第34話 肉まん食べたい✖スーパーマーケット✖顔文字。
「キミは、もしかして女神なのか?」
銀髪の少女は答えない。
というより、いきなり現れた俺にまだ動揺しているようだ。
「もう一度聞くぞ? キミは女神なのか?」
俺は再度、問いかける。
すると、相変わらずモノを言わない小柄な少女の顔が滝汗状態になる。動揺を超えた恐慌状態だろうか。とにかく何かすごい焦っているらしい。もしかして俺が怖いのだろうか。
「待て。俺は怪しいものじゃない。何もしないから安心してくれ」
――って、これじゃ俺が彼女の家に侵入したみたいだろ。ここ、俺んちっ!
あやうく銀髪の少女のペースに飲まれて、罪の意識を抱きそうになってしまった。なかなかの策士のようだ。と、彼女がいきなり走り出し、俺の横をすり抜けた。一瞬逃げる気なのかと思ったがそうではなく、何かを探し回っている。
「おい、何を探してんだよ? 金目のものならないぞ」
俺の声を無視して、銀髪の少女はひたすら何かを探し続ける。
するとそれが探しものだったのか、彼女が一冊のノートとペンを手に取って俺に見せた。
「ノートとペンがどうかしたのか?」
問いかける俺の前で、銀髪の少女がペンでノートに文字を書き始める。俺はそこで、ああ、そういうことかと合点がいった。
彼女が俺の問いかけに応えないのは、喋れないからなのだ。手話という方法があるが、しかしそれだって俺が手話を理解していればこそ通じる手段。俺が手話をできないと悟った銀髪の少女は、だからこそノートとペンを探したのだ。ならば俺は、彼女が俺に伝えたいことを書くまで待つのみだ。
おそらくまずは、俺の家に勝手に入った理由と謝罪から書き始めるだろう。そのあとは、さきほどの女神なのかという問いに対する答えを、自己紹介も兼ねて書くに違いない。
銀髪の少女が書き終わる。
そして俺にノートを見せてくれた。
『肉まんがたべたい』
と書かれていた。
ぐううううううと鳴る、銀髪の少女のお腹。
片目出しの女の子が顔を赤くして、お腹をノートで押さえる。予想の斜め上をいく回答に唖然とした俺だが、彼女の腹が食べ物を欲しているのは確かなようだ。
「しょうがねーな。食パンならあるから――」
『肉まんがたべたい』
言葉を遮るように、ズンッとノートを俺の眼前に出してくる銀髪の少女。
「そんなに食べたいのかよ。でもないもんはないんだ――」
ズンッ!
『肉まんがたべたい』
「いやだから、ない――」
ズンッ!!
『肉まんがたべたい』
「あのさ――」
ズズンッ!!!
『肉まんがたべたい』
左目の中で燃え盛る、確固たる意志。このまま続けても勝ち目はなさそうだ。俺が折れるしかないだろう。
俺に近づきすぎたのか、小動物のような少女が顔を赤らめて後退する。
しかし肉まんか。家の中にないとすると、買いにいくしかない。未だ得体の知れない少女のためになぜ俺がという疑問はあるが、放っておくこともできない。無視しようものなら、ずっと目の前に〝肉まんがたべたい〟と突き付けられるだろうから。
「家にないから買いに行ってきてやるよ。その代わり、君が何者なのか、ちゃんと説明しろよ」
銀髪少女の顔にぱああぁっと花が咲く。そしてノートに文字を書き始めた。
シュババババンッ! という擬音が浮かぶかのごとく書くのが早かった。
『買いにいくなら、いっしょにいく。まちがえてピザまん買われたらこまるから。あと肉まんといっても、いいむら屋のジューシー肉まんだよ。\_(・ω・`)ここ、じゅーよー』
何様!?
つーか、そんだけ書けるなら名前くらい教えろっつーの。
あと、なにげに顔文字うまいなっ。
にこにこしている銀髪少女から、俺に対する好感度が上がっているのが見て取れる。肉まんを与えれば、自己紹介は普通にしてくれそうだ。順序が色々とおかしいがこの際、もう気にしない。
俺は取って返すように再び外へと出る。向かうさきは近所のスーパーマーケット。そこになら、井々村屋のジューシー肉まんも売っているだろう。それに、ナクドで面接中のファイナにも会うことができるかもしれない。彼女は銀髪の少女のことを知っているだろうか。
俺は銀髪少女を連れてスーパーマーケットへと移動する。
その間、彼女に何度か話しかけようとしたが、止めておいた。歩きながらノートにものを書くのは大変だし、だからといって立ち止まるのも億劫だ。手話の重要性が分かった俺だった。
スーパーマーケットに入る俺は、肉まんが置いてありそうなコーナーに向かう。しかし、当たりを付けた棚にはなかった。ふと後ろを見ると、一緒にいたはずの銀髪の少女がいない。どこだと周囲を探すと、左奥の棚の横に立ってこちらに手を振っていた。すると、彼女がノートを開いて頭上に掲げる。
『あったよ! いいむら屋のジューシー肉まん! はよ( _'ω')_はよ』
分かった、分かった!
俺は、顔文字がうまい少女の元へ小走りで寄る。
「この棚か? えっと……ああ、これか」
銀髪の少女が欲している井々村屋のジューシー肉まんを、俺は手に取る。
三個入りで六九八円。肉まんにしては高いが、驚くほどの値段ではない。しかし、銀髪の少女が一人で三個も食べるのだろうか。俺は聞いてみる。
「これ、一人で全部食べるのか?」
『一個だとすくないけど、三個だとおおいかな。だから二個でいい。一個はあなたにあげる( ˆᵕˆ )っ』
「サンキュー……って、いや、俺の金っ!」
突っ込む俺を見て、くすくすと笑っている小柄な少女。
笑うところじゃないが、不思議と怒る気にはなれなかった。
『あひゃひゃひゃひゃ(๑ ิټ ิ)』
怒ってもいいかな!?
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