第36話 新渡戸稲造✖カーバンクル✖おいしい肉じゃが。


「おまたせっ」


 仕事を終えたファイナがイートインコーナーに現れる。


「おう」


 その恰好はナクドマルドのユニフォームから、学校の制服へ。ナクドのユニフォームも良かったが、やはりセブンティーンが着る学校の制服に勝るものはない。

 一方、ウィンウィンも人間年齢一七歳ということだから、さぞかし丹鳴西高校の制服が似合うだろう。小柄で愛くるしい見た目のウィンウィンなら、すぐにファンクラブでもできそうだ。


『なに見てるんですか?』


「へ? あ、ごめん。なんでもない」


『(๑• •๑)?』


 慌てて目を逸らす俺のさきには、五〇〇〇円を頭上に掲げてうっとりした目線を向けるファイナ。今日の今日で現金支給とは、さては店長のポケットマネーか。ここまでするとは、ファイナの働きぶりに相当、期待しているに違いない。


「良かったな、挨拶してるだけで給料が出て。それで何に使うんだよ、その五〇〇〇円」


「えっとね。地上で初めて働いて得たお金だし、額縁に飾ろうかなって思ってる」


 賞状かっ。


「そ、そうなんだ。俺はてっきりこのあとゲーセンやカラオケで使うものかと思っていたが」


「それはそのあとに稼いだお金。最初のこの新渡戸にとべ稲造いなぞうだけは絶対に使わない」


 しかも樋口一葉ひぐちいちようではなくて新渡戸稲造のほうかよ。


「意志は固そうだな。額縁買うときまで大事に持っておけよ」


「うん。大事に大事に持ってる」

 

 俺と二人の女神はスーパーマーケットの外へと出る。

 その瞬間、強めの風が吹く。何か紙切れが舞っていくのが見えたが――え? あれって……?


「わ、私の五〇〇〇円がああああああああっ!!」

 

 顔を押さえてファイナが絶叫する。やはりファイナの五〇〇〇円だったようだ。

 まったく、頭上に掲げながら外に出るからそういうことになる。五〇〇〇円を追いかける俺達。しかし五〇〇〇円はファイナから全力で逃走するように、俺達との距離をどんどん離していく。このままでは完全に見失いそうだ。


「いやあああああああああっ、待って置いていかないで稲造ぉっ!!」


 新渡戸稲造に振られたかのごとく、叫ぶファイナ。

 万事休すかと思ったそのとき。


「――っ!」


 ウィンウィンが上げている右手。その周囲に球形の天聖陣が発生して、その中から聖獣が出てきた。

 

 全身翠色の大型のウサギのような体に、おおきな耳と三本の尻尾。額には七色の宝石。その外見は、イラストなどで見かけるものに酷似しており、間違いなくウィンウィンの聖獣、カーバンクルだと断言できた。


 そのカーバンクルが空へと飛翔する。するとあっという間に視界から遠ざかっていき、すぐにUターンして戻ってきた。その口には五〇〇〇円札。カーバンクル、お手柄である。


「――♪」


「キュルルルルルッ」


 カーバンクルから五〇〇〇円を受け取るファイナ。


「ありがとうっ、カーバンクル、ウィンウィンっ。う、うう……稲造、良かった戻ってきてくれて――ッ」


 頬を涙で濡らすファイナ。稲造との感動の再会である。

 ……あほくさ。


 

 ◇



 家に着き、玄関の扉を開ける。

 

 ゴト……っ。


 家の奥から物音がした。

 同じことがつい最近あったような……。そうだ。物音はアイシアが冷蔵庫を開けたからという結論に達したのだが、実はウィンウィンだったというのが二時間前。そのウィンウィンは今、一緒にいるわけだが、では一体誰だろうか。


 家の奥から誰かがやってくる。


「おかえりなさい。一平さん。それとファイナに……まあ、ウィンウィンもいたのですね」


 今度は本当にアイシアだった。


「アイシアか。また来てたんだな」


「アイシア、いらっしゃい。見て見て、私が稼いだ初給料の稲造」


「――?」


「ええ。仕事が終わったので、瞬間転移で寄らせていただきました。稲造? ああ、アルバイトをするといってましたね。初給料おめでとう、ファイナ。わたくしも肉まんを探していたの、ですか? いえいえ、また晩御飯でも作ろうかと冷蔵庫の中を確認していたのですよ、ウィンウィン」


 おっと、ここで嬉しい情報をアイシアの口からゲット。アイシアがまた晩御飯を作ってくれるらしい。


 ……だが、甘えてしまってもいいのだろうか。夜は自炊すると決めてからファミレスにアイシアのカレーと、まだ一度も作っていない。――よし。今日こそはと意気込んで肉じゃがを作る気マンマンなのだから、ここは丁重にお断りするべきだ。

 

 今日の自炊は、絶対に頑として譲らないぞっ。


「あら? 一平さん、それは酒とみりんではなくて? 丁度良かったわ。材料も揃っているので、わたくしがおいしいおいしい肉じゃがを作って差しあげますね」


「よろしくお願いします」


 意志の弱い俺だった。



 ◇


 

「「「いただきます」」」


「――♪」


 もぐもぐ……こ、これはっ!!


 ジャガイモと玉ねぎのほっくりとした甘みが口の中に広がる。そこに柔らかい牛肉がほどよい主張で絡み合ってきて、俺の舌が歓喜する。

 

 これはうまい。うますぎる。小林カ〇代・栗原は〇み・土井〇晴の肉じゃがに勝るとも劣らない珠玉の出来栄え。小林カ〇代・栗原は〇み・土井〇晴の肉じゃがを食べたことはないけど、そんな気がした。


 アイシア、毎日来てくれないかな。


 俺の自炊への意気込みはすでに消えてなくなっていた。

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