるだろう。うん。


 俺はふすまを開けてトイレに向かう。

 廊下の電気は付けてあるので真っ暗ではないが、心もとない明りなので、ここから見える大広間は真っ暗だ。そこに人がいても分からないだろう。――なんてことを考えてしまうのも、先日の魔神ベリアラの件があるからだ。


 あれには本当、驚いた。まさか自分がリアルバトルファンタジーの渦中に巻き込まれるとは思わなかった。天界の女神と同居を始めた時点から、俺の人生は現実から虚構になってしまったのだろうか。

 

 しかし異世界ファンタジーを避けたってのに、現代ファンタジーかよ。現代ファンタジーのエタり具合はよく知らないが、異世界ファンタジーよりかはマシだろうか。いや待て、俺の物語が虚構ならば、現代ファンタジーではなくラブコメだろう。なんせ女神と同居してるんだからな。


 ラブコメならエタらずにハッピーエンドを迎えている作品を多く知っている。ならば俺の物語もしっかりハッピーエンドで完結できるだろう。――ん? ハッピーエンドって俺はファイナと結婚でもするのか? 


 ファイナが俺の嫁――。

 

 そのファイナがウエディングドレスを着て、タキシード姿の俺と並んで歩いている映像が脳裏をよぎる。

 俺と、幸せそうな笑みを浮かべるファイナを祝福する人間達と神々。その中には当然、俺の両親や親せき、そしてアイシアにウィンウィン、イフリートやカーバンクル、シヴァもいて――……ん? あれは? 


 教会の入口に見たことのない誰かが立っている。頭がやたらととんがった真っ黒いシルエットの中で、二つの目ん玉がカッと見開いて俺を睨んでいる。ものすごい目力だ。殺意しか感じないのが恐ろしい。


 俺の知らない誰かが俺の妄想の中で、存在感をぐいぐいアピールしてくる。妄想から消そうとしても全く消えないその誰か。

 なんだ、これは? どうなっている?


 ……――ろしてやるのです――……。


 その誰かの声が聞こえた。

 つい最近、聞いたことのある声だ。いつ? どこで? 俺は一体いつどこでその声を聞いた? というよりなぜ、聞こえた?


 俺は不気味なものを感じながらトイレをすますと、部屋へと急ぐ。

 そのとき、真っ暗な大広間に誰か立っているのが見えたような気がした。いやいや、そんなはずはない。暗闇の中でベリアラに襲われたことを思い出したから、脳がそう錯覚したにすぎない。怖い話を聞いたあとに、ベランダに干している服が幽霊に見えるアレと一緒だ。


「ぶち殺してやるのです」


 はっきりと聞こえた声。

 やっぱりそこに誰かがいる。暗闇に慣れてきた目が、妄想の中で見た黒いシルエットを大広間の中央に浮かび上がらせる。顔が見えた。その表情は悪鬼羅刹のようであり、俺はひっと息を飲んだ。


 刹那、いたはずの誰かが消える。ベリアラのように背後に移動でもしたかと思ったがそうではなく、本当にいなくなったようだ。目の錯覚だったらしい。

 

 とてつもなく嫌な予感を覚えながら、俺は床に就くのだった。

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