第30話 ありがちな捨て台詞を残すベリアラは、また俺を殺害しにくるらしい。


「ファイナっ! アイシアっ!」


 叫ぶことしかできない俺の目の前で、二人が――横に飛んだ。

 正に間一髪で、ジェノサイドソードとやらを回避したのだ。


「へぇ、ただの女神にしてはやるじゃない。だったらこれはどうだい? ジェノサイドスネークッ!」


 ベリアラが眼前で手をクロスさせる。黒い光が十数本の暗黒の蛇に姿を変え、再びファイナとアイシアへと迫り詰める。


「アイスバンドッ!」


 アイシアが俺に使った牙氷の魔法の名を叫ぶ。

 縄上の氷が数本の暗黒の蛇に絡みつき、そのまま捩じり切った。俺もああなっていたかと思うと、恐ろしい魔法だ。一方のファイナはジェノサイドスネークを避けて切り抜けると、ベリアラに向けて走り出していた。


「ただの女神ただの女神って、一応これでも〝麗炎〟の聖位持ちなんですけどっ。――伏せて、一平っ」


「おっ? おうっ」


 言われるがままに俺は地面に這いつくばる。

 刹那、「ファイア……ウェイブッ!!」と叫んだファイナが右手を横に払う。すると炎の波が俺の頭上をかすめていった。


 伏せているのにあっつううううううっ!!


「そうか聖位持ちか。どうりで往生際が悪いと思った。だが――」ファイアウェイブに飲まれるベリアラ。しかし、妖艶なる魔族は全くダメージを受けていないらしく、余裕の笑みを浮かべて腕を組んでいた。「ジェノサイドシールド。アタシに魔法は効かないねッ!」

 

 それにしても――。

 駄女神と同居なんて始めたから、なんとなくラブコメ的な日常を送るのかと思っていたのに、これではまるで現代ファンタジーではないか。

 このままコメディ要素もなくなってしまうのだろうか……。そんな俺の不安をよそに、ファイナがベリアラの周囲を回りながら攻撃を続ける。


「ファイアウェイブッ!」

「はっはーっ、効かないねぇ」

「ファイアウェイブッ!」

「何度やっても効かないさ。くっくっく」

「ファイアウェイブッ!」

「しつこい奴だね。だから効かないって言ってんだろ」

「ファイアウェイブッ!」

「お前、いい加減にしろよ。何億回やっても無駄なんだよっ」

「ファイア――」

「効かねーって言ってんだろっ!!!」

「カンチョーッ!」

 

 両手の掌を合わせて組み、両人差し指をおもいっきりベリアラの尻に突っ込むファイナ。


「がっはああああああっ!?」


 悶絶して地面に倒れ、ケツを押させるベリアラ。


「魔法がダメなら物理攻撃。周囲を回っていたのは、背後からのこれを狙っていたの。ばかみたいに使っていたファイアウェイブは全部おとり。この物理攻撃が私のファイナルウェポン」


「……カ、カンチョーが、フ、ファイナルウェポンって、お、お前……違う、だろ」


 そこはベリアラに激しく同意。

 そして――おかえり、コメディっ!


「ファイナ」


「アイシア」


 二人の女神がハイタッチをする。

 パジャマは汚れているが、幸いにもケガはないようだ。二人が無事で本当によかった。


「さぁて、魔神。あんたに聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるわよね?」


 ファイナが、カンチョーの仕草をベリアラに突き付ける。

 

 拳銃の代わりか?


 あほくさい光景だが効果はあったらしく、ベリアラはたじろぐようにして、「な、何が聞きたいんだ?」


「あんたのほかにも一平を狙っている魔神はいるの? そいつらは何人? あんたみたいに天界警備隊の警備網を突破するほどの奴らはいるの?」


「さあ、知らないね」


「刺すわよ」


 カンチョーの仕草を強調するファイナ。


「知らないものは知らないんだからしょうがない」


「本当に刺すわよっ」


「ファイナ、待って。この魔神はおそらく本当に知らないわ」


 アイシスが、ファイナのカンチョーの仕草を手で制する。

 ケツ穴確定にならなくて、安堵するようなベリアラ。


「どうしてよ? アイシア」


「聞いたことがあるのです。魔界は天界と違って連帯という概念がないと。誰しもが自分の欲求が最優先であり、相手を出し抜くというこの一点のみが、魔界を生き抜く術であると」


「あんた、よく分かってるじゃないかい。それが答えだよ。アタシはアタシがスーパー勇者を殺して、その首をサタン様に献上することしか興味がない。だから知らないって言ってんだよ」


 なるほど。魔界はシンプルな弱肉強食なのか。

 会社が存在する天界に比べれば、はるかに〝らしい〟世界観である。


「そう、分かったわ。じゃあもうあなたに用はないわね。今からここで消滅してもらうから」


 消滅してもらう……?


「フ、ファイナ。消滅って、もしかしてこの魔神を殺すってことなのか?」


「消えてなくなるっていう意味では一緒ね。私の完全体モードのイフリートに食べてもらうんだけど、弱ってる魔神だからすぐに終わるわ」


 やけにあっけらかんと言い放つファイナ。

 アイシアも別に疑問を抱いていないのを見るに、何も特別なことではないらしい。でも俺には――。


「そこまでしなくてもいいんじゃないのか?」


 ファイナが、珍妙な生き物かのように俺を見る。


「何を言ってるの、一平。この魔神はあなたを殺そうとしたんだよ? そんな奴を私は絶対に許せない。大体、魔神や魔族は消滅対象であって、人間が害虫を駆除するのと一緒だよ?」


「そうであってもだよ。少なくとも俺は、まるで人間のようなお前たちが殺し合うのは見たくないし、特にファイナのそんな姿は見たくない」


「一平……。でも、こいつは――っ」


「ファイナ。ここは地上であり、天界でも魔界でもありません。生死の捉え方が違うのです。地上にいる以上、一平さんの考えを尊重してもいいのではないでしょうか」


「アイシアまで……」


 アイシアに諭され葛藤を表に出すファイナ。やがて口から出たのは、


「分かったわ。おい魔神。あんたはこれカンチョーに懲りたら、もう二度と地上には来ないことね。ま、ある意味あんたのおかげで、ダークロードの警備が更に厳重になって二度と来れないと思うけど」


「アタシを殺さないのか……?」


 ベリアラが驚く。まるで理解できないといった感じだ。


「私は消滅させたいけど、一平がそうしたくないから」

 

 ベリアラが、むすっとした顔のファイナから俺に視線を移動する。

 さきほどまでの冷酷無比な表情が薄らでいるような気がした。


「か、感謝なんてしてないからね。次来たときに必ず殺すから。首を洗って待っているがいいわ。ふんっ」


 ベリアラが、魔法陣のようなものを自身がいる地面に発生させる。

 すると数秒後にその姿を消した。


「二度と来るなって言ったんですけどっ!」


 ファイナが叫ぶ。

 そして俺はやるべきことを思い出した。


 コンビニでデザートを買わなくてはならない。

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